340『第76話 日常28 生霊』

 冬馬に、同じ研究室の友人ヒロユキが頼んできた。

「一回おうたってくれや。な?」

 なんでも同じ一般教養の講義を取っている他学部の女子から、冬馬を紹介してくれと頼まれたらしい。その女子も、引っ込み思案の友人から頼まれたとのこと。

「めんどくせえなあ」

「話するだけや。俺もおるから。な?」

 外でちゃんと会うとなると面倒なので、キャンパス内の喫茶コーナーでなら、ということで冬馬は承諾した。

「じゃあ、俺らは話あるから」

 当日、ヒロユキは付き添いの女子と一緒にすぐ去って行った。

 残されたのは冬馬と、目が前髪で隠れて表情が読み取れない小柄な女の子だけ。

(無口な子だな)

 大学の授業のことなど、無難な話をしながら、冬馬は適当なところで切り上げようとした。すると、その女子がもじもじしながら、付き合って欲しいというようなことを言ってきた。

 冬馬はそれをきっぱりと断った。好きな人がいるからと。

 その子はショックを受けたようだったが、最後まで前髪から目は出ず、表情は見えなかった。

 そんなことがあって一週間後。丘陵研究会の部室で冬馬は七緒から詰問された。

「あんた、うちの学部の子、もてあそんで捨てたって話になってるよ」

「はあ?」

 詳しく訊くと、あの目が隠れている女子のことのようだった。冬馬はうんざりしながら経緯を説明した。七緒は腕組みをしてうなった。

「あの子、やばいって噂は聞いてたけど、本物じゃんそれ。こわ。まあしょうがない。あたしが話つけるから。この件は任せて」

 頼もしいな七緒は。

 冬馬は感謝した。



 その3日後である。

 冬馬の目の前に、七緒とその目隠れ女子が現れた。七緒はあっけらかんと笑う。

「いやー。話聞いてると、いい子なんだよねー。そんで一回一緒に遊びに行こうって話になってさ。まあまあ。いろいろ誤解もあったかも知れないけど。ここはあたしの顔を立ててさ」

 全然、篭絡されてるじゃねーか!

 その子は、七緒の横でうんうん頷いている。

 なんだかんだでカラオケに行くことになってしまったが、そこになぜか小熊もついてきて、ピリピリした空気のなかで交流は行われた。

 数合わせで連れてこられた野々口など、異様な雰囲気を察知して、脂汗を流していた。

 そんなことがあった数日後。冬馬が丘陵研究会の部室に行くと、小熊が床に正座していた。

「あ、冬馬ぁ。あんたもなんか言ってよ」

 隣の七緒が困った顔で訴えてくる。

「昨夜のことです」と小熊が背筋を伸ばしたまま説明をした。

「すそを打たれまして」

「すそ?」

「人の放つ呪いです。おそらく、丑の刻参りかなにかだと。私の部屋に生霊がきておりましたので、とっさに退魔術にて反撃しました」

 そう言って小熊は手をついて頭を下げた。

「あのカラオケの時の女性(にょしょう)に相違ありません。手加減いたしませんでしたので、本体のほうも無事ではすまないはずです。これから警察に出頭いたします」

「ちょっとちょっと待った。生霊って。ええ?」

「今までお世話になりました」

 顔を上げた小熊は真剣な表情だ。

 七緒も困った顔で頭を掻いている。

 そうこうしていると部長がやってきた。

「かくかくでしかじか」

 七緒の説明を、ふむ、と聞いていた部長は、「まず事実確認。警察はその後」と的確に指示し、冬馬には「あなたはもうその子に関わらないで」と厳命した。

 なにか釈然としない思いを抱きながらも、冬馬は頼もしい部長に感謝した。



 それからしばらくして、冬馬は一般教養棟であの目隠れ女子を見かけた。

 無事だったんだ。良かった。

 そう思って話しかけようと近づいたが、その子は逃げるように去って行ってしまった。

「あの、ちょっと」

 上げた手の下ろしどころがなく、困惑していると、一緒にいたヒロユキが冬馬の肩を叩き、しみじみと言った。

「そうかあ。冬馬。フラれたんか。まあええやろ。女なんかほかにいくらでもおるわ。俺に任せえ。合コン、セッティングしたるからな」

 なぜか叫びたくなった冬馬は、その衝動をぐっと堪えると、ヒロユキの提案を丁重に断った。

この記事へのコメント
そういやウニも、生霊になってまで付きまとってくるストーカー女に気に入られてたな。
歴史は繰り返すということか。
Posted by 名無しのお弟子さん at 2026年01月20日 20:11
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