「はい」
「やりなさい」
呼びかけられた小熊が、手に持った弓を構えた。それはまるで、使い古した道具を扱うような、熟練した動きに見えた。
いつの間にか、矢がつがえられている。
『待って。待って。話があるの』
小面が声を上げた。あわただしく、両手でなにか印を結んでいる。陰陽道で、ドーマンセーマンと呼ばれる五芒星の形の青白い光が、その面前に浮かびあがった。
小熊が、引き絞った弓を射た。五芒星の光が貫かれ、四散した。引き裂かれたような叫びが弾ける。
カンッ、という乾いた音がして、小面の仮面の額の部分に、矢が突き立っていた。目に見えない力で空中に吊りさ下げられたまま、だらり、と四肢が垂れさがる。
「油の弓は、この街にはびこる邪悪を払うための強力な呪具よ。これを取り戻した以上、何度あなたが襲ってきても、もう無駄です」
部長は冷たく言い放った。
「七緒ちゃん、出番よ。小熊ちゃんも。準備はいいかしら」
呼びかけられた七緒は、緊張した顔で、「うわあ」と言った。
部長はバッグから、小型のMDプレイヤーを取り出した。
「いくわよ。はい」
そして部長がそのスイッチを入れると、場違いなほど明るい音楽が流れ出した。
「イエーイ!」
いきなり、七緒と小熊がピースサインをしながら叫んだ。そして、音楽に合わせて踊り出した。
「な・つ・い・ろ、ホリディ、ダンシンターイム♪」
振り付けのみならず、歌まで歌っている。
冬馬は唖然としてそれを見ていた。
「えーと……なんなんすか、これ」
隣の部長に問いかけると、真面目くさった顔で返事をされた。
「三人のもつれ太夫の正体候補のうち、伊東退助という建具職人は、居所が知れたわ。私の師がいざなぎ流の里の現地に飛んで確認した。彼はもつれ太夫ではなかった」
「その師匠の人、そんな簡単に飛んでいくんですね。仕事してないんスか」
「無職よ。今は私のリモコンヘリ。そして、元ALTで、現観光協会職員のジョン・マクマホンは、まだ見つかってないけど、ある理由で可能性が低くなった」
「なにかありましたっけ。どんな理由ですか」
「私が、『Say hello to my little friend』と言って、ピストルを撃つマネをしたのを覚えている?」
そう言えば、駅前の通りで、夜叉の仮面相手に部長がそんなことをしていたような気がする。
「あれは、アメリカでは有名なスラングよ。映画の登場人物がでそう叫んだ後で、ミサイルやバズーカとかの飛び道具をぶっぱなすのが定番になっているの」
「あー、見たことあるかも」
「他の式神たちへの指令は、仮面たちが行っているけど、その三体の仮面自身は、もつれ太夫が直接操っていると思われる。十二のヒナゴと呼ばれる古い仮面を媒介にしてね。もし、アメリカ人のジョン・マクマホンがもつれ太夫なら、私がスラングを口にした瞬間、なにか反応を見せたはずよ。なのに、夜叉面は式神が燃え上がって、はじめて驚いていた」
「そうだ。そうだった」
「以上から、最後の一人、吉良好子という引きこもりの女性が、もつれ太夫の正体である可能性が高まったわけ」
「なんでしたっけ。元アイドルみたいな」
「そう。地下アイドルよ。グループで活動していて、インディーズで曲も出しているわ。私はつてでそのビデオを手に入れたの」
「これがそれっすか」
冬馬は目の前で繰り広げられる、七緒と小熊のやけくそのようなダンス&ミュージックを、呆れた顔で見つめた。
「もつれ太夫の正体は、地元でもわかっていない。隠しているからよ。なぜ隠しているのか? それは、その土地での生活を継続する必要があるから」
部長は手を広げて、周囲を睥睨(へいげい)した。
「もつれ太夫が取り込んで来た、様々な呪いや鬼神、祖霊の力は、本来その土地でこそ効力を発するもの。私たちが勝てたのは、そこから離れたこの街で決戦に持ち込んだからよ。もつれ太夫が力を保つためには、そこでの守るべき生活があるの」
部長がそう言い切ると、それが真実であるような気がするのは、不思議だった。
部長が携帯電話を取り出した。
「あ、ウニちゃん? うるさいわね。いいじゃない。ウニちゃんで。こっちはOKよ。しっかり見せてやったわ。吉良好子の様子は? え? 暴れてる?」
部長はクスクス笑っている。
「じゃあ、予定通り突入して。怖いってなによ。拡声器持ってきてるでしょ。言ってやればいいのよ。このあなたのデビュー曲、『夏色ホリデイラブ』のビデオを焼き増ししたDVDを、村中にバラ撒きますよって。なんなら、ひとりひとり、全村人どころから、隣の町まで全員に手渡しで拡散しますよって。あと、もつれ太夫としての悪行の記録も全部ぶちまけますよって」
冬馬はそれを聞いていて、ゾッとした。やっぱり、部長は恐ろしい。
電話を切って、部長は微笑んだ。
「吉良好子は、村では元地下アイドルということは隠しているみたい。彼女と幼馴染だというユキオさんが知っててくれて、助かったわ。本物のビデオだと、かなり際どい服装をして踊っているの。31歳になっている今、それをほじくり返されるのはキツいでしょうね」
冬馬は、その顔も知らない女性に同情を覚えたが。部長を怒らせたのだから、仕方ない、という気もした。
いつの間にか、曲は終わっていた。
七緒と小熊が肩で息をしている。
「ありがとう、二人とも。お疲れ様」
部長はそう言うと、あ、と思い出したかのように、宙吊りになっている小面を見た。
「目障りだから、もう消えて」
そう言った直後、矢が額に刺さったままの小面は、爆発した。パラパラと繊維が光って舞い散っている。カラン、と仮面が地面に落下した。
「あれ? 小熊。弓は?」
冬馬はキョロキョロとした。彼女が持っていたはずの弓が、どこにもない。踊る前に、どこかに置いたのかと思っていたが、見当たらなかった。
小熊は、自分の両手の手のひらを広げて、見つめた。
「いえ。あります。存在と不存在の間でゆらめいているような道具なんです。でも、たしかに私は受け取りました。私に必要な時、必ず現れます」
確信している表情だった。
とんでもないものを色々と見せられた今、冬馬にあらたな驚きはなかった。頭が麻痺しているようだ。
「お姉ちゃん。この歌きっついわ。なんつーか。古い」
七緒が心底嫌そうな顔をしながら、目元でピースサインをした。
「今年の忘年会で、また見せてね」
「やだー」
冬馬は、深いため息をついて、全身の傷を確かめた。血はもう止まっている。
(さすがに無理しすぎたな)
帰って、朝まで寝たい気分だった。
空を見上げると、いつの間にか、雨が止んでいた。
「さあ、帰りましょう。仮面を処分します。モリゲンたちも心配してるわ」
部長がそう言って、歩き出そうとした時だった。
二人分の仮面が落ちている場所に、いつの間にか人が立っていた。
「え?」
その人物は狐の仮面をつけている。
すぐさま全員が身構え、再び戦闘態勢に入った。
「畜生面の、狐……」
部長が緊張した声色で呟いた。
「まさか、嘘でしょう」
狐面は黒い服を着ている。他の仮面たちのような、時代がかった服装ではなく、カジュアルなシャツとズボン姿だった。
「あなたは、誰?」
部長が慎重に呼びかける。狐面は、ただ真っすぐ立っているだけなのに、異様な重圧感を放っていた。
『めんどくさくて。隠れてた』
狐面は答えた。男性の声だった。
「ほかの式神は、どうしたの? あなたにも、つけられていたでしょう?」
狐面はククク、と笑った。
『全部食った』
七緒が部長のそばに寄った。
「お姉ちゃん、こいつなに? こいつもミコガミなの?」
「いいえ……。他の仮面たちと同じく、ただの式神のはず。ただ、今はもう、もつれ太夫の支配下からは離れている」
小熊が、「撃ちますか?」と部長に指示を仰いだ。その手には、いつの間にか弓が握られている。
『弓使いの、油の弓か。懐かしいな』
狐面は笑っている。その弓を見ても、まったく怯えていない。
『この身体はいいねえ。疲れないし、あれだけの数の式神を食っても、腹が破裂しない。ちょっと、力を取り込み過ぎて、胸やけしてきたけど』
それを聞いて、冬馬は、すぐにこいつを倒さなくてはいけない、と思った。
全力で走っていって、上段回し蹴り一発で首を飛ばす。いや、浴びせ蹴りか……。
頭の中でシミュレートしていると、部長がゆっくりと前に出た。
「あなたは敵なの?」
狐面はうーん、と考える仕草をした。
『僕は、この身体を与えられて、意識を持ったけど、哲学的ゾンビみたいなものだ。僕自身の自我とは言えない』
「答えて」
『そう焦るなよ。元ゴスロリちゃん』
部長は、狐面の軽口に顔を赤くした。
「部長、俺行きます」
冬馬がささやくと、部長はそれを止めた。
「待って。勝てる気がしない」
それを聞いて、冬馬は踏みしめた足に力を込めた。
『まあいいや。おおい。そこの男前。君だよ、君。大きくなったなあ。アキちゃんは元気か?』
(なんだこいつ)
冬馬は目を見開いた。
「彼らに手を出さないで」
部長がそう言うと、狐面は両手を広げた。
『我思う、故に我有りってのは、こういう場合には意味を成さないな。自分じゃない、という実感だけがあるというのは、なかなか気持ちが悪いよ』
狐面は楽しそうだ。そして、自分の首筋に、右手をあてがった。
『さよならするのはつらいけど、仕方がない。では、ごきげんよう』
そう言って、狐面は自分の首を裂いていった。まるで、本のページを破るように、ビリビリと。その断面からは、他の式神たちと同じように、繊維がほどけて飛散していく。それとともに、異様な力の渦が吹き出して、宙に放出されて行くのがわかった。それは空気に溶けるように消えて行った。溜め込んだという力を、捨てたのだ。
狐面が、自身の首を完全に破り取ると、その身体がバッと煙のように爆ぜた。
そして、仮面がコロンと音を立てて地面に転がった。あとにはなにもない。
それを見て、部長は安どの息を吐いた。
「なんなのよもう!」
七緒は尻が濡れるのも構わず、地面にへたり込んだ。小熊も弓を下ろし、ホッとした顔をしている。
冬馬は、転がっている狐の仮面を見つめて、立ち尽くしていた。
「嫌な予感がします」
冬馬がそう言うと、部長はようやく笑った。
「あなたのフォースがそう言うのね」
やっぱり、知ってるんじゃないか。
冬馬は、はあ、と肩を落とした。
◆
後日、丘陵研究会の部室にて、冬馬は椅子に座る部長の前に立っていた。
部室には二人だけだった。
「それで、あなたの母親は、なにか言っていたかしら?」
「でもあれは、ミコガミってやつなんでしょう? 本人の幽霊とかでもなく」
「それでも、姿を模しただけの式神とはわけが違うわ。神様なのよ」
「……雨ごいをしてくれました」
「あら。あの雨は、そのおかげなのね」
部長は本当に感心しているようだった。冬馬は、その後の言葉は、言わないでいようと決めた。
「あの狐面の男は、写真を見せられた、師匠の師匠って人なんでしょう?」
「そうよ。そして、あなたの母親の、弟子」
部長は、椅子に座ったまま地面を蹴って、くるりと回った。
「始まりが、あなたの母親」
また一回転する。冬馬のほうに向いた時に、続けた。
「次が、狐面」
一回転。
「次が、ウニちゃん」
一回転。
「その次が、私」
もう一回転して、ようやく止まった。そして、冬馬を指さした。
「そしてあなた」
フラリとして、その指がずれる。少し目が回っているらしい。
「連綿と続く、師弟関係が、あなたに行きついたの」
部長は頭を揺らしながら、部長専用デスクに向きなおり、引き出しからなにかを取り出した。
「頭を出して」
「はあ」
「これを、渡す日のことをいつも思っていた。今回、あなたは命懸けで戦ってくれました。私たちが、無事に帰れたのは、冬馬くん。あなたのおかげです」
その頭に、帽子が被せられた。
黒い帽子だ。それは、幻の中で、母が被っていたものとよく似ていた。
「私が預かっていたものを、サイズ直ししてみたの。とっても、似合うわね」
部長は嬉しそうに笑った。
そして、笑いながら、目尻に涙を浮かべた。
「とっても……、似合うわ」
もう一度繰り返した。その喉から、嗚咽が漏れたのが聞こえた。
「どうして」
どうして、泣くんですか?
そう訊こうとして、冬馬は口に出せなかった。
部長は自分が泣いたことに驚いていた。それでも、嗚咽を止められなかった。
「響花」
黒図が、その肩を抱いた。
部長は黒図の胸に顔を埋め、大声で泣き出した。「あーん。あーん」という、感情を包み隠さない声。大粒の涙が、黒図の服に滴って、床に零れ落ちた。
さっきまで、部室に黒図暁はいなかった。
でも、『いた』ことにしたのだ。
冬馬は、帽子を被ったまま、その光景を見つめていた。
窓を優しい音が叩いていた。部室には、甘いような、苦いような香りが漂っている。
そうして、その年の長い雨の季節が始まり、冬馬は、その時のことを、いつまでも忘れなかった。
もつれ太夫編 完
※聖地情報あり
『もつれ太夫 死闘編』の聖地情報を読む
《作中での扱い》
雨の中、傘を差したウニと歩くの式神が待ち構えていた体育館脇の駐車場

出典:Google Maps
奥に見える体育館(シゲトーアリーナ岡山)は、フロア面積が約3.7ku、2階観客席が約2,500席ある。
これは市区町村の一般的な体育館(数百席〜1,000席程度)に比べると、明らかに「ワンランク上の地域拠点施設」と言える。
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聖地の景観と近隣住民の皆様の生活を守るため、一人一人の良識ある行動をお願いいたします。






あとやっぱ師匠やべえ。
そして音響が泣く理由の謎。
他の三人の式神も、ある程度オリジナルに準じた自我があったのかな?