駅前の大通りは、異様な光景だった。まるで違う空間に迷い込んだかのようだ。
ほとんど人がいないのだ。駅のあたりは、まだちらほらと人を見たが、少し離れるとほぼ無人だ。大学から、そこへ至るまでの道も、まったく生きた人間とすれ違わなかった。異常なことだ。
待ち合わせたビルの陰に、小熊はいた。学生服姿だ。しーっ、と口に指を当てながら、手招きしている。全員で足早に駆け寄った。
「あ、ちゃんと本物か確認しなきゃだめよ」
部長はそう言ったが、冬馬はいきなり小熊を抱き上げた。
「よしっ。重い」
「キャー」
部長は額に手をやって、ため息をついた。
「で、どうしたの」
「はい。この先のブロックに、からっぽ人間の、式神の群れがいます」
全員ビルの陰から顔を出して見渡す。いた。確かに、片側3車線の広い道路の真ん中あたりに、人の群れが確認できる。
「部長、その前に、この無人の荒野はなんなんです」
冬馬が問いかけると、早口で返された。
「言ったでしょう。この街の住人は、強大な怪異が出現した時に、無意識にそれを避けるって。駅前がこうなったことも初めてのことじゃないわ」
「全員が無意識にって、そんなことあるんですか」
「一人一人の事情は様々よ。頭痛がする。なにか気が重い。風邪気味だ。全員がなにかしらの理由で家に籠っているの」
「それが感染してるとかってやつですか」
「そう。式神が巧妙に人間に化けて出てくるようになって、チャンスだと思ったのよ。すれ違う人、近づいてくる人、誰が敵がわからなければ、私たちに不利なはずだった。片っ端から攻撃するわけにもいかないから。でも、この街の防御作用が働けば、むしろ式神が目立つようになる」
その時、営業途中のサラリーマン風の男性が近づいてきた。
「あのー。なにをなさっているんですか。弊社の前で」
「あ、すみません。ちょっと」
野々口が焦りながら答えていると、部長がモリゲンの目を見て、短く言った。
「やって」
「わかったわ」
いきなりモリゲンはそのサラリーマンを殴り飛ばした。
「うわ」
「なにしてんだよモリゲン」
地面に倒れたサラリーマンの首が不自然な角度に折れている。しかし、彼は平然と立ち上がろうとしていた。その顔面を、小熊が手にしたクナイのようなもので斬り裂く。
パッと紙の繊維が散って、その身体のすべてが風に乗って飛散していった。
「なんでわかったんですか」
「持っているバッグについたワッペンと、抱えた封筒のロゴが一致していて、かつ、このビルの社名と違った」
「それだけで」
「野々口君の手前で、立ち止った。お守りを忌避したのよ」
「それにしても」
冬馬は、平然とクナイをスカートのポケットにしまう小熊を見て、ゾクリとした。友人であるヒロユキに化けた敵を殴った自分も、人のことは言えないかも知れないが、人間の姿かたちをしたものの顔を、刃物で裂くというのは、尋常な肝の座り方ではない。
イヌジニンとして、あのおっかないジイさんに鍛えられたという小熊の、凄まじい人生が垣間見えた気がした。
「今ので私たちがいるのがバレたかも知れない。モリゲン、預けたバッグの中のものを出して」
ゴルフバッグからは、木刀が数本現れた。金属バットもある。
「ていうか、これ、真剣じゃないですか」
冬馬は、その中に本物の刀を見つけた。鞘から抜くと、ギラリと中身が光った。
「七緒ちゃんと小熊ちゃん。どうする?」
「あ、あたし木刀でいいわよ」
「私は自前の武器があります」
なんで女子高生に自前の武器があるのかわからないが、ともかく冬馬は金属バットを手に取った。
「結局、これ使うことになるんスか」
「帽子は装備してきてないのね。モリゲンは?」
部長に訊ねられて、モリゲンは力こぶを作って見せた。
「アタシはこれで十分」
187センチ、110キロ越えの筋肉の塊が笑った。
「こんな駅前の大通りで派手な喧嘩をすることになるとはな」
冬馬が自嘲すると、部長は、「大丈夫よ」と言った。
「目撃者はいない。全力でやりなさい」
「その前にいいですか」
小熊が早口に言った。
「式神の群れ、コロニーは三つ確認できています。それぞれに、それを率いていると思われる、仮面の人物がいます。城のそばの国分川の河原のコロニーに、目を閉じた薄毛の若者の仮面」
「能面の、弱法師(よろぼし)ね」と部長が頷く。
「それから、運動公園のコロニーに、先日琴歌亭で見た小面(こおもて)という仮面の人」
「さっき部室に現れたぞ、そいつ。逃げられたけど。ペラペラになったから、あれも間違いなく式神だ」
「それで、この駅前のコロニーには、鬼のような顔で牙の生えた怖い仮面」
「鬼神面のどれかね。おそらく、いずれも能に使う面。たぶん、十二のヒナゴなのよ」
「十二のヒナゴってなんスか」
「いざなぎ流で、太夫ごとに使う面よ。集落ごとにそれだけの数の太夫がいたころの名残。以前、私の師がもつれ太夫と対峙した時には、般若面姿で現れたと聞いている。結局本体には会えなかったらしいけど」
「三つのコロニーの仮面ちゃんのどれかが、もつれ太夫本人ってことかしら」
モリゲンが訊ねると、部長は首を振った。
「わからないわね。三という数が少しひっかかるわ」
「どういうこと」
「いえ、まだよくわからない」
「それにしても、こんな真昼間から集まって、なにをしているのかしら」
「嫌な予感がする。街から人が消えて行くことには、テキも気付いたはず。なのに、襲撃を急がなかったのがちょっと謎だった。なにか方針を変えたのかも知れない」
「なんだかわかんないスけど、とにかく全員ぶっとばしていいんでしょう? とっとと片付けましょう。めんどくさいから」
そう言って冬馬が金属バットをかつぐと、部長は、「仮面だけはなんとか生け捕りにしてね」と頼んだ。残った武器の入ったバッグは、再びモリゲンが背負った。
「行きましょう。戦闘開始よ」
そうして、六人はお互いの顔を見合わせてから、ビルの陰から大通りに出た。
「もし途中でバラけた場合、合流時には合言葉を同時に言うこと。連絡がつかなくなれば、部室に集合。それから、野々口君は私のそばを離れないで」
「わ、わかりました」
野々口は慣れない手つきで木刀を握りしめ、震えている。丘陵研究会の主なメンバーで、唯一戦闘向きではないのが野々口だった。逆に言うと、大学サークルのオカルト研究会で、よくこれだけ喧嘩ができるメンツが集まったものだ。
そう思うと、冬馬は呆れたように笑った。
(いや、部長が集めたのか……)
「丘陵研究会、ふぁいとぉ」
部長の気の抜けたような掛け声で、全員が走り出した。
見慣れた大通りの風景。昼間なのに車が一台も走っていない。おかげでやけに広く見える。
道路の真ん中を走っていると、その向こうに人の群れが見えた。
「キャッ」
七緒が悲鳴を上げた。上空に、黒いコウモリのような影が無数に浮かんでいる。いきなり、それらが急降下して、バサバサと襲い掛かって来た。
「くそっ」
冬馬は金属バットで叩き落そうとするが、なかなか当たらない。
「大振りし過ぎよ」
七緒は木刀を鋭く振り抜いて、コウモリを撃ち落としていく。
「しょうがねえだろ」
モリゲンを見ると、やはり手を振り回しているが捕まえられないでいる。
「やだ。うっとうしいわね。もう知らないわよ」
モリゲンは胸元に嚙みついてきたコウモリを掴んで引き裂いた。それ以外の飛んでいるコウモリは無視することに決めたようだ。
大通りの真ん中でたむろしている人の群れが近づいてきた。老若男女、服装もバラバラでグループの共通点がわからない。異様な光景だった。
「あれ全部そうなの?」
モリゲンが気持ち悪そうにうめいた。
「逆に、一般人混ざってたら怖いだろ」
冬馬がバットの素振りをしてみせた。
「全員やっつけるわよ」と七緒。
買い物帰りのような恰好の女性が、いきなり両手を突き出して襲い掛かって来た。
迎え撃ちに飛び出した小熊が、手にしたクナイを一閃すると、女性は首筋から繊維を噴き出させて、くるくると舞いながら倒れ込んだ。
モリゲンも、目の前のセーターを着た老人を蹴り倒す。
「気分悪いわね」
そんなことを言いながら、顔面を踏みつけると、バフッ、と繊維が煙となって飛び散った。残った身体も、ほどけて散り散りになっていく。
「でも、こいつら、悲鳴上げないわね」
七緒が襲い来る人々の胴体を、立て続けに木刀で斬り裂いていく。
「叫ばれたら、精神的にキそうだから、助かるかも」
七緒はそんなことを言いながら、バチバチと遠慮なく人体を破壊していった。
冬馬は前衛の三人から少し引いた位置で、部長と野々口のほうに式神たちが行かないように後詰をしていた。
「このっ、このっ」
野々口もなんとか木刀を振り回して、コウモリたちを追い払っている。
そんな激闘の最中に、部長はじっと前方の集団を見つめていた。
「いた。みんな、鬼神の仮面がいる。一番奥!」
全員の視線が一か所に集まる。たしかに、鬼のような仮面をつけた人物がいた。白い着物に袴姿だ。周囲には護衛らしい連中が控えている。
「倒します」
小熊が鋭い声でそう言うと、集団を外から回り込んでかわし、一瞬で距離を詰めていった。
その前にいた数人をなぎ倒したところで、いきなり地面からなにかが吹き出してきた。
「あっ」
小熊は転がって後退した。なにもないアスファルトから、黒くて丸みを帯びた動物のようなものがたくさん湧いてきた。
「土公(どっこう)!」
部長が驚いて叫んだ。
「イノシシの式神よ。本来の太夫のやりかたで来る気なのね。街に人がいないのを逆手に取られたかもしれない」
「くっ」
その獣のような式神の突進を、小熊は転がって避け続ける。
「なによこの!」
突撃して来た土公を、モリゲンが正面から抱きとめた。
「あ、やっぱり軽いわ。こいつも紙よ。でも牙は鋭いから、それには気を付けて!」
そう叫んで、土公の首を、盛り上がった腕の筋肉で捩じ切った。モリゲンの服の袖が裂けて、血が滴っている。
「キャー!」という悲鳴が響いた。
七緒の目の前に、犬ほどもある大きさの黒い蜘蛛が現れていた。見る間にその数が増え、アスファルトの上に散っていく。
「お姉ちゃん! これじゃ、去年の合宿の時と同じじゃん!」
七緒はそう言いながら、蜘蛛を木刀で叩いてコナゴナにした。
「数が多すぎるわ」
モリゲンが悲鳴を上げる。
「どこが。弱くなってるんスか。もつれ太夫とかいうヤツの力が。部長!」
冬馬はまだまだいる人型の式神を、金属バットで殴打し続けている。
「でも、いる。これなら、きっと本体がいる」
部長はぶつぶつと呟きながら、戦況を見つめていた。
「野々口くん。あの鬼神面の下の顔を見られない?」
「えっ」
鬼神の面の人物は、混戦から離れた位置に引いている。
「む、無理ですよ。すみません。想像、しちゃうんで」
「……」
冬馬が、バットを振り回しながら吠えた。
「野々口! やれ! おまえならできる!」
330『第66話 もつれ太夫 死闘編 1』
posted by 巨匠
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