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昼間にもかかわらず運動公園は暗闇に包まれていた。空はぼんやりと明るいが、夜間に点くはずの街灯が消えたままなので、いつもの夜の公園よりも暗いくらいだ。
普段運動公園の前の通りは車の数が多いのだが、まるで街の動脈が止まったかのように一切動くものの影は見えなった。
部長と冬馬は、その入り口付近で、心細そうにしていた二人と、ようやく合流することができた。
体重の合言葉を交わしたあとで、冬馬は、「念のため」と七緒と小熊をあいついで持ち上げ、「よし、重い」と言ってそれぞれにひっぱたかれていた。
鬼神面と、巨大髑髏たちはなんとか撃退した、という話をすると、七緒は、姉ならさもありなん、という顔で納得しているようだった。
「さっき一通り偵察してきました」
入り口のそばの大きな木の下で、小熊が声を潜めて報告した。
「公園内の式神の数は増えているようです。人型以外もかなりいます」
暗い空の下で、どこからともなくドロドロという地鳴りのような音が響いてきている。冬馬は、もうこのあたりは人の世界ではない、という感覚に襲われていた。
七緒は、破れた服の袖を気にしながら言った。
「どうするのお姉ちゃん」
「……先ほどは司令塔の仮面を追い詰めても、ミコガミの弓使いは現れませんでした。これほどの数の式神を使役するとなると、もつれ太夫がこの街のどこかにいると考えていましたが、怪しい雰囲気です。さきほどの夜叉面は本物の古い面でした。あれを、十二のヒナゴとして媒介し、遠隔で操っている可能性があります」
「本人はいざなぎの里にいるということしょうか?」
「倒せないじゃん!」
七緒が喚いた。
「それについては、考えがあります。ある程度想定していましたから。渡したDVDは覚えましたか?」
「う……あれ、まじでやんの?」
「はい」
七緒は嫌な顔をして、小熊は真剣な表情で頷いていた。部長は続けた。
「もつれ太夫は、多数の妖魔、鬼神、祖霊の類をミコガミとして取り込んでいるはずですが、未だにその力を使ってきません。あの巨大骸骨すら、ただの式王子……式神でした。式神は使役するもの。それに対し、ミコガミは祈り、おだて、頼むことで力を借りるものです。土地に住まうカミは、土地を離れればその力を振るうことはできないのでしょう。ですが、私の師が戦った時に取り込まれた可能性のあるミコガミは、いずれも、私たちのこの街にゆかりのある存在です。だから、弓使いは必ず現れます。そのために、まずはこの運動公園の小面(こおもて)を追い詰めます」
「でも、もう四人だけだよ、あたしたち」
七緒が不安そうに言うと、小熊が、ちょっとこっちへ、と言って入り口そばの案内板のところへ全員を誘導した。
普段みんなは運動公園と呼んでいるが、ここは昔国体を誘致した時に作られた巨大な総合運動公園で、大きな森の中に複数の競技場が点在している施設だった。
「ここに小面がいるようです」
小熊は、運動公園の地図で、中央付近の地点を指さした。ソフトボール場のすぐそばの広い道だ。
「園内はかなりの数の式神がうろついていますが、ここから、こういうルートで林に紛れて進めば、見つからず小面のところまでたどり着けるかも知れません」
そう言って、すっすっすっ、と道を指し示す。
冬馬は、あらためて女子校の制服姿の小熊を見つめた。彼女は学校で『ニンジャ』とあだ名されているようだが、まさに水を得た魚のように、この状況で活躍を見せている。自分が培った力を振るえることに、喜びを感じているようだった。
「わかりました。やってみましょう。小熊ちゃん、先導をお願い」
全員が顔を見合わせて頷きあう。モリゲンが武器の入ったバッグごと退場したので、今ある道具で戦うしかないが、冬馬の金属バットも、七緒の木刀も、特に破損はしていない。テキは所詮は紙だ。これが本当の人間や獣相手だったら、こうはいかなかっただろう。
「では、出発」
部長の声で、全員が移動を始める。格闘技経験者の冬馬、七緒、小熊のスタミナはまだ十分だったが、普段部室の椅子から動かない部長まで体力は大丈夫なようだった。
(もしかして、この人、喧嘩もできるんだろうか?)
冬馬は、ちらりと横目で部長を見て、その底知れなさに畏怖を覚えた。
ただ、その横顔には疲労の色が見えた。しっかりした足取りを見ると、体力というよりも精神面のようだった。
部長がさっき使った、黒鳥一族に伝わるという秘術はただごとではない、現実を捻じ曲げるような恐ろしいものだった。それは、彼女の身体を蝕んでしかるべきものなのだろう。
冬馬は、『力を使わせるな』という黒図の言葉を思い出した。
俺のせいなんだろうな。
冬馬は走りながら、自分の両手を見つめた。
小熊の先導で、四人は森深く、暗い運動公園の中を駆けた。ほとんど、式神と遭遇することはなかった。人間らしい影と出くわしたことはあったが、先制攻撃して制圧した。もしかしたら、本物の人間かもしれない、という考えは捨てていた。昼間から、まるで夜のようなこの異常な状況下で、のん気に運動公園を散歩する人間などいないという判断だった。
「あと少しです」
公衆トイレの裏側で、固まって一息ついた。壁の端から顔を出して見ると、道の向こうでなにか光るものが見えた。
「なんだあれは?」
冬馬が目を凝らしていると、部長がぼそりと言った。
「火……」
火だって? 紙でできた式神が火を使っている? 冬馬は、そんなまさか、と思った。
しかし、赤くゆらめくそれは、たしかに、かがり火のように見えた。
「嫌な予感がします。行きましょう」
部長はそう宣言した。
「ここからは、あまり茂みがありません。ギリギリまで裏手を通りますが、その後は出たトコ勝負になります」
小熊が言うと、部長は、「じゅうぶんです」と頷いた。
四人は小走りで駆けだした。茂みの向こうに、人間の姿がかなり見える。すべて式神だろう。
緊張が高まってきた。ドクン、ドクン、という心臓の音が大きくなる。
「茂みから出ます!」
小熊が言った。もう後戻りはできない。全員、舗装された道に飛び出した。
すぐに、周囲の人間たちがこちらを振り向いた。すべての目が、一斉にギョロギョロと動くのは、ぞっとする光景だった。
「もう遠慮はしない」
部長はそう言うと、左手を向けて次々と目に見えない火を放った。遠くの人間が一瞬で燃え上がる。
「援護するので、小面を倒しなさい」
部長の声に、走る冬馬、七緒、小熊がさらに加速する。しかし、凄い数だ。冬馬も運動公園を散歩したことはあるが、これほどの人間がたむろしている光景など見たことがなかった。
その先に、かがり火が見えた。
「祭壇?」
広い道の中ほどに、四つの柱が立てられていて、その周囲にしめ縄が張り巡らされている。その内側に、かがり火と、祭壇のようなものが見える。
小面は、その祭壇の前にひざまずいていた。横側からだったが、見覚えのある藤色の着物と合わせて、間違いなくあの小面だとわかった。彼女は、まるで祈りを捧げているように見えた
(祈り……)
同じく、祭壇のようなものがあった駅前の大通りには、巨大な骸骨が現れたが、あれも式神、いわばまがい物だった。
しかし、今度のものは、それとは違う、という直感が冬馬の脳裏に走った。コロニーを形成している式神たちの数も、けた違いだったからだ。
仕留めないとまずい。
冬馬はさらに加速し、立ちふさがろうとする人間たちをかわし、囲まれるのも構わず、一直線に小面のほうに走った。
ドドドッ、と黒い影が溢れ出した。猪、犬、蛇、野鳥……さまざまな獣の形をした黒いものが、冬馬たちの面前に出現した。
「だろうな」
前進を止められた。冬馬は、金属バットを全力で振り回し、それらを殴りつける。七緒と小熊も必死に応戦していた。避けていた人型の式神たちも追いついてきて、囲まれようとしていた。
しかし、周囲に火の手が上がる。無数の式神たちが次々に燃え上がった。
「部長か!」
冬馬はうめいた。ありがたいが、これ以上部長に力を使わせたくなかった。まだのろいゆびだけのようだったが、あの虫を使った術は、部長の寿命を確実に縮めるような気がしていた。
「くっそがああ」
冬馬は、七緒と小熊を合わせたよりも早いペースで黒い獣の式神を殴り倒し、その防御線を突破した。
視界が開けた先に、祭壇とかがり火、そして頭を垂れる小面の姿が見えた。
(いける)
冬馬は一直線に小面に迫った。人間の姿かたちをしていようが、もう遠慮などはない。一撃で頭部を粉砕するつもりで、金属バットを振りかぶった。
その時、すぐそばのかがり火から、なにか悲鳴のようなものが聞こえた。精神に作用するような、おぞましい声だった。その直後、火の中から、ニュッ、と人間の顔が伸びてきた。コブだらけの老人の顔だった。ただ、異様に大きい。
その顔は、裂けた口を広げて、冬馬のバットを咥えた。
「うおっ」
力任せに振り回され、冬馬は思わずバットは離してしまった。ドッ、と勢い余って地面に転がり、すぐに顔を上げると、老人の顔は、バットをそのまま飲み込み始めた。
(山爺(やまじじ)の顔……)
とっさに思い浮かんだ。なにかの絵巻物で見たのか。だが、その首から下は蛇だった。鱗がギラギラと光っている。
小面が、横向きのまま顔だけをこちらに向けた。微笑みを浮かべた女性の面だ。それが、愉悦の表情に歪んで見えた。
『さて、まれびとよ。御子神(みこがみ)比べと、まいろうか』
仮面の下から、複数の人間の声が重なったような声が聞こえた。
334『第70話 もつれ太夫 死闘編 5』
posted by 巨匠
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