348『第84話 もつれ太夫編 エピローグ』

 俺は、古びた大きな家の前で身を潜めていた。

 家の中からは怒鳴り声が聞こえてくる。ドカンドカンと物に当たる音もする。

 今頃は、音響が入手した地下アイドルのミュージックビデオの振り付けを、丘陵研究会とやらの女子部員が再現しているはずだ。

 それに対して、吉良好子はキレ散らかしているのだ。

 かわいそうな気もするが、やってきたことを考えれば、受けてしかるべき報いだとも思う。

 俺自身、散々な目に遭わされた。思えば、もう7年も前のことだ。あの頃、一緒にこの村にやってきた仲間たちはもう誰もいない。

 山に囲まれた土地の空気は、どこか水気を帯びているようだ。一呼吸のたびに、感傷的な気持ちが押し寄せてくる。

 俺は手元の拡声器に目を落とした。

「いやだなー。こわいなー」

 周囲を見ても、ささやかな生垣に囲まれた吉良家のほか、人の家屋敷はまったくない。崖側と山側に挟まれた舗装もされていない道が伸びているだけだ。

 それでもやらなければ仕方がない。吉良好子が逆上したままでは、なにをされるかわからないからだ。

『あーあー。もう抵抗はやめなさい。あなたのやってきたことはもうわかっている』

 ドカン、ドカンという家からの音はまだ続いている。俺はちらりと、乗ってきた車を見た。すぐに飛び乗って逃げられるように、エンジンはかけたままだ。

 再び拡声器を握りしめる。

『こちらは、あなたの地下アイドル時代の様々な、なんだ、つまり、そういう、チェキ? とかそういうのやら、ビデオなどを入手した。悪いことは言わない。もうやめにしよう。これ以上は、お互いに利はないはずだ』

 ふいに、家の中からの音が止まった。

 まずい。

 俺は腰を浮かせた。

 その時、聞き覚えのあるバイクのエンジン音が近づいていた。

 すぐに、道の先からそのヘルメットが見える。

「ユキオぉ」

 いとこのユキオだ。地元の村役場に務めている。最近になって市町村合併により、庁舎ごと市役所の支所になったらしいが、未だに住民たちにとっては「村役場」だ。

「いいところに来た」

「なぁにがじゃ」

 ユキオは不機嫌そうな顔でバイクを下りた。

「おまんが、わざわざ伝言残して呼んだんじゃろが」

 俺は頭をかいた。

「こざかしゅうなりおって。わしが先生に太夫ごとも習いうゆうと、知っとったんじゃな」

「へへへ」

 ユキオはむっつりと口を引き結ぶと、吉良家の屋敷を見た。そして首を振って、息を吐く。

「好子ねえは、村一番の美人じゃった。芸能人になるゆうて、出て行ったんじゃ。ほじゃけど、落ち込んで、戻ってきての。親戚の重臣(しげおみ)さんのところで住み込みで働いてた」

 俺は、ユキオの話を聞きながらも、吉良家を注視していたが、なにも異変は起きない。

「もつれ太夫が現れたころと、重臣さんが亡くなったのは重なっちゅう。うちの先生も、うすうすわかっちょったみたいじゃ。わしもな」

 ユキオは目を閉じて、腕に巻いた数珠を数えている。

「最近は大人しかったき、様子をみよったが、よそで迷惑をかけようとはな。もう、ほおってはおけん」

 俺は、ギクリとした。

 ユキオがぶつぶつとなにか唱えごとをしはじめると同時に、その隣に影のようなものが見え始めたからだ。

 人。人の影。

 ぞわぞわする。寒気がするような気配。ただごとではなかった。

「わしも、まだ太夫ごとには自信がない。じゃが、力を借りることはできる。ここ数日、こうなる気がして、ずっと、住んでた家や、墓に酒を持って通いよったがよ」

 そうか。わかった。ユキオは、小松重臣さんを、連れてきたんだ。

 吉良好子の師だ。もつれ太夫となり果てた彼女を止めるのは、その人しかいない。

「じゃあ、行ってくる」

 ユキオは俺を残して、吉良家に入っていこうとしたので、俺も恐る恐るついていった。

 家の玄関に入ると、さまざまな色の紙が散乱していた。大きな陶器の置物が倒れて、破片が散らばっている。靴を脱がないまま、ユキオと俺は家に上がった。

 いくつかの部屋を覗き、ついに、もつれ太夫の祭壇を見つけた。

 俺も、ユキオも、その光景を見て絶句した。

 木製の祭壇の前で、白い着物姿の女性が血を吐いて倒れていた。

 すぐには近づけなかった。その周囲には、無数の黒い紙と、それを踏みつけたようななにかの足跡が残されていた。部屋の壁や、柱には、獣が爪や牙で引き裂いたような、壮絶な跡が残されていて、着物姿の女性の胸も、同じ跡で引き裂かれていた。

「死んだ」

 ユキオは、女性の体を確かめてつぶやいた。

「吉良、好子さん」

 俺が言うと、ユキオは頷く。

「誰が」

 俺は怯えて、室内を見回した。足跡は、祭壇の周りに集中して。ぐるぐると円を描くように残っているだけだ。どこからきて、どこへ去ったのかわからない。

「返(かや)しの風」

 ユキオはそう呟いて茫然としている。

「だれが?」

 俺は思い出した。かやしの風とは、いざなぎ流で、かけられたスソ、つまり呪いを相手に返すことだ。

 今、もつれ太夫に襲われていたのは、O市にいる音響たちだ。

(音響が、返した?)

 俺はゾッとした。だが、人の命が奪われるというこの惨状を前に、それは違う、という自分の声も聞いた。

 じゃあ誰が?

 そう考えた時、ふいに去来するものがあった。

 電話で、音響が言っていたのだ。今、仮面を被せられた、俺たちの式神が来ていると。早口だったので、よくわからなかったが、とにかく、俺と、歩くさんと、京介さんの式神がいるらしい。そして、祭壇でなにか恐ろしいものを呼び出していたそうだ。

 祭壇。

 俺は、目の前にある、もつれ太夫の祭壇を見た。鏡や、白い陶器、そして様々な紙の幣(へい)が陳列されていた。その数が尋常ではなかった。広い部屋の半分を占めているのだ。いつか見た、親戚のじいさんの部屋の祭壇の比ではなかった。ここにある様々な呪物を使って、もつれ太夫は、スソを打つのだ。

 祭壇。そうだ。音響は、祭壇と言っていた。

 遠隔地であるO市に、呪いを放つにあたって、もつれ太夫は十二のヒナゴの面を与えた式神を派遣していた。俺と、歩くさんと、京介さん。いずれも、O市にゆかりの人物だ。太夫の力は、土地を離れれば弱まる。だから、かつてここで揉めた、俺たちの式神を作った。O市では、力を発揮できるからだ。

 だけど、もう一人、いる。

 あの時、俺たちは4人で、いざなぎの里へやってきたのだ。

 祭壇。与えられた、祭壇。強力な呪術のためのものだ。

 もつれ太夫の放つ、恐ろしいスソを返せば、こうなる。もとより、もつれ太夫も命がけなのだ。それがわかってなお、返す。それを躊躇なくできる人物。

「おい」

 吉良好子の瞼を閉じさせたユキオが、俺を見て言った。

「おまん、笑いゆうがか」



      もつれ太夫編 エピローグ 完






聖地情報あり


『もつれ太夫編 エピローグ 』の聖地情報を読む

《作中での扱い》
ユキオが勤務する、いろいろと大丈夫な村役場
sj348-01.jpg
出典:Google Maps

作中時間よりも遅くなるが、旧・物部村は2006年の市町村合併により香美市となった。自明の事ながら、この市役所支所にもし「ゆきお」という名の職員が居たとしても、その方は作中登場人物とは全くの無関係である)


余談だが、いざなぎ流が伝承されているのは日本で唯一、この物部の地だけである。


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この記事へのコメント
半ばギャグめいた展開でフェードアウトしたもつれ太夫さん
実際は呪詛返しによってキッチリ死んでいた、と

いや命を落とすほどの悪さしてたか、作中の描写だと微妙だけど
Posted by 名無しのお弟子さん at 2026年01月26日 22:22
暴れてたのは黒歴史をさらされた好子ではなく呪詛の方だったのか


・名前が吉良
・近距離パワー型の御子神を使う
・特殊な遠隔自動操縦型の式神を使う
・女性(クイーン)

最後は車に轢かれるのではないかと予想していたが、外したぜ
Posted by 名無しのお弟子さん at 2026年01月26日 23:07
油の弓を取り込んでしまった時点で丘研との衝突は不可避だったわけだが、師匠の式神さえ作らなければ死なずに済んだだろうに
Posted by 名無しのお弟子さん at 2026年01月27日 10:34
師匠〜
Posted by at 2026年02月02日 18:50
久しぶりにあけてみたら更新されてた
稲川淳二も、指さしも、スライム的なのも、皆さんのコメントも。
代替わりしてもキャラクターがオマージュというか、第二章的?二部で。
また暫く読み返してみれるなぁ。
おもしろいな。
Posted by オリオ at 2026年02月09日 21:45
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