その店は、市の繁華街にあるアーケード街にほど近い通りに面していた。
映画館や大型ゲームセンターなどが近くにあり、その通りは平日の昼間にもかかわらず、若者たちが大勢行き交っている。
「で、なんなんですか今日は。この店に用があるんですか」
冬馬は隣で澄ました顔をしている部長を見た。桜色のブラウスにブラウンのフレアスカートという格好で、あいかわらずかわいらしい。
二人とも身長も高い美男美女の取り合わせなので、道行く若者たちのなかでも特に人目を引いていた。
「ここであなたの服を買いましょう」
「服? 俺、金無いスよ」
今日、冬馬は部長からなぜかデートに誘われたのだが、なにか魂胆があるに違いないと警戒していた。しかし、やってきたのは、小洒落たアパレルショップだった。
『etude』という看板がある。エチュード。フランス語で習作、という意味だったか。
部長はかまわず店に入った。しかたなく冬馬も続く。小さな店で、奥のカウンターで居眠りをしている女性が目に入った。なんと立ったままだ。店員は彼女だけのようだった。
器用な人だな、と思いながら冬馬は店内を見回した。男性向けも女性向けもあるが、値札を見ると普段冬馬の行く服屋の倍ほどもする。ちょっと場違いな感じだった。
「ちょうどいいわ」
部長が冬馬の動きを手で制した。そして小声で続ける。
「あそこでウトウトしている女性ね。彼女の名前は、角南舞衣(すなみ まい)。わたしより4つ年上で、うちの大学のOGよ」
「はあ」
角南舞衣というその女性は、背中まで伸びた長い黒髪で、とても整った顔立ちをしている。大人びていて落ち着いた風貌と、微笑みを浮かべたような表情のまま、こっくりこっくりと船を漕いでいる様子がとてもアンバランスで、見ているものをそわそわさせるなにかを持っていた。
「私と、私の師匠とは、彼女の兄にあたる人物とちょっと因縁があったの。彼女自身にはなんの関係もないことだけれど」
「因縁ってなんですか」
冬馬は、響花が『師匠』と口にするたびに不愉快な気持ちになってしまうのを思い出していた。どういう関係なのかそれとなく訊ねても、いつもはぐらかされてしまう。そのくせ、こうして折に触れ、小出し小出しに語りだすのだ。
「敵よ」
返答は短かった。
てき。そう言った部長の声はいつになく、冷たかった。
その時、角南舞衣が目を覚ました。
「あ、ごめんなさい。お客様。私ったら!」
そう言ってカウンターから飛び出てくる。
「お待たせしてすみません」
二人が待っていたと思ったのか、焦った様子で頭を下げる。
「あ、大丈夫ですよ。今来たところなので」
「すみません、すみません」
ぺこぺこと頭を下げている。その仕草から、なんだかこういううっかりが染み付いているような気配がした。
冬馬の脳裏にはドジっ子、という単語が浮かんでいた。くっきりとした一重瞼で、妙に目力のある女性だった。
「彼の服を見たくて。ちょっと見せていただきますね」
部長がそう言うと、男性向けのコーナーを案内してくれた。
部長が雑談がてらいろいろと訊いていると、どうやら彼女はこの店のオーナーなのだという。それを聞いて思わず冬馬はあらためて店内を見回した。小さな店舗とはいえ、高級店だ。25、6の人がこんな店を持てるものなのだろうか。
「これはどうかしら」
「とてもお似合いだと思います。それでしたら、こういうジャケットを合わせるのもよろしいかと」
女性二人は、真剣な顔で冬馬の服を選んでいる。
「いや。俺、金」
冬馬がそう言いかけると、部長は、「お姉さんに任せなさい。いつも助けてもらっているから」と言って、胸を叩いた。
「お姉さん?」
そんなこんなで小一時間すると、冬馬の上着が揃っていた。
支払いを済ませて、部長が、「いいものを置いてらっしゃいますね」と言うと、角南舞衣は嬉しそうな顔で、「ありがとうございます。ぜひまたいらしてください」と頭を下げた。
そうして何事もなく二人は店を出て、繁華街の往来に戻った。
「で、なんなんですか。今日のこれは」
冬馬は買ってもらったばかりの服が入った手提げ袋をかかげた。まさか本当に、ただ服を買ってくれたわけではあるまい。
「ずいぶん疑り深いのね。せっかく買ってあげたのに」
「ほんとにもらっていいんですか」
「あなたが合わせた服なんだから。もちろんよ。でも、その猜疑心は大事ね」
部長は少し歩いてから、『etude』のほうを振り返った。ざわざわとした雑踏の熱気が、立ち止った二人の間を通り抜けていく。
「彼女、角南舞衣の兄の名は、角南真悟。ヤクモ製薬、医療法人ヤクモ会のトップである角南大輝の長男。角南真悟はヤクモ製薬内の、超常現象に関わる極秘部署で研究室長を務めていた人物よ」
「え。それってあの」
「ええ。たびたび話題に出る、『ドクター』こと雅市秀夫が研究主任をしていた組織よ。つまり雅市秀夫の上司にあたる人間ね。角南真悟のほうが年齢はだいぶ若いけれど」
「敵。って言いましたね。さっき」
「ええ。ひとことで言い表せないほど、やっかいで、恐ろしい存在だった」
部長の声はどこか張り詰めているような響きだった。
「私の師の、師にあたる人。そしてさらにその師と、数代にわたって続く敵対関係……因縁があったの。いえ。はじまりは、もっと遡るわ。千年の昔から」
「千年、ですか」
なんだか荒唐無稽じみた話になってきたので、冬馬は眉根を寄せた。
「とにかく、因縁の応酬の果てに、角南真悟は死んだ。私と、師が倒した。倒したはずだった」
「はず?」
「角南真悟の協力者だった、『ドクター』雅市秀夫が行方をくらませた。そして地下に潜り、なにか暗躍をしているの。それに、角南真悟が本当に関わっていないのか、不安なのよ」
「でも、死んだんでしょ。そいつは」
「彼とドクターのいた機関は、不死細胞の研究にもかかわっていたのよ」
冬馬は、部長の鋭い瞳に射すくめられた。その視線は、冬馬の身体の中まで透過するかのようだった。ギクリとして、首の根元のあたりが硬直する。
「角南真悟は、妹である角南舞衣への執着を見せていた。彼女は関係ない。巻き込みたくない、という身内としての愛情を。……あの店はね」
部長は、もう一度『etude』のほうを見た。
「最近、父親である角南大輝が出資して娘にもたせた店なの。彼女の夢だった、アパレル専門店。兄である角南真悟も、生きていたらきっと彼女と、その夢だった店を守りたいと思うでしょうね」
冬馬はハッとした。部長は、自らの師とともに、その角南真悟を倒したと言っていた。
「今日私が、彼女の店に乗り込んだのに、なにも異変は起きなかった。恐れていた事態はなかった、という可能性が高いわね」
「俺は、ボディーガード役ですか」
冬馬は呆れていた。ただでこんな高い服を買ってくれるわけはなかったのだ。下手をしたら、命にかかわるミッションだったのではないか?
冬馬は部長の澄ました顔を見て、あらためて恐ろしい人だと、確認をした。
そんなことがあった三日後。丘陵研究会の部室でひと騒動が持ち上がった。
「お姉ちゃんんんんん!」
声を荒げる七緒の視線を避けて、部長は素知らぬ顔をしていた。
部室の中では、お揃いの服を着た七緒と冬馬が、二人で並んでいた。
『etude』で買った服だった。どうやら、部長は後日妹を連れて、もう一度あの店に行ったらしい。そして冬馬のものと対となる、ひと揃いの服を妹に買い与えたのだ。
「なんであたしがこいつと!」
「あら。お似合いよ」
ハメられてペアルックとなった二人を見て、野々口は笑い、モリゲンは喜び、小熊は怒り、部長はわずかに口の端をムニムニさせていた。
318『第54話 日常23 etude』
posted by 巨匠
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『ミス師匠シリーズ』では、加奈子と京子に次ぐ、瑠璃と同立三位
作者が存在すら忘れていた設定備忘録では「師匠シリーズ美人度ランキングトップ」とされてたらしいが
ってか角南家はキャラの振れ幅が広すぎるw
なら『猫』で師匠が言っていた「加奈子と松浦を殺した奴は、もう死んでいる」は誰のことだったのだろうか。
『赤』の会話も気になるな。
角南盛高「あれがどこぞに出てくる気配は」
師匠「ないですよ」
角南盛高「あれが現れたら、知らせよ」
二人は、なにかが現れることを待っていた、あるいは警戒していた。
そしてそれは、1999年に現れた?
「あれ」の指せる内容が色々あるからね
人物、器物、人間以外の存在、何らかの現象・兆候
角南さんは音響のことを知ってるようには見えないな