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「そう。そんなことがあったの」
ようやく落ち着きを取り戻した部室に部長がやってきた。
「仲間でも敵が化けている可能性があるなら、なにか合言葉でも決めておかないといけないわね」とモリゲン。
「確かにそうね。なにがいいかしら」
「でもお姉ちゃん。それを決めた時の仲間が式神だったら意味ないわよ」
「お互いに顔をつねるとか、どうでありましょうか。紙なんだし。それでわかるのでは」
野々口の提案は部長に却下された。
「危険だわ。そこで攻撃されてしまう」
「でもこのお守りは嫌がってたよ。これで調べればいいんじゃない?」と七緒。
「あんまり効いてなさそうだったけどねぇ」
モリゲンが不安そうな顔をしている。
「ていうか、あいつなんなの。雑魚とあきらかに違ったんだけど。化け方が二重になってたし」
「私も見たかったわ。残念」
部長がそう言うと、野々口が携帯電話の画面を見せた。
「とっさだったけど、一応写真を撮りましたよ。あー、でもちょっとブレてますねえ」
「えっ。本当に?」
みんな野々口の携帯に群がる。写真を確かめた部長が、目を見開いた。
「くらのき、あや」
そう言って絶句している。
「なんですか部長。知り合いですか」
冬馬が訊ねると、部長は首を振った。
「会ったことはないわ。でもよく知っている。もしかして、そういうことなの?」
そう言って部長はウロウロと歩き回りはじめた。みんながその様子を見つめていると、彼女はピタリと足を止め、自分のバッグからなにかを探し出した。
「良かった。あったわ」
それは一枚の写真だった。二人の男性が写っている。眼鏡の男性が笑っていて、もう一人の男性にもたれかかっている。もたれかかられた男性はポケットに手を突っ込んで、ひねた表情を浮かべていた。
「もし。もしも、なんだけど」
部長はポケットに手を入れた男性の方を指さした。
「この人が。この人の姿形をしたなにかが、私たちの前に現れたら、絶対に逃げて」
「え。なんでですか」
「いいから。冬馬くん。あなたでもよ」
「はあ」
険しい表情で部長は写真をしまった。
「合言葉の件だけど、こうします。毎日変えるほうがいいから、私が朝計った体重をみんなにメールします。それを携帯電話で、一人でこっそり見てください。ちなみに今日は、49.25です」
「え。響花ちゃん。その身長で50キロないんだ」
モリゲンが男の格好でクネクネしている。
「モリゲンは何キロなんだ?」
「アタシはひゃくじゅうな……、ちょっと冬馬ちゃんなに言わせるのよ!」
「ははは」
「てか、お姉ちゃん。そんなん適当な数字決めりゃいいじゃん。嫌みでしょ体重とか」
七緒がぶつぶつ言っている。
「七緒の重さもわかったから、持ち上げれば偽物ならすぐわかるぞ」
冬馬が言うと、「このボケェ!」という怒声が返ってきた。
「とにかく、小熊ちゃんに合流します。なにかわかったようなので」
部長がそう言って立ち上がる。
「モリゲン。これを持ってくれる?」
部長が指さしたのは、壁に立てかけられていた大きなバッグだった。ゴルフバッグのようだ。
「いいわよ。あら、重いわね」
部室を出る時、冬馬は閉じたドアの前に立って言った。
「あのー。先行ってもらえますか。すぐ追いつきますから」
「バラけるのは良くないわね。いつ入れ替わられるかわからないわ」
「そのための合言葉でしょ。とにかく、お願いします」
「しかたないわね」
全員が去った廊下で、冬馬は部室のドアを見つめた。
「黒図さん。いるんでしょ。俺しかいません。出てきてください」
そっとドアノブに手をかける。いつもと同じ感触。でも、なにか予感がする。
ドアを開けると、部屋の奥、窓際のパイプ椅子に黒図暁が腰かけていた。無人になったのを確認した直後なのに。
「やあ。なんの用だい」
黒図は読んでいた文庫本を閉じて、顔を上げ、眼鏡を直した。
「あんたに話したいことがあったんだ。俺、黒鳥の里に行って来たよ」
「ああ。知ってる」
「そこで、あんたの名前の入った、丑の刻参りの人形を見た。黒鳥嬰子さんは言っていたよ。これは、死者を、死なせ続けるために釘を打つ儀式だと」
「……」
「なぜあんたが釘を打たれなきゃいけないんだ」
黒図はゆっくりと瞬きをして答えた。
「それについては、答えたくない。少なくとも、今はまだ」
「部長も知らないのか」
「さあ、ね」
空間に沈黙が満ちる。冬馬が睨んでいると、それを破ったのは黒図だった。
「丘陵研究会には、敵が多い。これ以上増やしたくはないだろう?」
「黒図一族を敵に回すってことか」
黒図は小さく笑い、少なくとも否定をしなかった。
「今回のもつれ太夫とのいざこざに、あんたは参加しない気なのか」
「イエス」
「なぜ」
「君はこの間、外から電話をかけてきただろう? 強火を用意しろって」
「ああ」
「ああいうのはよくない。知っての通り、僕のあいまいな状態は、君たち丘陵研究会員の記憶に干渉している」
「あんたが死んでる世界線と、生きてる世界線だろ」
「ゲームみたいな表現だなあ。まあいい。その通りだ。僕はずっといられるわけではない。君たちが全員、部室の外にいる時は、基本的に僕はいない世界線にある」
「それはわかる」
「僕が部室にいる時、同じ部室内にいる人間は、僕がいる世界線を共有している。しかし同時刻、部室にいない人間は、僕のいない世界線を生きている」
「え。そうなのか」
「君は特別だが、他のみんなはそうなんだ。だから、その二つの世界を電話で繋がれると、やっかいなことが起きる」
黒図は両手の人差し指をクロスさせた。
「瞬時に記憶の改竄が起き、僕がいる世界に統一されるんだ。それがよくない」
「よくないとは」
「脳にダメージが残る。恐らく」
「あぶねえな、おい」
冬馬は目を剥いた。
「それだけ、不自然な現象だということだよ。今回は、部員同士、頻繁に携帯電話で連絡を取り合うことになるだろう。だから僕はいないほうがいい」
そう言って、黒図は膝の文庫本をポンと叩いた。冬馬はそれでも言いつのった。
「もつれ太夫の使う式神は紙なんだ」
「ああ。僕も去年戦った」
「あんたの発火能力が最高に役に立つ」
「僕は外には出られないよ。僕はそういう『現象』なんだ」
「どうしてもだめか」
黒図は首を振った。
「響花を……。部長を信じろ。彼女は、この時に向けて準備してきた。斥候の式神が周囲をうろつきはじめてから、ずっと、彼女は自分の力を見せず、隠していた。力を過小評価させ、この街で襲撃させるために」
「猫を被ってきたっていうのか」
「ああ、そうだ。君も本当の彼女を知らない。君たちは、彼女の業の深さを垣間見るだろう。そもそも、もつれ太夫をおびき寄せたのは、やつに取り込まれている、『油の弓』を手に入れるためだ。そしてその武器は、いずれ訪れる、もっと強大な敵との戦いに備えてのもの」
「気が遠くなる話だな。……ところで、油の弓ってのは、もしかして、あんたが言ってた黒道(クロツミチ)一族の三種の神器ってやつなのか」
「……そうだよ。二条神社の前身の稲荷大社を守護する犬神人(いぬじにん)に授けられた、宝具だ」
黒図は、もう話し合いは終わりだと言いたげに、文庫本を開いた。
「じゃあ、小熊の家系も、あんたら黒図家の家臣なのかよ」
「戦国時代に分かれた家だ。もう関わりはない。彼女も、そのことを知らないはずだ。さあ、もう行きなよ。響花を、助けてやってくれ。なるべく彼女に力を使わせるな」
「ドクターとの戦いに備えるためか」
黒図は悲しそうな顔をした。
「僕が、つらいからだ」
そうして、冬馬は部室を後にした。閉じたドアを背にして、軽く頬を叩く。
『さとる』
と叫んだ部長の声が心の中に響いた。
「あんたがそれを言うのか」
ぽつりと言って、外階段へ歩き始めた。
襲撃編 完
329『第65話 もつれ太夫 襲撃編 8』
posted by 巨匠
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> 部長はポケットに手を入れた男性の方を指さした。
>「この人が。この人の姿形をしたなにかが、私たちの前に現れたら、絶対に逃げて」
>「え。なんでですか」
>「いいから。冬馬くん。あなたでもよ」
ウニ氏いわく、音響師匠編は最強世代で力は上の筈だが、師匠に勝てるイメージはわかないらしい
つまり襲撃編1で冬馬は綾を見て「アキに似ている」「顔のパーツは異なっている。なのに、似ている気がする」と感じたわけだ。
そして、かつて師匠は、顔ではなく名前だけを見て「倉野木綾」に接触した、と。
久しぶりに思い出したわ