335『第71話 もつれ太夫 死闘編 6』

「退きなさい! 冬馬くん!」

 部長が叫ぶ声が聞こえる。冬馬はしかし、身を起こすと、低い姿勢のまま小面に向かって走った。蹴り上げて、女性の頭部ごと、仮面を吹き飛ばすつもりだった。

 しかし、再びかがり火の中から、別の首が伸びてきた。今度は、老婆の顔だ。裂けた口から、鋭い牙が見えた。

「くそっ」

 冬馬は、その牙の一撃からすんでのところで身をかわした。

「今度は山姥(やまんば)かよ!」

 かがり火が大きくなった。その中から巨大な影がしずしずと突き出てくる。やがて8つの首を持つ、大きな蛇がその全身を現した。

 鎌首を上げた、その高さはゆうに5メートルはある。まるで怪獣だった。

 蛇体の胴から、7股に分かれた8つの首にはそれぞれ忌まわしい妖怪の頭部がついていた。ヘビの顔もあったし、河童のような顔も見える。血走った目の鬼の顔もあった。

「なんだよこれ!」

 ズズズズ、と胴体が舗装された道を擦る音がした。その重量感は、とても紙でできたものとは思えなかった。

「式神じゃない!」

 ひとさし指を突き出したまま、部長は叫んだ。「狐火が効かない!」

 山姥のザンバラ髪がチリチリと燃えていたが、当人はまったく気にしていないようだった。

 大きなかがり火の中から現れたのだ。火が効くわけがなかった。

「一度退いて!」

 部長の再度の呼びかけに、冬馬と七緒、小熊は部長のところに集まった。

 部長のまわりを円形に、燃える式神の残骸が囲んでいる。それが結界となって、ほかの式神たちの接近を阻んでいた。

「どうすんのよお姉ちゃん。なんなのあれ」

 七緒が喚くと、部長は苦しそうな顔をして答えた。

「八面王(ヤツラオ)ね。いざなぎの里に伝わる妖怪よ。現地でも、他の妖怪とは別格の祟り神として知られているわ」

「そんなの召喚したっていうの? やばいじゃん」

「このための準備で、時間を稼いでいたのね。どおりで私たちを襲うのを後に伸ばしていたわけだわ」

 冬馬は、その異様な巨体を観察していた。まるでインド神話の蛇神、ナーガのようだと思った。どこかの公園ある有名なナーガ像を思い浮かべる。だが、目の前にいる怪物は、神としての神々しさなどない。ただただ、おぞましい姿だった。それぞれの頭部に統一的な意思など感じられない。それぞれが、笑い、怒り、あざけっている。

(ミコガミとして呼び出せたのが、偶然たった今だった、なんてことはないはずだ)

 冬馬は考えた。あの小面の女が部室に侵入して、自分たちを挑発した意味を。

「部長、あいつの活動には時間制限がある」

 小面は、冬馬たちをギリギリまでおびき寄せてから、あの怪物を呼び出した。きっとそういうことなのだ。

 しかし、部長は首を振った。

「とてもそれを待てないわね」

 火の結界の向こうに、ヤツラオのそびえたつ巨大な蛇体が迫りつつあった。そのすぐ横を、小面が舞を踊るように楽し気に歩いている。

「ひっ」

 近づくにつれて、まるで建物のような大きさのそれに、全員息をのんだ。とても、戦えるような相手ではなかった。

「蟲を使って倒します」

 部長がそう言ってバックに伸ばそうとした手を、冬馬が掴んだ。

「だめだ部長。それはもう使わないほうがいい」

「でも」

「俺がなんとかする」

 冬馬は覚悟を決めてヤツラオに向きなおった。

(これは死んだかもな)

 妙に心が静かだった。

 冬馬が、火の結界から出ようとした時だった。ちょうど、ヤツラオの反対側から、悲鳴のようなものが聞こえた。

 暗がりの先から、般若のような白い顔が突き出して見えた。上空だ。地上から数メートルの高さ。やがて、その顔に繋がる鱗のついた首が見えてきた。そして、牛のような顔も、その横に現れる。

 恐ろしい顔をした首が、次々と暗闇から出現した。

「嘘だろ」

 冬馬は力なくつぶやいた。

 ヤツラオと同じ大きさの怪物が、冬馬たちを挟み撃ちするように現れたのだ。

「九面王(クツラオ)……」

 部長も絶句して、放心している。

「八面王と同じく、いざなぎ流の里の最悪の祟り神よ」

 クツラオの蛇体からは、8つの股の先に9つの頭部が伸びていた。どれも禍々しい狂相をしている。

 そのクツラオのすぐそばに、白い顔の仮面の人物がいた。小熊が言っていた、薄毛の若者の仮面。国分川の河原のコロニーにいたという、弱法師(よろぼし)だった。

 弱法師はおどおどした様子でこちらを伺っている。

「このクソカエル野郎がぁ……」

 部長が眉間に皺を寄せて唸っている。普段は上品な部長が、自分の師について語る時だけは、なぜか乱暴な口調になるのだった。

「仕留めに来ましたね」

 小熊が青い顔でつぶやいた。

 弱法師は、他にも無数の式神を率いていた。冬馬はあたりを見回したが、いよいよ、退路もない。最悪の状況だった。

「どうしようお姉ちゃん」

 七緒が木刀を胸に抱えて、泣きそうな顔で言った。いつも強気な七緒の弱弱しい姿は、冬馬の心にも辛く映った。

「俺が蛇二匹を足止めします。その間に、部長たちは逃げてください」

「なに言ってるのよ冬馬! あんた一人でなんとかなるわけないでしょ!」

 七緒が罵る。

「信じろ、七緒。みんなで逃げて、モリゲンたちとも合流して、なんとか体制を立て直してくれ」

「冬馬くん」

「冬馬さん……」

 冬馬は仲間たちの顔を順番に見た。そして、最後に泣きそうな七緒の頭を撫でた。

「俺は死なない。必ずあとで合流する。信じろ」

 七緒は目尻の涙を拭いながら、頷いた。

「じゃあ、行ってくる」

 冬馬は笑うと、円形の火の結界を飛び出した。

「こっちだ化け物! 俺がまとめて倒してやるよ」

 金属バットを山爺に食われた冬馬は素手だった。その冬馬が挑発すると、二頭の怪物はその17個ある首を、そちらに向けた。小面と、弱法師、二人の仮面も、冬馬を指さして、怪物に指示をしている。

「行くわよ」

 部長の声で、三人は一斉に結界から出て、走り出した。式神たちの包囲網は、冬馬が離れたことで少しほころびが出来ていた。

 行く手を阻んで手を伸ばしてくる人型の式神たちを、部長が次々と燃やしていく。

 逃げ出した部長たち三人を、小面と弱法師も追いかけ始めた。圧倒的な数だ。絶望的な光景だったが、冬馬は祈りながら向きなおった。ヤツラオとクツラオに挟み撃ちにされ、さらにその周囲を黒い獣型の式神が囲んでいた。

「さて。これ、痛てえから、二度とやりたくなかったんだけど、そうも言ってられないんでな。てめえら、覚悟しとけよ」

 冬馬はそう言って、両手を広げ、挟み撃ちしている二頭の怪物に、左右の人差し指をそれぞれ向けた。

 その瞬間に、あたりの空気がかわった。空間に充満する物質の性質が変わったかのようだった。

 ざわざわと式神たちが騒ぎ出す。

 グオオオオオッ。

 グオオオオオッ。

 ヤツラオとクツラオが17の首で吼えた。

「痛ってええええ! クソッ、ちくしょう!」

 冬馬は叫んだ。叫びながらも、二頭の化け物に向けた指は動かさなかった。

 その二本の人差し指は、黒鳥の里で身に付けさせられた、殺生石ののろいゆびだった。黒鳥嬰子から、半年使うなと厳命され、赤い紐のまじないで封印されたはずのものだった。

 しかし、冬馬は今日、部長から両手で両手を包むように抱えられた時、その封印が解かれたのを感じていた。部長の胸元が青く光っていたのを思い出す。あれは、恐らく呪いや呪物の類を、解除する力があるのだ。

「はは」

 冬馬は、自身の身体を襲う激痛に耐えながら、部長の澄ました顔を思い浮かべていた。これは、その部長からの指示も同然だった。やれ、と言われたのだ。部長はこういう事態も想定していた。

 ギャアアアア!

 ギャアアアア!

 二頭の怪物は叫び続ける。逃げようとしていたが、身体が金縛りにあって動けないのだ。

 殺生石の力が、指を向けられた相手と、冬馬自身の身体に流れ込んでいた。

「これが、安定しないから使うなってことか……」

 嬰子の忠告は正しかった。

 指先から逆流した呪いが、冬馬の身体を蝕んでいく。生あるものすべてを腐らせ、死滅させる、黒鳥の里に伝わる殺生石の呪いだ。

「くそが」

 冬馬の目が充血し、涙腺から血が噴き出してくる。

 ギャギャギャ!と吠えて、イタチのような黒い式神が冬馬にかみついてきた。しかし、その牙が冬馬に触れるやいなや、ボロボロと崩れ落ちた。そしてその全身が一瞬で繊維に代わり、煙となってボボボッ、と飛散した。

 冬馬の全身を金色の光が包んでいる。

 逆流する呪いの力で、冬馬の身体が少しずつ死んでいく、その証の光だった。

 それは、冬馬の身体の秘密を知る者が、『シュプライト変異体の崩壊光』と呼ぶ現象だった。

 ヤツラオの山爺の顔が、苦痛に呻きながら隣の山姥の首にかみついた。山姥は怒りの声を上げて、山爺の首にかみつき返した。

 他の首たちも、錯乱して恐慌状態となっている。

「くそっ。まだまだかよ」

 冬馬は全身が悪寒に震えていた。

『君は、自分の死を想像していないのではないか』

 かつて、幻の中で黒図に言われた言葉が、冬馬の中に蘇った。

 次に浮かんだのは、部長の顔だった。その、冷たく、優しいかすかな表情だった。その、神秘的な瞳だった。

 ヤツラオとクツラオは苦痛にその巨大をよじっている。そして、すべての首が悲鳴を上げながら暴れまわっている。

 冬馬の周りの式神たちは、冬馬を包む光に怖気づいて、近寄れないでいた。

 冬馬は波のように襲って来る激痛に耐えながら、首をめぐらせて自分の腰のあたりを見た。そこには、昔実の父親からもらった厚手のナイフが挟んであった。

「部長」

 冬馬は、薄れつつある意識の中で、小さくつぶやいた。






聖地情報あり


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《作中での扱い》
冬馬がヤツラオ、クツラオと呪指で戦った、運動公園内にあるソフトボール場のすぐそばの広い道
sj335-01.jpg
出典:Google Maps

国体の誘致が行われたのは1955年の頃。

誘致合戦の相手は山口県であった。


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この記事へのコメント
・冬馬はアルファベットで書くと T ouma
・冬馬は寺生まれ
・冬馬は霊感が強い
・冬馬は光を放つが光弾は撃たない。しかし、闇弾(黒火の呪い指)は今後撃つようになる模様

冬馬は最強のゴーストハンターになるべくしてなる男、改めてそう思った。
Posted by 名無しのお弟子さん at 2026年01月13日 23:28
ワイルド系武闘派だしなw
Posted by 名無しのお弟子さん at 2026年01月14日 02:42
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