326『第62話 もつれ太夫 襲撃編 5』

「黒鳥嬰子さんにいただいた、強力な魔除けです。あと二つしかありません。これを、七緒ちゃん、野々口くん。二人に預けます。寝る時も身に付けていなさい」

「え。いいのお姉ちゃん」

「いいのでありますか」

 受け取った二人は、我先にと首からかけた。

「え、俺たちは?」

「冬馬くんにはありません。モリゲンも、小熊ちゃんもです。あなたたちは、自力でなんとか対処してください」

 それを聞いて冬馬は、『ええー。ヤダ、こわーい』というモリゲンの悲鳴を予想したが、それに反してモリゲンは神妙な顔で頷いていた。

「わかったわ。任せておいて」

 いつもより凛々しい表情に見える。最年長のモリゲンが頼もしく見えた。

「望むところです」

 小熊はむしろ、目を爛々と輝かせている。つねに肉体と精神を追い込んで鍛えているその成果を、存分に発揮する時が来たと、喜んでいるのだ。

 その時、ふいに部室の窓を叩く音が聞こえた。よく鳩がやってきてとまっている窓だ。もう日が暮れて、外は真っ暗だが、その影が鳩のものではないことだけはわかった。

 あけて。

 あけて。

 あけて。

 窓ガラスの向こうから、そんな声が聞こえる。窓には、ヒトの頭部のような形の影が映っている。

 ごくりと唾を飲む雰囲気が部室を包んだ。

「七緒ちゃん」

「え。あ、はい」

「近づいてみなさい」

「えー。あたしが?」

 ぶつぶつ言いながらも七緒は、ゆっくりと窓に歩み寄った。胸のペンダントを服越しに握りしめている。

 キャーキャー。

 悲鳴と、鳥の羽ばたくような音がしたかと思うと、窓の影は飛び去った。

「ふひぃ。こわー。魔除けは効いたみたいだけど、なにあれお姉ちゃん」

「式神でしょう。もつれ太夫は、私たちを観察していました。先日の依頼人、小塚亮子さんのところにまで現れたようです。いよいよ直接襲って来るフェーズに入ったと、考えるべきでしょう」

「もう俺襲われたんスけど。先言っといて欲しいなあ。そんなことなら」

 ぶつぶつ言う冬馬を部長はたしなめた。

「言ったでしょう。テキは私たちを観察していたと。私たちが手ぐすね引いて待ち構えていると思えば、対応も違ったはずです。こうして始まったからには、なんとしても本体を倒します。今までの斥候の式神はほとんと無力でしたが、今回のものは規模が違います。もつれ太夫本人がこの街に来ているはずです」

 そう言われて、みんななんとなく窓の方を見た。

「その正体はわかりませんが、式神の動きやその周辺にいる人間に目を配れば、おのずと見つかるはずです」

「そのことなんだけどね、響花ちゃん」

 モリゲンがおずおずと言った。

「アタシ、思い出したことがあって」

「なにモリゲン」

「去年の夏合宿の時、お世話になったおうちの親戚のユキオさん。ほら、ちょうどこの写真で入れ替わられてた人。その本物のほうが、あとでぽろっと言ってたんだけど。あの人も、いざなぎ流の先生に付いて、習ってたらしいんだけどね。なんか、もつれ太夫の正体に、心当たりがある、みたいなことを言ってたような」

「どういうこと?」

 珍しく部長が驚いた顔をした。

「いや、だから忘れてたのよ。それに、ユキオさんも自信なさそうだったし」

「早く言いなさいよ。そんな大事なこと」

 部長は慌てた様子で、携帯電話をかけ始めた。

「あ、師匠? おひさ〜。ちょっと調べて欲しいことがあるんだけど」

 師匠、という言葉に冬馬は反応した。例の人だ。部長の師匠だという。

「はあ? 暇でしょ。日がな一日、2ちゃんねるに入り浸ってるの、私知ってますよ。ねえ、ウ・ニ・ちゃん」

 電話口から、『なんで知ってるんだ』という、喚くような声が聞こえた。

「とにかく、ユキオさんに連絡取って欲しいの。大至急で」

 部長が早口で要件を伝えていると、急に大きな声を出した。

「はああ? 知ってた? なんで? なんで私にはそれ教えてくれなかったの」

『長い話だったから。解決した後だし、いいや、って端折ったの』

 聞き耳を立てていると、間の抜けた男の声が弁解していた。

「解決してないわよ。全然! 言いなさい。早く言いなさい」

 いつも冷静沈着な部長がイライラしている。どうも師匠という人物にペースを崩されるらしい。

 ようやく電話を切ると、部長は疲れた様子で、みんなのほうを振り向いた。

「アホが言うには。失礼。私の師が言うには、件のもつれ太夫は今から12年ほど前に、いざなぎ流の里に現れたと。師が、ユキオさんのお師匠さんでもある人に聞いたところによると、どうも小松重臣(しげおみ)という有名な太夫さんが亡くなった時期と重なっているのね。重臣さんには、三人のお弟子さんがいて、そのうちの誰かが、重臣さんの死後、好き勝手に太夫ごとをはじめて、もつれ太夫になってしまったのではないかと。ええと、この三人ね」

 部長はメモを見せた。

「伊東退助(たいすけ)。12年前当時25歳。建具職人でもあった重臣さんの教えを受けて、今では建具職人として自立しているそうよ」

「それから、吉良好子(よしこ)。当時19歳。ちょっと変わった経歴で、中学生の時に家出して、東京で地下アイドルをしてたみたいね。夢破れて帰郷して、親戚だった重臣さんのところで住み込みで手伝いをしながら太夫ごとを習っていたみたい。現在はたぶん実家で家事手伝い」

「最後が、ジョン・マクマホン。アメリカ人。当時28歳。英語を教えるALTとして来日。いざなぎ流に興味を持ち、重臣さんに師事。よほど現地の生活が気に入ったのか、任期終了後も引き続き滞在して、地元の観光協会に勤務、と。こんなところね」

 部長は疲れた様子だった。なにかぶつぶつ恨み言のようなことを言っている。

「このうちの誰かはわからないのよね?」とモリゲン。

「ええ。白人男性だったら目立つから、わかりやすいわね。ほかの二人はあまり参考にならないかも」

「ありましたですぞ」

 PCをいじっていた野々口が、画面を見せた。観光協会のホームページだ。

 ホテルの前で笑っている男性の写真があった。優しそうな顔の、ひょろ長い白人男性だった。40歳くらいに見えた。

「うーん。そんな、もつれ太夫なんかには見えないけどね」

 七緒がかぶりついて見ている。

「電話してみたら」

 モリゲンに言われて、部長が観光協会に電話すると、宿直らしい人に繋がった。

「休暇中……」

 どうやら、地元の大きなホテルが改装工事で休業中らしい。外国人観光客の通訳兼案内役が役どころのジョン・マクマホン氏は、その暇な期間を利用して長い休暇を取っているとのこと。どうも、どこかに旅行中ではないか、ということだった。

「怪しいわね」

 モリゲンが胸筋を膨らませているが、部長は首を捻っていた。

「これだけではわからないわ。とりあえず、もつれ太夫の正体からのアプローチは私に任せて頂戴。みんなは、襲撃に備えていて。長引けば、私たちに有利になると思う」

「え。有利って、どういうことお姉ちゃん」

 部長は怪しく微笑んだ。

「私たちは感染している、と言ったでしょう。この街では、強大な怪異が出現した時に、住民たちが無意識にそれを避ける、という現象が、たびたび起こっているの。まあ見ていなさい」

 そして、部長は水のようなものが入った瓶を取り出して、部屋の周囲に撒きはじめた。

「この丘陵研究会の部室は、結界を張って、セーフゾーンとしておくわ。野々口くん」

「は、はい」

「あなたは念のため、モリゲンか冬馬くんのおうちに泊まりなさい」

「ひぇっ。そこまでしたほうがいいですか」

「魔除けはあっても、なにが起こるかわからないわ。良いわよね?」

「アタシはいいわよ」

「まあいいッスけど。狭いよ俺の部屋」

 野々口は、モリゲンと冬馬を交互に見たあとで、一方に手を差し出した。

「冬馬くんで」

「あら、アタシ振られちゃった」

「みんな。なにか危険を感じたら、すぐに私に連絡を。なんとしても、もつれ太夫を撃退し、油の弓を取り戻すのよ」

 部長は、全員の顔を見まわした。そして最後に冬馬の目を見て、言った。

「冬馬くん。あなたの力に期待しているわ、」

「頑張れや、エース」

 七緒が冬馬の背中を強く叩いた。冬馬はむせながら、「まあ、はい」と言った。

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

コメント: [必須入力]

PAGE TOP ▲