331『第67話 もつれ太夫 死闘編 2』

「で、でも」

「丘陵研究会には、お前の力が必要だ! おまえならできる!」

 冬馬は繰り返した。

「野々口くん」

 部長がその肩に手を置くと、「わ、わかりました」と言って、野々口は震えながら正面を見据えた。両手の手のひらを硬く握りしめている。

「……違う。……違う。これじゃない。もっと、奥。剥ぎ取って、剥ぎ取って、剥ぎ取って」

 野々口は目を剥いた壮絶な表情で、ぶつぶつと呟いた。

「あなたなら、できるわ」

 いつの間にか、部長の胸元が青い光を放っている。

「違う……。違う……。もう少し……。もう少し……。ああっ」

 その時、バットを振りながら横目で見ていた冬馬の目には、部長が透明になって野々口の中に入りこんだように見えた。

「「見えた!」」

 野々口と部長の声が重なった。

「女の人です!」

 野々口は叫んだ。冬馬はあらためて目を凝らす。白い着物の仮面の人物は、直感で男性に思えた。女性だとするとかなり背が高い。

「ナントカっていう元地下アイドルの女ですか?」

 冬馬が叫んだが、部長は、「違う」と即答した。

(なぜ言い切った?)

 冬馬は部長の態度に不審なものを感じた。

「本物のはずはない。離脱するべき?」

 部長はぶつぶつと呟いている。

「いや、数がおかしい。そもそもいない?」

 目を見開いて、部長は大きな声を出した。

「やっぱり、あの鬼神面を捕まえて! なんとしてでも」

「簡単に言ってくれちゃうわね、響花ちゃん!」

 モリゲンは半分キレ気味に、土公を二体同時に抱えて吼えた。

(火が欲しい)

 冬馬は心の中でうめいた。頭に浮かぶのは、眼鏡をかけた黒図先輩の澄ました顔。ついで浮かんだのは、黒鳥蓮(はちす)のかわいらしい顔だった。

(冬馬さん)

 想像の蓮は、フリフリの服を着てモジモジしている。

(冬馬さん)

 今度は、薄い肌着姿だ。

 しかし、その背後に、赤黒い火が煌々と燃えている。

「くそっ」

 脳裏のイメージを振り払って、冬馬は部長のほうを振り向いた。目が合うと、彼女は頷いた。

「私が出ます。露払いお願いね、冬馬くん」

 部長はいつものような空色のワンピース姿だ。バッグを肩からかけて、手にはなにも持っていない。

 周囲のコウモリを野々口が、人型の式神を冬馬が倒していくなか、彼女はスタスタと歩いていった。

 自然に、他の仲間も部長の歩く道を守る態勢に入る。

「部長」「お姉ちゃん」「響花ちゃん」

 全員の視線が集まっている。部長は鬼神の面の人物と対峙した。相手方も、なぜか攻撃をおさめたようだ。鬼神面が周囲に手を振っている。

(やっぱりあいつが指令役)

 冬馬は、その牙の生えた恐ろしい面を睨みつけた。

「私たちの街で、ずいぶん好き放題してくれるわね」

 部長がツン、と顎を上げて言った。

 そして、左手でピストルを撃つような恰好をして、片目をつぶり、人差し指を鬼神面に向けた。

「Say hello to my little friend」

 突然の部長の英語。

「ばあん」

 ピストルに見立てたその左手の人差し指が、弾丸を発射した反動のように跳ね上がった。

 次の瞬間、鬼神面を護衛するようにすぐ前に立っていた、レスラーのような体つきをしたタンクトップの若者が、炎に包まれた。

 鬼神面は、驚いたように飛び下がった。

 その時、小熊が動いた。速い。護衛の手をかいくぐり、かなりの距離を飛んで鬼神面にクナイで切りつけた。

 バキンッ。

 その一撃が仮面の端を掠め、破片が散るとともに、跳ね飛ばした。

「うっ」

 白い着物の人物は、仮面を失った顔を右手で押さえた。

「なんで」

 冬馬は驚いていた。なぜ彼女がそこにいるのかわからず、金属バットを落としそうになる。

 まひろ。まひろだ。山中まひろ。冬馬は、肌を合わせた記憶も新しいその女性を、驚愕の表情で見つめて叫んだ。

「まひろさん!」

 その声に部長と七緒が反応する。

「違う、冬馬!」

「違うわ冬馬くん」

 相手を仕留めそこなった小熊が、側転しながら離脱する。

「誰ですか、部長。あれは」

 小熊はすぐに起き上がってクナイを構えた。

「なんでちひろさんが! お姉ちゃん!」

 木刀を構えたまま、七緒が部長を見た。

「やっぱりそういうことね。あれは、山中ちひろ本人じゃない。なんとしても、彼女を捕らえて」

 誰だ、ちひろって。そもそも、まひろさんじゃない?

 冬馬は混乱していた。しかし、再び乱戦となり、敵味方が入り乱れる。

 白い着物の人物は、道路上に落ちた仮面を拾うと、再び顔に付けた。額の一部がかけている。気が付くと、いつの間にか、その手に黒い木刀が握られていた。

 鬼神面はその木刀を高々と掲げて見せた。

「このお!」

 モリゲンが腕を振り回しながら、そこに突進しようとした。

「雑魚とは違う、モリゲン。気を付けて」と部長が言うと、七緒がモリゲンを制して前に出た。

「あたしにやらせて」

 白い木刀の七緒と、黒い木刀の鬼神面が向かい合う。冬馬は、横目でそれを見ていたが、部長のところに殺到しようとするクモやら土公やらの式神を倒すのに必死で、加勢する余裕はなかった。

「いやあ!」

 鋭い気合の声とともに、七緒が袈裟切りで飛びかかった。鬼神面はそれを木刀で正面から受ける。バキンッ、という甲高い音が響いた。

「七緒ちゃん、勝てるの?」

 部長が声をかけると、七緒はガツガツと木刀の腹を合わせながら、叫び返した。

「本物なら無理。でも偽物なら紙なんでしょ」

 そして、ドンッと力任せに弾き飛ばした。冬馬の目には、その飛び方に違和感があった。やはり軽いようだ。

「冬馬くん。あなたが寝た相手は双子なの」

「はあ?」

 部長は真剣な顔だ。

「あれは、その姉の方。山中ちひろを模した式神よ」

「なんでそんなものが!」

 人型の式神までワラワラと集まってきて、正直会話などしている余裕はなかったが、冬馬はわめいた。これまでは万が一、本物の人間が混ざっていたら、とバットで殴る力にも手心を加えていたが、もはやそんな気は失せていた。群がる人間の頭部を全力で殴り続ける。

「山中ちひろは、私の師が、最初にもつれ太夫に襲撃されて戦った時の仲間なの。小面(こおもて)の面の女性、倉野木綾もそう」

「ミコガミとして、取り込まれてるってことですか?!」

「違うわ。生きている人間を霊体として取り込むことはできないはず。ただ、特別な素体として彼女たちを複製し、十二のヒナゴを付けさせて、司令塔としているようね、たぶん、この街にゆかりのある人間たちだから、ここでは力を発揮できるということかしら」

「そのオリジナルメンバーの偽物が、小熊が見たっていう、三人の仮面なんですか」

「わからない。だとしたら、その中に、もつれ太夫本人がいないということになる」

「自分は隠れて、高見の見物かよ」

 冬馬は怒りながら、自分の前を素通りしようとしたバーコード頭の男性の残り少ない髪の毛を掴み、膝蹴りをくらわせた。

「早く倒して七緒ちゃん!」「七緒さん!」

 モリゲンと小熊が、あたりを囲む無数の敵を必死で倒している。

 七緒の突きが、鬼神面の喉元に刺さった。人間なら、致命傷だ。しかし、鬼神面はぐらつきながらも、すぐに態勢を立て直す。

「お姉ちゃん、こいつ硬い。ほかの紙人間とは違う」

 部長はその様子を見ながら、呟いていた。

「小面のように喋れるはずなのに、心理戦を仕掛けてこない。七緒ちゃんと同じ剣道場にいた旧知の仲だということは、調べそこなっているようね」

 鬼神面は後方に退いた。後を追う七緒に、人型の式神が群がる。

「どんだけいんのよこいつら!」

 七緒がわめきながら木刀を振る。鬼神面の逃げこんだ場所には、人型の式神たちの塊があった。鬼神面が駆け込んで、その群れが割れた時に、なにかしめ縄のようなものが見えた。

「祭壇?」と部長は目を見開く。

「なにかやってる! 冬馬くん、私たちはいいから、止めて!」

 木刀を抱えた野々口が震えながら頷いているのを見て、冬馬は走り出した。

 しかし、冬馬がその群れにたどり着く前に、空に異変が起きた。

 あっと言う間に、空が光を失い、あたりが暗くなっていくのだ。

「日月(じつげつ)隠しの術……!」

 部長が絶句した。

「なによこれ、お姉ちゃん!」

「陰陽道の秘術よ。日備葦牙(ひびのあしかび)が得意としたという。いざなぎ流にも伝わっているのね」

「いよいよ、現実離れしてきたな」

 冬馬は立ち止り、周囲を観察した。

 日食予報で勝負をした渋川春海の時代ではない。日食など、自在に起こして良いわけはない。もうすでに、現実とは切り離された空間になってしまっているようだった。

 ドロドロドロ、という不気味な音があたりに響いた。

 暗くなった周囲に、なにか恐ろしいものの影が見え隠れし始める。

「これは、いよいよ、危ないわね」

 モリゲンが肩で息をしながら、迫って来た人型の式神を、払い腰で投げ飛ばした。

「時間をかけたらやられるわ。司令塔を倒すのよ」

 部長の指示に、冬馬は、「簡単に言ってくれるなぁ」とぼやきながら、前に出ようとした。その行く手を、突如として現れた巨大な骨の手が阻んだ。人の右手の骨のようだ。だが、本物の10倍以上はある。

「なんだ?」

 冬馬が飛び下がると、今度は左手の骨がさっきまで冬馬がいた場所を叩いた。ガギンッ、という恐ろしい音が響いた。

 その前方、祭壇のようなものが見えた場所から、巨大な瘴気の柱が立った。そのドス黒い煙とともに、巨大な骸骨が地面から生えてきた。

「なによこれ!」

 七緒が悲鳴を上げた。骸骨は上半身だけで十メートル以上はある。この世のものとは思えない光景だった。

「相馬の古内裏(ふるだいり)……」

 部長はそれを見上げてつぶやいた。

「そうか。あの鬼神面は夜叉……。瀧夜叉姫なのね。だったら、真剣を持っているはず。なのに木刀だった。金気(かなけ)の刃物が持てない。それは、彼女がやはり、式神だから」

「ひゃああああ」

 ぶん、と頭上を巨大な骨の手がかすめ、野々口が絶叫した。

 巨大な骸骨の下に、鬼神面の姿があった。

「近づけないわよお姉ちゃん」と七緒がわめく。

 カンカンッ、と骸骨の真黒な眼窩のすぐ上のあたりに、なにかがぶつかった音がした。

(小熊のツブテ?)

 本人の姿は見えないが、きっとそうだろう、と冬馬は思った。自分の血を塗り込んでいるという、悪霊退治の道具だ。しかし、骸骨はまったく堪えた様子はない。巨大すぎるのだ。

 ガツンッ、と骸骨の手が人間たちを叩こうと振り下ろされる。

 七緒と小熊がそれを避け、後ろ側に回り込んだ。

「まじかよ」

 冬馬は絶句して、その悪夢のような巨体を見上げていた。

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