その夜、丘陵研究会の部室ではカチカチ、ジャラジャラという賑やかな音が響いていた。
普段は仕舞っている畳をフローリングの床に敷き、雀卓とセットになっているテーブルを据えて、それを部員たちで囲んでいた。
窓の上のあたりに、『点ピン麻雀 黒鳥杯』という垂れ幕がかかっている。
丘陵研究会の関係者である黒鳥嬰子という有名な霊能者が、年代物の高級な麻雀牌と賞金を提供してくれて、急遽開催される運びとなった大会だった。
高校生である小熊は不参加。そして最初は参加していたモリゲンも、なぜか気分が悪くなったといって帰ってしまった。
しかし、いつもはいない部員が加わっていて、メンバーの数は十分だった。
「それポン」
鋭い声で河に捨てられた『発(ハツ)』を鳴いたのは、よれよれの白衣を着た女性だった。薬学部の院生、来島あかりだ。
「オー。私ノ牌バカリ取ラレマース」
不満そうに言うのは、天然のブロンドに青い眼をした白人女性、ソフィーだった。
「うるせえ。おまえも敵だ。人を勝手に幽霊部員にしやがって。お前の方がよっぽど幽霊じゃねえか。足はあんのか。足は」
あかりはそう言って雀卓の下を覗き込むふりをした。
「エッチ。スケッチ。ワンタッチデース」
普段は部室に現れないが、二人とも丘陵研究会の初期メンバーだ。
部長、音田響花の旧友である来島あかりは、いつも大学の課題や研究に忙しく、めったに活動に加わることはないのだが、麻雀と聞いて飛んできたのだった。
彼女はあまり卓を囲み慣れていないメンバーの中で、一人異彩を放っている。相当やりこんでいるようだった。
もう一人のレアキャラ、ソフィーもまた日中の活動には参加することはほぼないのだが、今日は深夜のイベントだったので珍しく顔を出していた。
なぜ深夜にだけ出没するのかについては、本人曰く、「時差ノ関係デース」とのことだった。
「んー? これはどれ捨てるの」
七緒が首を捻りながら手牌を睨んでいる。そのすぐ後ろから野々口が身を乗り出して、「ここか、ここにくっつけばメンツになるから、これか、これが要らないかな」と説明している。
「役はあんの? 役は」
「とりあえずテンパったらリーチすればいいから」
七緒はほぼ素人だったので、経験者の野々口がコーチについていた。
「チー」
冬馬が七緒の捨てた萬子(マンズ)を鳴いた。さっきから玄人っぽい動きをしている来島あかりが、早い仕掛けから連続でアガっていた。そろそろ止めなくてはいけない。
冬馬もそれほど麻雀を打ち込んではいないが、高校時代に友人と遊んだことはあった。
現在は、あかり、ソフィー、七緒、冬馬の四人が卓を囲んでおり、もうひとり、抜け番になっている部長の響花が、興味深そうに戦いの様子を眺めていた。
「それロぉーン!」
あかりが叫んで、手牌を倒した。
「東発(トンハツ)ドラ3。マンガン」
「まじかよ」
あかりに振り込んだのは冬馬だった。
(つええよ。この人。一人だけガチじゃん)
点数は離される一方だった。分厚い眼鏡に垢抜けないおさげ髪。そして着古している白衣。そのうえ口が悪い。なかなかに濃いキャラクターだった。そして丘陵研究会の部員らしく、相当霊感が強かった。
「響花ぁ。なんか浮遊霊が覗いてっから、窓閉めろよ」
急にそんなことを言って、部長に窓を締めさせていた。冬馬も言われないと気づかなかったほどだ。
「ていうか、さっきからなんかこの部屋暑くない?」
七緒がパタパタと胸元をあおぎながら、部室を見回した。冬馬もそれにならったが、確かになにか異様な熱気がこもっている気がした。
「はい、次次ぃ」
あかりが威勢よく牌を混ぜ始める。
次の局が始まると、ソフィーが濃いサングラスを取り出して掛けた。
モデル然とした容姿とあいまって、なんだかお忍びのセレブのようだ。それに対して、あかりがクレームをつける。
「雀荘じゃあ、サングラスは厳禁だぞ」
「固イコト言ワナイデ下サイ。日本ノ蛍光灯ハ、目ニちかちかシテ、合ワナイノデース」
そのやりとりを聞いて、冬馬はあかりが雀荘に通っているほどの麻雀打ちだと知ってしまった。
(まずいなあ)
冬馬が点数計算をしていると、急に野々口が、「あっ」と声をあげた。
「な、なに」
七緒が切ろうとした牌を止めると、野々口は、「こっちこっち」と切る牌を指定した。
「次にここに入るから、持っておいた方がいいよ」
さらっと言ったが、あかりと冬馬は耳ざとくそれを聞きとがめていた。
(野々口ぃ。それは反則だろぉ)
透視能力だ。明らかに。冬馬が野々口を睨んだその時、視界の端に不自然な動きが一瞬見えた気がした。
あかりが、目の前のヤマを直す仕草をした時に、なにかをしたようだ。不要な手牌を入れ替えたのかも知れない。
(この人、玄人にもほどがあんだろ)
冬馬が呆れていると、突然今度は自身の背後になにか異様な気配を感じた。
できるだけ前を向いたまま、恐る恐る視線を後ろにやると、信じ難いものがそこに浮遊しているのが見えた。
人間の眼球だ。二つの眼球が、背中越しに冬馬の手牌を覗いていた。
ゴクリと、生唾を飲む。
ソフィーだ。あのサングラスの下。今、彼女の目玉はあるべきところにないのではないか。そんな直感。そんな異様な現象に、誰も気づいていないのか、騒ぎ立てる声もない。
「はやくツモれよ冬馬」
あかりが急かす。そう言いながら、彼女の手は残像を生じるほどの速さで自ヤマを撫でまわしていた。
「あっちぃ。ていうか、なんか気分悪いよこの部屋」
七緒がわめく。野々口の、どよん、とした目が、伏せられたヤマや各自の手牌を舐めるように見つめている。
その様子を一歩引いた位置で眺めながら、部長は首を傾げ、麻雀牌の入っていた箱を改めて調べた。
すると、見逃していた黒鳥嬰子からのメモが入っているのに気づいた。
部長はその、人骨を加工して作成されたという麻雀牌の恐ろしい逸話と、降りかかる呪いについて知ることとなり、そっとそのメモを懐に仕舞った。
そして、何食わぬ顔で、異様な気配が高まり続ける部室と、魑魅魍魎の跋扈するかのごとき卓上を眺めて、キラキラと目を輝かせていた。
345『第81話 日常33 麻雀大会』
posted by 巨匠
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> 人間の眼球だ。二つの眼球が、背中越しに冬馬の手牌を覗いていた。
【『怪物 「結」下』4/4】で加奈子には、京子の術がこう見えていた。
あるいは【目薬 3】のモリゲンの過去視も、感知できる相手からはこういう風に見えるのかもしれない。
そして視える以上は、場合によっては術者への逆干渉も可能、と。
あと音響は歴代師匠連中と同じ気質、
なりふり構わないオカルトへの好奇心を例に漏れず持っているご様子
>彼女の手は残像を生じるほどの速さで
これもう異能だろ