330『第66話 もつれ太夫 死闘編 1』

 駅前の大通りは、異様な光景だった。まるで違う空間に迷い込んだかのようだ。

 ほとんど人がいないのだ。駅のあたりは、まだちらほらと人を見たが、少し離れるとほぼ無人だ。大学から、そこへ至るまでの道も、まったく生きた人間とすれ違わなかった。異常なことだ。

 待ち合わせたビルの陰に、小熊はいた。学生服姿だ。しーっ、と口に指を当てながら、手招きしている。全員で足早に駆け寄った。

「あ、ちゃんと本物か確認しなきゃだめよ」

 部長はそう言ったが、冬馬はいきなり小熊を抱き上げた。

「よしっ。重い」

「キャー」

 部長は額に手をやって、ため息をついた。

「で、どうしたの」

「はい。この先のブロックに、からっぽ人間の、式神の群れがいます」

 全員ビルの陰から顔を出して見渡す。いた。確かに、片側3車線の広い道路の真ん中あたりに、人の群れが確認できる。

「部長、その前に、この無人の荒野はなんなんです」

 冬馬が問いかけると、早口で返された。

「言ったでしょう。この街の住人は、強大な怪異が出現した時に、無意識にそれを避けるって。駅前がこうなったことも初めてのことじゃないわ」

「全員が無意識にって、そんなことあるんですか」

「一人一人の事情は様々よ。頭痛がする。なにか気が重い。風邪気味だ。全員がなにかしらの理由で家に籠っているの」

「それが感染してるとかってやつですか」

「そう。式神が巧妙に人間に化けて出てくるようになって、チャンスだと思ったのよ。すれ違う人、近づいてくる人、誰が敵がわからなければ、私たちに不利なはずだった。片っ端から攻撃するわけにもいかないから。でも、この街の防御作用が働けば、むしろ式神が目立つようになる」

 その時、営業途中のサラリーマン風の男性が近づいてきた。

「あのー。なにをなさっているんですか。弊社の前で」

「あ、すみません。ちょっと」

 野々口が焦りながら答えていると、部長がモリゲンの目を見て、短く言った。

「やって」

「わかったわ」

 いきなりモリゲンはそのサラリーマンを殴り飛ばした。

「うわ」

「なにしてんだよモリゲン」

 地面に倒れたサラリーマンの首が不自然な角度に折れている。しかし、彼は平然と立ち上がろうとしていた。その顔面を、小熊が手にしたクナイのようなもので斬り裂く。

 パッと紙の繊維が散って、その身体のすべてが風に乗って飛散していった。

「なんでわかったんですか」

「持っているバッグについたワッペンと、抱えた封筒のロゴが一致していて、かつ、このビルの社名と違った」

「それだけで」

「野々口君の手前で、立ち止った。お守りを忌避したのよ」

「それにしても」

 冬馬は、平然とクナイをスカートのポケットにしまう小熊を見て、ゾクリとした。友人であるヒロユキに化けた敵を殴った自分も、人のことは言えないかも知れないが、人間の姿かたちをしたものの顔を、刃物で裂くというのは、尋常な肝の座り方ではない。

 イヌジニンとして、あのおっかないジイさんに鍛えられたという小熊の、凄まじい人生が垣間見えた気がした。

「今ので私たちがいるのがバレたかも知れない。モリゲン、預けたバッグの中のものを出して」

 ゴルフバッグからは、木刀が数本現れた。金属バットもある。

「ていうか、これ、真剣じゃないですか」

 冬馬は、その中に本物の刀を見つけた。鞘から抜くと、ギラリと中身が光った。

「七緒ちゃんと小熊ちゃん。どうする?」

「あ、あたし木刀でいいわよ」

「私は自前の武器があります」

 なんで女子高生に自前の武器があるのかわからないが、ともかく冬馬は金属バットを手に取った。

「結局、これ使うことになるんスか」

「帽子は装備してきてないのね。モリゲンは?」

 部長に訊ねられて、モリゲンは力こぶを作って見せた。

「アタシはこれで十分」

 187センチ、110キロ越えの筋肉の塊が笑った。

「こんな駅前の大通りで派手な喧嘩をすることになるとはな」

 冬馬が自嘲すると、部長は、「大丈夫よ」と言った。

「目撃者はいない。全力でやりなさい」

「その前にいいですか」

 小熊が早口に言った。

「式神の群れ、コロニーは三つ確認できています。それぞれに、それを率いていると思われる、仮面の人物がいます。城のそばの国分川の河原のコロニーに、目を閉じた薄毛の若者の仮面」

「能面の、弱法師(よろぼし)ね」と部長が頷く。

「それから、運動公園のコロニーに、先日琴歌亭で見た小面(こおもて)という仮面の人」

「さっき部室に現れたぞ、そいつ。逃げられたけど。ペラペラになったから、あれも間違いなく式神だ」

「それで、この駅前のコロニーには、鬼のような顔で牙の生えた怖い仮面」

「鬼神面のどれかね。おそらく、いずれも能に使う面。たぶん、十二のヒナゴなのよ」

「十二のヒナゴってなんスか」

「いざなぎ流で、太夫ごとに使う面よ。集落ごとにそれだけの数の太夫がいたころの名残。以前、私の師がもつれ太夫と対峙した時には、般若面姿で現れたと聞いている。結局本体には会えなかったらしいけど」

「三つのコロニーの仮面ちゃんのどれかが、もつれ太夫本人ってことかしら」

 モリゲンが訊ねると、部長は首を振った。

「わからないわね。三という数が少しひっかかるわ」

「どういうこと」

「いえ、まだよくわからない」

「それにしても、こんな真昼間から集まって、なにをしているのかしら」

「嫌な予感がする。街から人が消えて行くことには、テキも気付いたはず。なのに、襲撃を急がなかったのがちょっと謎だった。なにか方針を変えたのかも知れない」

「なんだかわかんないスけど、とにかく全員ぶっとばしていいんでしょう? とっとと片付けましょう。めんどくさいから」

 そう言って冬馬が金属バットをかつぐと、部長は、「仮面だけはなんとか生け捕りにしてね」と頼んだ。残った武器の入ったバッグは、再びモリゲンが背負った。

「行きましょう。戦闘開始よ」

 そうして、六人はお互いの顔を見合わせてから、ビルの陰から大通りに出た。

「もし途中でバラけた場合、合流時には合言葉を同時に言うこと。連絡がつかなくなれば、部室に集合。それから、野々口君は私のそばを離れないで」

「わ、わかりました」

 野々口は慣れない手つきで木刀を握りしめ、震えている。丘陵研究会の主なメンバーで、唯一戦闘向きではないのが野々口だった。逆に言うと、大学サークルのオカルト研究会で、よくこれだけ喧嘩ができるメンツが集まったものだ。

 そう思うと、冬馬は呆れたように笑った。

(いや、部長が集めたのか……)

「丘陵研究会、ふぁいとぉ」

 部長の気の抜けたような掛け声で、全員が走り出した。

 見慣れた大通りの風景。昼間なのに車が一台も走っていない。おかげでやけに広く見える。

 道路の真ん中を走っていると、その向こうに人の群れが見えた。

「キャッ」

 七緒が悲鳴を上げた。上空に、黒いコウモリのような影が無数に浮かんでいる。いきなり、それらが急降下して、バサバサと襲い掛かって来た。

「くそっ」

 冬馬は金属バットで叩き落そうとするが、なかなか当たらない。

「大振りし過ぎよ」

 七緒は木刀を鋭く振り抜いて、コウモリを撃ち落としていく。

「しょうがねえだろ」

 モリゲンを見ると、やはり手を振り回しているが捕まえられないでいる。

「やだ。うっとうしいわね。もう知らないわよ」

 モリゲンは胸元に嚙みついてきたコウモリを掴んで引き裂いた。それ以外の飛んでいるコウモリは無視することに決めたようだ。

 大通りの真ん中でたむろしている人の群れが近づいてきた。老若男女、服装もバラバラでグループの共通点がわからない。異様な光景だった。

「あれ全部そうなの?」

 モリゲンが気持ち悪そうにうめいた。

「逆に、一般人混ざってたら怖いだろ」

 冬馬がバットの素振りをしてみせた。

「全員やっつけるわよ」と七緒。

 買い物帰りのような恰好の女性が、いきなり両手を突き出して襲い掛かって来た。

 迎え撃ちに飛び出した小熊が、手にしたクナイを一閃すると、女性は首筋から繊維を噴き出させて、くるくると舞いながら倒れ込んだ。

 モリゲンも、目の前のセーターを着た老人を蹴り倒す。

「気分悪いわね」

 そんなことを言いながら、顔面を踏みつけると、バフッ、と繊維が煙となって飛び散った。残った身体も、ほどけて散り散りになっていく。

「でも、こいつら、悲鳴上げないわね」

 七緒が襲い来る人々の胴体を、立て続けに木刀で斬り裂いていく。

「叫ばれたら、精神的にキそうだから、助かるかも」

 七緒はそんなことを言いながら、バチバチと遠慮なく人体を破壊していった。

 冬馬は前衛の三人から少し引いた位置で、部長と野々口のほうに式神たちが行かないように後詰をしていた。

「このっ、このっ」

 野々口もなんとか木刀を振り回して、コウモリたちを追い払っている。

 そんな激闘の最中に、部長はじっと前方の集団を見つめていた。

「いた。みんな、鬼神の仮面がいる。一番奥!」

 全員の視線が一か所に集まる。たしかに、鬼のような仮面をつけた人物がいた。白い着物に袴姿だ。周囲には護衛らしい連中が控えている。

「倒します」

 小熊が鋭い声でそう言うと、集団を外から回り込んでかわし、一瞬で距離を詰めていった。

 その前にいた数人をなぎ倒したところで、いきなり地面からなにかが吹き出してきた。

「あっ」

 小熊は転がって後退した。なにもないアスファルトから、黒くて丸みを帯びた動物のようなものがたくさん湧いてきた。

「土公(どっこう)!」

 部長が驚いて叫んだ。

「イノシシの式神よ。本来の太夫のやりかたで来る気なのね。街に人がいないのを逆手に取られたかもしれない」

「くっ」

 その獣のような式神の突進を、小熊は転がって避け続ける。

「なによこの!」

 突撃して来た土公を、モリゲンが正面から抱きとめた。

「あ、やっぱり軽いわ。こいつも紙よ。でも牙は鋭いから、それには気を付けて!」

 そう叫んで、土公の首を、盛り上がった腕の筋肉で捩じ切った。モリゲンの服の袖が裂けて、血が滴っている。

「キャー!」という悲鳴が響いた。

 七緒の目の前に、犬ほどもある大きさの黒い蜘蛛が現れていた。見る間にその数が増え、アスファルトの上に散っていく。

「お姉ちゃん! これじゃ、去年の合宿の時と同じじゃん!」

 七緒はそう言いながら、蜘蛛を木刀で叩いてコナゴナにした。

「数が多すぎるわ」

 モリゲンが悲鳴を上げる。

「どこが。弱くなってるんスか。もつれ太夫とかいうヤツの力が。部長!」

 冬馬はまだまだいる人型の式神を、金属バットで殴打し続けている。

「でも、いる。これなら、きっと本体がいる」

 部長はぶつぶつと呟きながら、戦況を見つめていた。

「野々口くん。あの鬼神面の下の顔を見られない?」

「えっ」

 鬼神の面の人物は、混戦から離れた位置に引いている。

「む、無理ですよ。すみません。想像、しちゃうんで」

「……」

 冬馬が、バットを振り回しながら吠えた。

「野々口! やれ! おまえならできる!」

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