325『第61話 もつれ太夫 襲撃編 4』

「了解」

 冬馬の頭上を、真っ赤な光の筋が走った。火炎放射器のような火が、冬馬に続いて部室になだれ込もうとしていた一団を、あっと言う間に包み込んだ。

「キャア!」という七緒の悲鳴。

 10人を超える人間たちは、連鎖するように飛び移る炎に焼かれて悶えた。しかし、それは一瞬のことだった。彼らはのたうちながら、そのまま炎の中でフッ、と消失した。信じられない光景だった。

 今までいた人々が消えたのだ。空中に残るその破片のようなものだけが、かすかに燃えて漂っている。

「な、な、なに?」

 七緒が驚いて腰を抜かしている。

 部室の奥の窓際にいた黒図が、眼鏡を直しながらため息をついた。

「人使いが荒いね、冬馬くん」

「ははは。いつも部室でのうのうと座ってるだけだから、いつか仕事させてやろうと思ってたんスよ」

 冬馬は部室の地べたに座り込んで笑った。

「紙っス。からっぽ人間。紙でできてます」

 その言葉を聞いて、部長が近づいてきた。

「今の人たちが、からっぽ人間だったのね。都市伝説の」

「襲ってきました。そんな噂なかったでしょ。襲われるなんて。俺だけの特別サービスですか?」

 部長は強張った顔をした。七緒が黒図を非難する。

「ていうか、黒図先輩ってば。危ないでしょ。あんな特大のパイロキネシスぶっぱなすなんて。火事になったらどうすんですか」

 黒図はムッとした表情を浮かべて言った。

「僕はフロギストンに着火しているだけだ。現代物理の燃焼現象とは異なる原理だ。勝手に燃え広がったりはしない」

「で、今の、からっぽ人間たちの正体。知ってるんでしょ。部長。俺、聞いたことあったんですよ。紙でできた人間の話」

 冬馬に問いかけられた部長は、部室を見回して、「モリゲンと小熊ちゃんがいないわね。すぐに呼ぶから、揃ってから話します」と言った。



 小一時間後、日も暮れた丘陵研究会の部室にて。冬馬たちは部長を中心に、全員が机についていた。

 しかし、その中に、黒図先輩がいない。いつの間にか姿を消していた。

 冬馬は七緒に、「根暗メガネどこいった?」と聞いてみたが、「いるじゃない。そこに」と野々口を指さした。野々口はなんだかわからないままニコリとした。

(また黒図先輩のいない世界線に入った)

 冬馬は眉間に皺を寄せた。さっき働かせたのが癪にさわったのだろうか。これから起こる事態に、黒図先輩がいるのといないのとでは、全然違ってくるんだが。

「みんな揃ったので、説明します。その前に」

 部長は、手を顔の前にかざした。右手を外側に、左手を内側にして、指を複雑に絡ませた。そして、その間にできた小さな隙間に目を近づけて、覗き込んだ。

 狐窓だ。両手で手遊びの『狐』を作ってから、耳をクロスさせて、指を開き、窓を作って覗き見る呪術。

 冬馬は昔、童話かなにかで読んで知っていた。目には見えないものを見るためのおまじないだ。

「今はついていないようね」

 部長は狐窓を解いた。

「ついているってなんですか」

「冬馬くん。あなたにくっついていたものよ」

「ああ。やっぱり」

 冬馬は今までに二度出くわした、コウモリのような不思議なものを思い出した。一度目はハル。二度目は黒図が見つけて、冬馬の身体から追い出したのだ。黒図が言っていたとおり、部長は気づいていたらしい。気づいてなぜ放置していたのか、それもこれから語られるのだろう。冬馬はじっと部長を見つめた。

「去年の夏合宿は覚えているわね。私と、モリゲン。そして七緒ちゃんと小熊ちゃんは参加していたわ。野々口くんと冬馬くんはまだいなかった」

「やっぱり、あの件なのね」

 モリゲンは嘆息した。

「私たちは四国の田舎に合宿に行き、そこで、もつれ大夫と呼ばれる怪人の襲撃を受けました」

 初耳らしい野々口が、硬い顔でごくりと唾を飲んでいる。

「その土地には、いざなぎ流という古い民間伝承があった。神道、陰陽道、呪言道などが混ざったものよ。かつてそれらが息づいていた京都などの日本の中心部から離れて、とても古い原初的な形のものが、今も色濃く残っている土地柄よ。いざなぎ流の呪術師は太夫(たゆう)と呼ばれている。里の人々からは尊敬され、また恐れられているわ。太夫は土地にいる様々なカミに祈りを捧げ、その力を借りて災いを遠ざける。また、強い力を持つ太夫は、死後にもその弟子に力を貸すの。そのために、太夫は師の家や墓に出向き、酒を捧げてまわる。そうして連綿と受け継がれてきた力ね。ところが、そんな太夫のなかにも、きちんと祀られたカミだけではなく、祀られるまえのカミ、つまりアラガミや、野山に散在する鬼神の類にまで祈りを捧げるものが現れることがあるの。知らない人のお墓に手を合わせてはいけない、って聞いたことがあるでしょう? ついてきてしまうからって。それと似ているわね。でも、もっとやっかいよ。眠っている鬼神や妖怪の類にまで、自ら進んで祈りを捧げて起こし、自分の中に取り込むんだから。そうして霊的な存在や呪いそのものを取り込み、身の内に混在させ、もつれさせる。彼らは『もつれ太夫』と呼ばれた」

 部長は、ハンドバッグからなにかを取り出した。黒い折り紙のように見えた。

 冬馬はハッとする。それは、冬馬の頭から現れたコウモリのようなものによく似ていた。

「いざなぎ流の太夫は、幣(へい)と呼ばれる紙細工を使うわ。神様や動物など、さまざまな形を模した祈りの道具よ。それはまた、式王子と呼ばれる、いわゆる式神としての性質を持つこともある」

 部長は、パッ、と紙のコウモリを宙に放したが、そのまま机の上に落ちた。

「私たちの前に現れたもつれ太夫は、現代の太夫が失って久しい、強力な力を持っていた。その式神は、自在に活動し、まるで人間のようなふるまいさえ見せた」

 部長は部室に置いてある写真アルバムを引っ張り出した。

「これは、私たちが泊まらせてもらったおうちの庭先よ。モリゲンと小熊ちゃんが遊んでいるその後ろを見て。縁側に座る人物は、村役場に勤めるこの家の親戚の男性。のはずだけれど、よく見ると、紙でできている」

 冬馬はこの写真を一度見たことがあった。それを見て改めて気づかされる。こうして遠くから取られた写真でも、彼が紙でできたハリボテだというのはわかった。

「もつれ太夫の式神は、こうして日常に忍びよってくる。私たちは、その襲撃から身を守るのが精一杯で、逃げ帰ったのよ」

「あの時は大変だったわよねえ」

 モリゲンが大きな体を震わせた。

「そもそも私たちは、ある目的のためにその地に足を踏み入れたの。そこいる小熊ちゃん」

 呼ばれた小熊は顔を引き締めた。

「小熊ちゃんの血筋は、犬神人(イヌジニン)と呼ばれる、二条神社を守護する一族の末裔。そのイヌジニンの使う、最も強い呪物が、『油の弓』という弓。その弓は、小熊ちゃんの母親が持っていたのを最後に、行方知れずになってしまった。油の弓は、彼女と半ば同化して、不安定な存在になってしまっていたの。彼女が亡くなってから、この世から消失したと思われていたのだけれど、私の師がかつてこの土地で、もつれ太夫と戦った時に、一瞬姿を現したというの。その時も、もつれ太夫は倒せなかった。逆に、油の弓はもつれ太夫に取り込まれた可能性がある」

「使ってきたよね。夏合宿の時。襲って来た連中の一人が、弓を」

 七緒が言った。顔色が悪い。

「もつれ太夫は、アラガミや鬼神、野山や水辺の妖怪に至るまで、御子神(ミコガミ)と呼んで無尽蔵に自らに取り込んでいた。油の弓は、ミコガミとして取り込まれたのよ。私たちは取り戻すために赴いたのだけれど、失敗した」

 部長は暗い顔で首を振った。

「そして、知ってのとおり、その後で黒図くんも失ってしまったの。紙でできた式神を倒すのに、黒図くんの発火能力はうってつけだった。これでは勝てない。でも、今年になって冬馬くんが丘陵研究会にやってきた」

 部長はそう言って顔をあげてから、少しして、「野々口くんも」と付け加えた。

「同時に、こういう、コウモリのような式神が私たちの周囲に現れ始めた。もつれ太夫の放ったものよ。テキも、逃がした私たちを警戒しているのね。私はこれを好機ととらえた。もつれ太夫が私たちを研究し、もし、倒せると見てこの街で襲って来たなら」

 部長はわずかな変化で、邪悪な目つきをしてみせた。

「返り討ちにできるのではないか、とね」

「できるの?」とモリゲン。

「もつれ太夫の使う呪術は、その土地のカミの力を借りて起こす奇跡。外で使うと、力が削がれるはずよ。私たちのこの街も、昔から様々な怪異が起きてきた場所。それに誘発されて、不思議な力を持つ人間も多く出現した」

 そう言って部長は、部員の顔を見まわした。みんなその視線に頷いて返した。

「私たちはみんな感染しているのよ。この土地の持つ磁力のようなものに。そういうことが起こってもおかしくない、と思う心が、その力をより強くする。これはこの土地を離れては、逆に弱まるはず」

 モリゲンが口を開いた。「ええ。アタシのサイコメトリーも、県外にいた時は、今よりずっと弱かったわ」

「同じようなことが、もつれ太夫にも言えるはずよ」

「ちょっと待った。今の見たでしょ。人間そっくりなやつを。去年の合宿の時のは、あきらかなハリボテじゃないですか。式神だかなんだか知りませんけど、こっちに出て来てるの、全然レベル上がってませんか?」

 冬馬の反応を予想していたように、部長はゆっくりと首を振った。

「この時、私たちは、このハリボテの男性をハリボテだと最初認識できなかったのよ」

「はあ?」

「でもそうなのよ冬馬ちゃん。だからこうして平気で目の前で遊んでるの」

 モリゲンの言葉に、七緒と小熊も頷いている。

「とても強い力がかけられていたの。この街に現れた式神が人間そっくりなのは、そういう外見にしないと、私たちを騙せないから、と考えることもできるわ。直接精神に作用するほどの力を与えられないのよ。この街では」

「詭弁っぽく聞こえますけどね」

「でも、そうね。もつれ太夫の力自体は上がっているかも知れません。今回、からっぽ人間という都市伝説が生まれたのは、間違いなく、もつれ太夫が使役する式神が人間観察をするための、テストによるものでしょう。なぜかわかりませんが、彼らに、私たちの霊感は働きません。人間になりすました彼らに、ふいを突かれて襲われる可能性があります。しかし、見抜くのは困難でしょう」

 部長は、二つのペンダントを掲げてみせた。先日、小塚亮子にあげたものと同じに見えた。

この記事へのコメント
小熊の母親=山田あすみが公式見解となったということは、

グソウムドイ 加奈子→冬馬(血縁)
弓使い 山田あすみ→小熊(血縁)
眠らぬ魚 京介→まひろ(血縁)
夜の散歩者 瑠璃(血縁?)
五色地図 京子→(ウニ)→音響(血縁ではない)

五色地図だけ明確に差があると感じる。
もちろんただの偶然かもしれない。
Posted by 名無しのお弟子さん at 2026年01月09日 01:12
あと、山田あすみが既に死んでることもこれで確定したけど、加奈子と松浦も同時期に同じ事件で死んだんだろうなあという予感。
Posted by 名無しのお弟子さん at 2026年01月09日 01:19
>>1
そういえば『鋏』で

>その聞き覚えのある声に、ようやく記憶が呼び覚まされた。
>「音響とかいったっけ」
>2年くらい前に、若い子ばかりが集まったオカルトフォーラムのオフ会で、俺に『黒い手』という恐ろしいものを押し付けてきた少女だ。
>「今のハンドルはキョーコ」
>人差し指を空中で躍らせながらそう言う。
>響子。
>確かにスレッドに参加していたと思しき連中から、さっきそう呼ばれていた気がする。
>しかし、俺にとってその響きは、なんだか不吉な予感のする音だった。

と、音響が一時期名乗っていたハンドルネームにウニが嫌な感覚を覚えてたな。
音響の手に五色地図が渡ったのはノー・フェイトだったのかもしれない。
Posted by 名無しのお弟子さん at 2026年01月09日 09:41
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