338『第74話 もつれ太夫 死闘編 9』

「小熊ちゃん」

「はい」

「やりなさい」

 呼びかけられた小熊が、手に持った弓を構えた。それはまるで、使い古した道具を扱うような、熟練した動きに見えた。

 いつの間にか、矢がつがえられている。

『待って。待って。話があるの』

 小面が声を上げた。あわただしく、両手でなにか印を結んでいる。陰陽道で、ドーマンセーマンと呼ばれる五芒星の形の青白い光が、その面前に浮かびあがった。

 小熊が、引き絞った弓を射た。五芒星の光が貫かれ、四散した。引き裂かれたような叫びが弾ける。

 カンッ、という乾いた音がして、小面の仮面の額の部分に、矢が突き立っていた。目に見えない力で空中に吊りさ下げられたまま、だらり、と四肢が垂れさがる。

「油の弓は、この街にはびこる邪悪を払うための強力な呪具よ。これを取り戻した以上、何度あなたが襲ってきても、もう無駄です」

 部長は冷たく言い放った。

「七緒ちゃん、出番よ。小熊ちゃんも。準備はいいかしら」

 呼びかけられた七緒は、緊張した顔で、「うわあ」と言った。

 部長はバッグから、小型のMDプレイヤーを取り出した。

「いくわよ。はい」

 そして部長がそのスイッチを入れると、場違いなほど明るい音楽が流れ出した。

「イエーイ!」

 いきなり、七緒と小熊がピースサインをしながら叫んだ。そして、音楽に合わせて踊り出した。

「な・つ・い・ろ、ホリディ、ダンシンターイム♪」

 振り付けのみならず、歌まで歌っている。

 冬馬は唖然としてそれを見ていた。

「えーと……なんなんすか、これ」

 隣の部長に問いかけると、真面目くさった顔で返事をされた。

「三人のもつれ太夫の正体候補のうち、伊東退助という建具職人は、居所が知れたわ。私の師がいざなぎ流の里の現地に飛んで確認した。彼はもつれ太夫ではなかった」

「その師匠の人、そんな簡単に飛んでいくんですね。仕事してないんスか」

「無職よ。今は私のリモコンヘリ。そして、元ALTで、現観光協会職員のジョン・マクマホンは、まだ見つかってないけど、ある理由で可能性が低くなった」

「なにかありましたっけ。どんな理由ですか」

「私が、『Say hello to my little friend』と言って、ピストルを撃つマネをしたのを覚えている?」

 そう言えば、駅前の通りで、夜叉の仮面相手に部長がそんなことをしていたような気がする。

「あれは、アメリカでは有名なスラングよ。映画の登場人物がでそう叫んだ後で、ミサイルやバズーカとかの飛び道具をぶっぱなすのが定番になっているの」

「あー、見たことあるかも」

「他の式神たちへの指令は、仮面たちが行っているけど、その三体の仮面自身は、もつれ太夫が直接操っていると思われる。十二のヒナゴと呼ばれる古い仮面を媒介にしてね。もし、アメリカ人のジョン・マクマホンがもつれ太夫なら、私がスラングを口にした瞬間、なにか反応を見せたはずよ。なのに、夜叉面は式神が燃え上がって、はじめて驚いていた」

「そうだ。そうだった」

「以上から、最後の一人、吉良好子という引きこもりの女性が、もつれ太夫の正体である可能性が高まったわけ」

「なんでしたっけ。元アイドルみたいな」

「そう。地下アイドルよ。グループで活動していて、インディーズで曲も出しているわ。私はつてでそのビデオを手に入れたの」

「これがそれっすか」

 冬馬は目の前で繰り広げられる、七緒と小熊のやけくそのようなダンス&ミュージックを、呆れた顔で見つめた。

「もつれ太夫の正体は、地元でもわかっていない。隠しているからよ。なぜ隠しているのか? それは、その土地での生活を継続する必要があるから」

 部長は手を広げて、周囲を睥睨(へいげい)した。

「もつれ太夫が取り込んで来た、様々な呪いや鬼神、祖霊の力は、本来その土地でこそ効力を発するもの。私たちが勝てたのは、そこから離れたこの街で決戦に持ち込んだからよ。もつれ太夫が力を保つためには、そこでの守るべき生活があるの」

 部長がそう言い切ると、それが真実であるような気がするのは、不思議だった。

 部長が携帯電話を取り出した。

「あ、ウニちゃん? うるさいわね。いいじゃない。ウニちゃんで。こっちはOKよ。しっかり見せてやったわ。吉良好子の様子は? え? 暴れてる?」

 部長はクスクス笑っている。

「じゃあ、予定通り突入して。怖いってなによ。拡声器持ってきてるでしょ。言ってやればいいのよ。このあなたのデビュー曲、『夏色ホリデイラブ』のビデオを焼き増ししたDVDを、村中にバラ撒きますよって。なんなら、ひとりひとり、全村人どころから、隣の町まで全員に手渡しで拡散しますよって。あと、もつれ太夫としての悪行の記録も全部ぶちまけますよって」

 冬馬はそれを聞いていて、ゾッとした。やっぱり、部長は恐ろしい。

 電話を切って、部長は微笑んだ。

「吉良好子は、村では元地下アイドルということは隠しているみたい。彼女と幼馴染だというユキオさんが知っててくれて、助かったわ。本物のビデオだと、かなり際どい服装をして踊っているの。31歳になっている今、それをほじくり返されるのはキツいでしょうね」

 冬馬は、その顔も知らない女性に同情を覚えたが。部長を怒らせたのだから、仕方ない、という気もした。

 いつの間にか、曲は終わっていた。

 七緒と小熊が肩で息をしている。

「ありがとう、二人とも。お疲れ様」

 部長はそう言うと、あ、と思い出したかのように、宙吊りになっている小面を見た。

「目障りだから、もう消えて」

 そう言った直後、矢が額に刺さったままの小面は、爆発した。パラパラと繊維が光って舞い散っている。カラン、と仮面が地面に落下した。

「あれ? 小熊。弓は?」

 冬馬はキョロキョロとした。彼女が持っていたはずの弓が、どこにもない。踊る前に、どこかに置いたのかと思っていたが、見当たらなかった。

 小熊は、自分の両手の手のひらを広げて、見つめた。

「いえ。あります。存在と不存在の間でゆらめいているような道具なんです。でも、たしかに私は受け取りました。私に必要な時、必ず現れます」

 確信している表情だった。

 とんでもないものを色々と見せられた今、冬馬にあらたな驚きはなかった。頭が麻痺しているようだ。

「お姉ちゃん。この歌きっついわ。なんつーか。古い」

 七緒が心底嫌そうな顔をしながら、目元でピースサインをした。

「今年の忘年会で、また見せてね」

「やだー」

 冬馬は、深いため息をついて、全身の傷を確かめた。血はもう止まっている。

(さすがに無理しすぎたな)

 帰って、朝まで寝たい気分だった。

 空を見上げると、いつの間にか、雨が止んでいた。

「さあ、帰りましょう。仮面を処分します。モリゲンたちも心配してるわ」

 部長がそう言って、歩き出そうとした時だった。

 二人分の仮面が落ちている場所に、いつの間にか人が立っていた。

「え?」

 その人物は狐の仮面をつけている。

 すぐさま全員が身構え、再び戦闘態勢に入った。

「畜生面の、狐……」

 部長が緊張した声色で呟いた。

「まさか、嘘でしょう」

 狐面は黒い服を着ている。他の仮面たちのような、時代がかった服装ではなく、カジュアルなシャツとズボン姿だった。

「あなたは、誰?」

 部長が慎重に呼びかける。狐面は、ただ真っすぐ立っているだけなのに、異様な重圧感を放っていた。

『めんどくさくて。隠れてた』

 狐面は答えた。男性の声だった。

「ほかの式神は、どうしたの? あなたにも、つけられていたでしょう?」

 狐面はククク、と笑った。

『全部食った』

 七緒が部長のそばに寄った。

「お姉ちゃん、こいつなに? こいつもミコガミなの?」

「いいえ……。他の仮面たちと同じく、ただの式神のはず。ただ、今はもう、もつれ太夫の支配下からは離れている」

 小熊が、「撃ちますか?」と部長に指示を仰いだ。その手には、いつの間にか弓が握られている。

『弓使いの、油の弓か。懐かしいな』

 狐面は笑っている。その弓を見ても、まったく怯えていない。

『この身体はいいねえ。疲れないし、あれだけの数の式神を食っても、腹が破裂しない。ちょっと、力を取り込み過ぎて、胸やけしてきたけど』

 それを聞いて、冬馬は、すぐにこいつを倒さなくてはいけない、と思った。

 全力で走っていって、上段回し蹴り一発で首を飛ばす。いや、浴びせ蹴りか……。

 頭の中でシミュレートしていると、部長がゆっくりと前に出た。

「あなたは敵なの?」

 狐面はうーん、と考える仕草をした。

『僕は、この身体を与えられて、意識を持ったけど、哲学的ゾンビみたいなものだ。僕自身の自我とは言えない』

「答えて」

『そう焦るなよ。元ゴスロリちゃん』

 部長は、狐面の軽口に顔を赤くした。

「部長、俺行きます」

 冬馬がささやくと、部長はそれを止めた。

「待って。勝てる気がしない」

 それを聞いて、冬馬は踏みしめた足に力を込めた。

『まあいいや。おおい。そこの男前。君だよ、君。大きくなったなあ。アキちゃんは元気か?』

(なんだこいつ)

 冬馬は目を見開いた。

「彼らに手を出さないで」

 部長がそう言うと、狐面は両手を広げた。

『我思う、故に我有りってのは、こういう場合には意味を成さないな。自分じゃない、という実感だけがあるというのは、なかなか気持ちが悪いよ』

 狐面は楽しそうだ。そして、自分の首筋に、右手をあてがった。

『さよならするのはつらいけど、仕方がない。では、ごきげんよう』

 そう言って、狐面は自分の首を裂いていった。まるで、本のページを破るように、ビリビリと。その断面からは、他の式神たちと同じように、繊維がほどけて飛散していく。それとともに、異様な力の渦が吹き出して、宙に放出されて行くのがわかった。それは空気に溶けるように消えて行った。溜め込んだという力を、捨てたのだ。

 狐面が、自身の首を完全に破り取ると、その身体がバッと煙のように爆ぜた。

 そして、仮面がコロンと音を立てて地面に転がった。あとにはなにもない。

 それを見て、部長は安どの息を吐いた。

「なんなのよもう!」

 七緒は尻が濡れるのも構わず、地面にへたり込んだ。小熊も弓を下ろし、ホッとした顔をしている。

 冬馬は、転がっている狐の仮面を見つめて、立ち尽くしていた。

「嫌な予感がします」

 冬馬がそう言うと、部長はようやく笑った。

「あなたのフォースがそう言うのね」

 やっぱり、知ってるんじゃないか。

 冬馬は、はあ、と肩を落とした。



 ◆



 後日、丘陵研究会の部室にて、冬馬は椅子に座る部長の前に立っていた。

 部室には二人だけだった。

「それで、あなたの母親は、なにか言っていたかしら?」

「でもあれは、ミコガミってやつなんでしょう? 本人の幽霊とかでもなく」

「それでも、姿を模しただけの式神とはわけが違うわ。神様なのよ」

「……雨ごいをしてくれました」

「あら。あの雨は、そのおかげなのね」

 部長は本当に感心しているようだった。冬馬は、その後の言葉は、言わないでいようと決めた。

「あの狐面の男は、写真を見せられた、師匠の師匠って人なんでしょう?」

「そうよ。そして、あなたの母親の、弟子」

 部長は、椅子に座ったまま地面を蹴って、くるりと回った。

「始まりが、あなたの母親」

 また一回転する。冬馬のほうに向いた時に、続けた。

「次が、狐面」

 一回転。

「次が、ウニちゃん」

 一回転。

「その次が、私」

 もう一回転して、ようやく止まった。そして、冬馬を指さした。

「そしてあなた」

 フラリとして、その指がずれる。少し目が回っているらしい。

「連綿と続く、師弟関係が、あなたに行きついたの」

 部長は頭を揺らしながら、部長専用デスクに向きなおり、引き出しからなにかを取り出した。

「頭を出して」

「はあ」

「これを、渡す日のことをいつも思っていた。今回、あなたは命懸けで戦ってくれました。私たちが、無事に帰れたのは、冬馬くん。あなたのおかげです」

 その頭に、帽子が被せられた。

 黒い帽子だ。それは、幻の中で、母が被っていたものとよく似ていた。

「私が預かっていたものを、サイズ直ししてみたの。とっても、似合うわね」

 部長は嬉しそうに笑った。

 そして、笑いながら、目尻に涙を浮かべた。

「とっても……、似合うわ」

 もう一度繰り返した。その喉から、嗚咽が漏れたのが聞こえた。

「どうして」

 どうして、泣くんですか?

 そう訊こうとして、冬馬は口に出せなかった。

 部長は自分が泣いたことに驚いていた。それでも、嗚咽を止められなかった。

「響花」

 黒図が、その肩を抱いた。

 部長は黒図の胸に顔を埋め、大声で泣き出した。「あーん。あーん」という、感情を包み隠さない声。大粒の涙が、黒図の服に滴って、床に零れ落ちた。

 さっきまで、部室に黒図暁はいなかった。

 でも、『いた』ことにしたのだ。

 冬馬は、帽子を被ったまま、その光景を見つめていた。

 窓を優しい音が叩いていた。部室には、甘いような、苦いような香りが漂っている。

 そうして、その年の長い雨の季節が始まり、冬馬は、その時のことを、いつまでも忘れなかった。



                            もつれ太夫編 完






聖地情報あり


『もつれ太夫 死闘編』の聖地情報を読む

《作中での扱い》
雨の中、傘を差したウニと歩くの式神が待ち構えていた体育館脇の駐車場
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出典:Google Maps


奥に見える体育館(シゲトーアリーナ岡山)は、フロア面積が約3.7ku、2階観客席が約2,500席ある。

これは市区町村の一般的な体育館(数百席〜1,000席程度)に比べると、明らかに「ワンランク上の地域拠点施設」と言える。


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この記事へのコメント
田舎のエピソードの終決、師匠の再登場、加奈子さんの帽子の引き継ぎといろいろ濃い話だった
Posted by 名無しのお弟子さん at 2026年01月16日 22:25
もつれ太夫、存在感や能力のでかさの割に他愛ない決着だったな。
あとやっぱ師匠やべえ。
そして音響が泣く理由の謎。
Posted by 名無しのお弟子さん at 2026年01月16日 23:23
師匠は作りモノの式神ですら、もつれ太夫の制御を受け付けないほどの確たる自我を持っていたが
他の三人の式神も、ある程度オリジナルに準じた自我があったのかな?
Posted by 名無しのお弟子さん at 2026年01月26日 22:44
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