149『もういいかい』2/3

師匠シリーズ。
「『もういいかい』1/3」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ14【友人・知人】

127 :もういいかい  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/29(日) 21:35:51 ID:zEqctehg0
師匠も頷いて、玄関の段差を降り靴に足を入れた。
扉を開けて外に出ると、明るさに慣れた目に夜の空気がどろどろと黒い幕となってまとわりついてきた。
古い家の並ぶ閑静な住宅街の一角にある集会所の敷地は広く、玄関から表の道路まで少し距離があった。
その間の砂利道を歩いてくる黒い人影に気づいた。
「どうかされましたか」
怪訝そうな表情が、敷地の隅の街灯の明かりに照らし出される。鎌田さんが両手にお盆を抱えて立っていた。
ホッとして、「ええ、それが」と言いかけるのを師匠が制した。
「ちょっと訊きたいことがありますが、いいですか」
「え、ええ、はい」
鎌田さんは玄関の扉を開けてお盆を置いた。
ラップに包まれたお握りが六つと、惣菜らしいタッパーがのっていた。夜食を持ってきてくれたようだ。
「姿を見た、という人はいないんですね」
「え、ああ、噂ですか。そうですね、あんまり。声がすると。みんな」
「あなたは聞いたことが?」
「……気のせいかも知れませんが」
「もういいかい」
師匠の言葉に、鎌田さんは肩をビクリとさせる。
やはり。
「噂では、返事をするとどうだとか、しないとどうだとか言っていましたが、実際に」
そこまで言った時、また聞こえた。
『もういいかい』という声が、どこからともなく、そしてどこへともなく。
だが、今度はその声と同時に、なにか別の気配が高まるのを感じた。
それはほんのわずかな違和感だったが、僕の首筋をひやりと撫でて、師匠を一瞬で反応させた。
玄関から飛び出して走り出す。
集会所の壁伝いに左側へ回り込む。
自転車が何台か置き捨てられている場所を膨らみながらかわし、玄関正面から見て敷地の右奥へと向かう。
敷地の端の煉瓦塀のあたりは砂利だったが、集会所の側の地面はコンクリで舗装されている。
その壁際に、プロパンガスのボンベが二基立てられている。
小さな窓に見覚えがあった。頭の中で集会所の間取りを思い浮かべる。ちょうど台所の裏手だ。


129 :もういいかい  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/29(日) 21:41:59 ID:zEqctehg0
師匠はその壁際の地面に両手をついて這いつくばる。這っている蟻を見つけようとするような格好だった。
しかしその目の焦点は遥か地面の下に向かっている。
「なにか、埋まっているな、ここに」
コンクリ舗装の地面を食い入るように見つめたまま、師匠は呟いた。
僕は少し手前で立ち止まり、固唾を飲んでその様子を眺める。
ようやく鎌田さんが追いついてきて、怯えたように「どうしましたか」と問いかけた。
師匠はその声が聞こえなかったかのように、ひたすら地面を舐めるように見ていたが、
やがて身体を起こし、「なにか、埋まっていますね、ここに」と言った。
僕はこちらの方角からなにか気配のようなものを感じ取っただけだったが、師匠は確実に場所まで特定したらしい。
「なにかと言いますと?」
「それが知りたいんですよ。この下はなんです?もしかして、地下室かなにかがあるんじゃないですか」
鎌田さんは首を捻っていたが、「そんなものはありません」と断言した。
確かにそれもそうだろう。
平屋のなんの変哲もない集会所に、地下室など似つかわしくないし、
中を探索した結果、それらしき地下への出入り口はなかった。
小さな貯蔵庫の類もないということを付け加えられ、師匠は考え込む。
「じゃあ、浄化槽は?」
一瞬ハッとしたが、さっきトイレに行った時、普通に水洗式だったことを思い出す。
いやしかし、水洗式でも、下水ではなく浄化槽で汚物を溜めるということもあるのだろうか。
「浄化槽は……」
鎌田さんが答えようとした時に、表のほうから懐中電灯の光がゆらゆらと近づいてくるのが見えた。
「なんの騒ぎです」
近所の人だろうか。五十年配の痩せた男性が、緊張したような面持ちでやってきた。
後ろにはその奥さんらしい女性。
「ええと……」
鎌田さんがどう説明したものか迷っていると、
かまわず師匠はその痩せた男に向かって、「この下に浄化槽はありますか?」と訊いた。
男は怪訝な顔をしながらも、「ないよ」と即答した。「今は下水が通ったから」と続ける。


131 :もういいかい  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/29(日) 21:44:01 ID:zEqctehg0
「だったら、下水が通る前は?」
「通る前?」
少し思い出すような表情を浮かべた後、男は表の方を指差した。
「浄化槽はあったけど、玄関の横だな」
そう言えば、トイレは玄関から入ってすぐ左手にあった。浄化槽はその表側に埋まっていたのだろう。
師匠は考え込む。ぶつぶつとなにか呟いている。
いつの間にか男の奥さんらしい女性が消えている。
鎌田さんに向かってなにかジェスチャーをしていたので予感はあったが、しばらくすると数人の足音が聞こえてきた。
「この人が霊能者?」
そんな無遠慮な声が掛かった。小太りのおばさんが興味津々という感じに近寄ってくる。
どうやら、婦人会長の鎌田さんが、独断でこっそり調査事務所に依頼したというわけでもないようだ。
師匠は露骨に嫌な顔をして、それでも増えた地元の人々に向かって再び問いかけた。
「この集会所の建て替えは、いつの話ですか?」
鎌田さんにも訊いた質問だ。
何人かが顔を見合わせ、今年大学卒業のナントカ君が生まれた頃だという情報から、『二十二年前』という結論が出た。
「その建て替えの前から、気持ちの悪い声に関する噂はありましたか」
ざわざわする。
気味悪そうにその中の一人が、「あったと思う」と言った。
建て替えの前からあった?
では、今の集会所の構造にこだわってはいけないということか。
「では建て替え前に、浄化槽はどこにありましたか」という師匠の問い掛けには、すぐに返答があった。
「トイレの位置は変わってないから、同じ玄関の横」
「だったら、そのさらに前でもいいですから、
 とにかく、この地下になにか埋まるような心当たりはありませんか」
ざわざわと相談に入る。
いつの間にかまた人が増えてきている。
子どもの姿が表の方に見えたが、すぐに母親らしい女性に引っ張って行かれた。
なんだか大ごとになってきたな。
僕は師匠の後ろに控えたまま、困ったような興奮してきたような、複雑な気持ちで事態を見守っていた。


133 :もういいかい  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/29(日) 21:50:06 ID:zEqctehg0
何度かのやりとりの結果、数十年前にこの集会所が出来る前には、
この敷地は近所の工務店の資材置き場に使われていた、ということが分かった。
その頃、工務店を手伝っていたという初老の男性がたまたまその中にいて、
「地下になにか埋めるようなことはなかったと思う」と言った。
実直そうな物言いではっきりそう告げられると、なんだかもう手詰まりな感じがしてしまったが、
次の師匠の問い掛けで空気が一変した。
「その資材置き場の頃に、気持ちの悪い声の噂はありませんでしたか」
初老の男性は目を剥いて驚きの表情を浮かべた。そして今、重要な事実に気づいたように絶句した。
「……あった」
ええっ?と周囲からも驚きの声が上がる。
「いや、言われて思い出したんだが、確かにあった。そうだ。ヨシミツさんも聞いたと言って怖がってた」
本人も、今の噂と若き日の体験談が結びつくことにはじめて思い至ったようで、頬が紅潮していた。
「どんな声を聞いたんです」と師匠が畳み掛ける。
初老の男性は、「いや、自分は聞いたわけじゃないが」ともぐもぐ言ったあと、
『夜、子どもが遊んでいるような声がする』という怪談じみた話が、従業員たちの間に広がっていたことを話した。
なんだこれは。集会所の建て替えどころの話じゃない。いったいどこまで遡るんだ?
話の行く末にドキドキしていると、師匠がさらに畳み掛ける。
「資材置き場の前は、ここにはなにが?」
この問いには、なかなか即答できる人が現れなかった。
やがておずおずと六十歳くらいの女性が手を挙げて、「松原さんの地所だったはずです」と言った。
その言葉に「そう言えば」という声があがる。
だが、直接当時を知る人は誰もいなかった。かなり古い話なのだろう。
「こりゃあ、うちの年寄りを連れてこにゃあ」と言って妙に嬉しそうにこの場を離れる人がいた。
師匠はもう一度地面に這いつくばり、コンクリの地面をコンコンと叩いたり撫でたりしながら、
なにかを感じ取ろうとするように、目を閉じたり開いたりを繰り返していた。


134 :もういいかい  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/29(日) 21:55:33 ID:zEqctehg0
やがて八十歳は超えていると思われる女性が、息子に連れられてやってきた。
夜の九時を回ろうかという時間に、急に外へ連れ出されたにも関わらず、
泰然自若として、足取りも落ち着き払っていた。
師匠は身体を起こし、そのおばあさんに向かって訊いた。
「ここには、松原さんという方の家があったんですか」
「ええ、ええ、ございました」
「戦前ですか」
「ええ、日中戦争の前に家を引き払いまして、一家揃って隣町へ引っ越されました」
「では、まだ松原さんがここにおられた頃に、家を訪ねられたことは?」
おばあさんの丁寧な口調に、自然と師匠の口調も改まっている。
「ございました。私と一つ違いの、やよいさんというお姉さんがおりまして、よく一緒に遊んでおりましたので」
「その頃、今のこのあたりは、松原家でいうとなにがあった場所でしょうか」
この問いには答えられず、小首を傾げた。
「地下室、もしくは防空壕のようなものは?」
続いての問いにも記憶が定かでないらしく、かぶりを振るだけだった。
「では……」
師匠が一瞬、舌なめずりをしたような気がした。
「このあたりに浄化槽、いや、便槽はありませんでしたか?」
おばあさんは『あ』という顔をした。
「当時はもちろんボットン便所でしたが、確か、玄関からこちらに向かったところに、あったような気がします」
「ここが大事なところなんですが、どうでしょう。その家で、誰かいなくなった人はいませんか?」
いなくなった?
最初は「亡くなった人はいませんか?」と訊いたのだと思った。
しかし師匠は、確かに「いなくなった人はいませんか?」と訊いたのだった。
行方不明になった人ということか。
おばあさんは記憶を辿るように伏目がちに小さく頷いていたが、やがてほっそりした声で「ちえさん」と呟いた。







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