148『もういいかい』1/3

師匠シリーズ。
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ14【友人・知人】

122 :もういいかい  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/29(日) 21:20:14 ID:zEqctehg0
師匠から聞いた話だ。

大学二回生の春だった。
休日の昼間に僕と加奈子さんは、とある集会所に来ていた。平屋のさほど大きくない建物だ。
バイト先の調査事務所の所長から、話を聞きにいくように指示されただけで、
なんの準備もなしに、渡された地図を頼りにやって来たのだった。
迎えてくれたのは五十年配の女性。
玄関から入ってすぐの襖を開けると十畳ほどの日本間があり、そこへ通された。
地区の寄り合いに利用される集会所で、鎌田さんというその女性はそこの鍵を管理しているらしい。
その鎌田さんのご主人が地区長をしていて、また彼女自身、地区の婦人会の会長とのことだった。
その土地の名主的な家柄ということだろう。
鎌田さんがほっそりした顔に困惑げな表情を浮かべて切り出したのは、その集会所にまつわるお化けの話だった。
「気持ちの悪い声、ですか」
「ええ」
加奈子さんの言葉に頷きながら、彼女は気味悪そうに視線を部屋の中に彷徨わせる。
思わずその視線を追いかけるが、なにも変わったものは見つからなかった。
話を聞くに、かなり以前からこの集会所の中で、
誰のものとも知れない声が、どこからともなく聞こえてくることがあったそうだ。
昼のさなかであればこそ、夜の集会所ともなれば人ごこちのしない不気味さで、
ましてたった一人居残って片付け物をしている時に、誰もいないはずの部屋の中から声がするともなれば、
その恐ろしさいかばかりか、ということらしい。
昔から密かにささやかれていた噂話だったのが、
このところのオカルトブームのせいか、地区の子どもたちの間でその噂が一人歩きしはじめ、
『お化けの声に話しかけられたら、返事をしないと殺される』だの、
逆に『返事をしてしまうと、床下に引きずり込まれる』だのといった恐ろしげな怪談になってしまい、
子ども同士で物陰に隠れて、脅かしあいをするのが流行り、
気の弱い子が気絶して、救急車を呼ぶような騒ぎも起こってしまったとのことだった。
「お寺や神職に、お払いをしてもらわなかったんですか」
加奈子さんがそう問うと、鎌田さんは答えにくそうに「あ、ええ」と曖昧な返事をした。


123 :もういいかい  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/29(日) 21:22:25 ID:zEqctehg0
その様子から僕は、『お払いをしてもらっても、怪異が終わらなかった』という裏を読み取った。
たぶん加奈子さんもそう思っただろう。
そうでもなければ、こんな話が小さな興信所に持ち込まれるわけはない。
たとえ『お化け』がらみの依頼をいくつも解決し、業界内では多少名の知れた看板娘がいるにしてもだ。
「その噂はいつごろからあるんです」
「さあ……二十年、いえ、二十五年くらい前だったか、この集会所は一度建て替えをしてまして、
 その前からあったかどうか」
そう言って鎌田さんは首を捻った。
ということは、はっきり分からないくらい昔からある噂ということか。
「あなた自身は、その声を聞いたことがありますか」
ハッと表情を硬くして、鎌田さんは曖昧に頷く。
「声だけなんですか。姿を見たという人は?」
「私は……見たことはございませんけれど」
言いよどむ。
見たという噂は歩いている。そう受け取った。
しかし、『気持ちの悪い声が聞こえる』という噂がメインであることは間違いないようなので、
『なにかを見た』という噂の方は信憑性がさらに低い。
「少し、見させてください」
加奈子さんは立ち上がり、周囲を軽く見回しただけで襖に手を掛けた。

日本間から出ると、真剣な表情で集会所の中を一通り見て回る。
もう一回り小さい部屋に、トイレ、台所。祭りで使うような提灯や、小道具でいっぱいの物置。
二階もなく、あっという間にもう見るべき場所はなくなってしまった。
ついて回っているあいだ、僕も何か違和感がないかとアンテナを張っていたが、特に感じるものはなかった。
しかし加奈子さんは、僕より遥かにそういう違和感を感じ取る能力が高い。畏敬を込めて師匠と呼ぶほどにだ。
その師匠が難しい顔をして廊下の天井を睨んでいる。
一緒にそちらを見上げるが、木目が波打っているだけで何も変なところはない。
『どうしました』と言おうとして、手で制された。
「何か聞こえる気がするんだけど、なんとも言えないな」
思わず耳を澄ます。しかし何も聞こえない。


124 :もういいかい  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/29(日) 21:25:38 ID:zEqctehg0
師匠が神経を集中し始めたのが分かる。表情が無くなり、身動きをしなくなる。
僕は固唾を飲んでそれを見守る。鎌田さんが後ろで気味悪そうに佇んでいる。
師匠の気配が揺らぐ。ゆらゆらと、まるでそこから消えて行きそうな錯覚。
僕は怖くなって、彼女を現実に戻すために肩を叩こうかと逡巡した。
「わかんない」
ふいに彼女が戻ってくる。その声に僕は少しほっとする。
結局、怪異に遭遇したという体験談が多い夜まで様子を見ることになった。
鎌田さんは半信半疑というか、困ったような顔のまま僕らに鍵を預け、
「よろしくお願いします」と言いおいて立ち去った。
昼の三時過ぎだった。

今日はこの集会所を使うような予定も特にないらしく、僕と師匠はひっそりとした室内に腰を据えた。
探索もしたばかりだったのでとりあえずすることもなく、
玄関からすぐの日本間で古い型のテレビをつけて、さほど面白くもない旅番組を見ていた。
「気持ちの悪い声って、なんなんでしょうね」
ぼそりと口にした僕に、座布団を数枚並べてその上に寝転がっていた師匠が顔を上げる。
「お化けだといいな」
「お化けだといいですね」
賛同しつつも、自分たち以外のなんの気配も感じないことに疑惑を抱いていた。
異常に霊感の強い師匠でさえ『なんとも言えない』と言っているのだ。
もし何らかの霊的存在が巣食っていたとしても、微弱で矮小なやつに違いない。
噂にあるように、『話しかけられたら返事をしないと殺される』だとか、
『返事をしてしまうと床下に引きずり込まれる』といった素晴らしい体験は、間違いなくできないだろう。
溜め息をついて僕はトイレに立った。
廊下に出る時、ギィ、と床が鳴いて、無駄に広い集会所の壁や天井に反響した。
防音構造になっているのか、外の音があまり中まで響いてこない。
なるほど、これで中の音がやけに大きく聞こえて、ちょっとした物音でも気になってしまうのか。

トイレから戻り、またテレビの前に寝そべる。
時間だけが過ぎていく。
チッチッチッチ……という壁にかかった時計の音が、テレビが静かになる瞬間にだけやけに大きく響く。


125 :もういいかい  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/29(日) 21:28:23 ID:zEqctehg0
鎌田さんから食べていいと言われていた台所の柏餅を日本間に持ち込んで、自分で淹れたお茶と一緒に口にする。
「うまいな」
「うまいですね」

やがて夕暮れがやってきて、小さな窓からも光が失われていく。
知らぬ間にうとうとしていた。
師匠がなにか言った気がした。
畳の跡が頬に張り付き、剥がす時にヒリリとする。半覚醒の頭で言葉を認識しようとする。
ああ、そうか。
『もういいかい』
そう言われたのだ。
身体を起こすと、周囲を見渡す。師匠がテレビの前で、うつ伏せになったまま死んだように寝ている。
あれ?師匠じゃなかったのか。
じゃあ、一体誰が。
そう思った瞬間、もう一度聞こえた。今度ははっきりと。
『もういいかい』
立ち上がって身構える。どこから聞こえた?
分からなかった。ただ、その言葉の余韻が室内から廊下に向けて動き、襖を通り抜けていったのを感じた。
この日本間には僕と師匠しかいない。はずだ。
これか。噂は。
緊張して襖に手をかける。そろそろとずらして、首だけで覗き込む。
廊下はすでに暗く、ひっそりと静まり返っている。
闇の戸張りの向こうに人の気配はまったく感じない。
だからこそ異様な空気がひしひしと伝わってくる。
僕はそっと襖を閉め、室内を振り返る。
師匠はまだ寝ている。膝をついて揺り起こす。
もぞもぞと動いていたが、めんどくさそうな声で「お化け以外見たくない」と呟いたのが聞こえた。
「見えないから問題なんですよ」
僕は白いストレッチパンツのお尻の部分を、遠慮なく叩いた。


126 :もういいかい  ◆oJUBn2VTGE :2010/08/29(日) 21:33:04 ID:zEqctehg0
「ッてぇな!」
師匠が乱暴な口調で起き上がったその瞬間だった。
『もういいかい』
どこからともなくそんな問いかけが降ってきた。思わず二人とも動きが硬直する。
視線だけを走らせて室内を観察するが、なにも目に見える異常はない。
なんだ?これからなにが起こる?
ドッドッドッ、という心臓の音を聞きながら考える。
噂ではなんと言っていた?
返事だ。返事はするのが正解か、しないのが正解か。『もういいかい』に対してする返事は……
「師匠」
横目で見ると「黙ってろ」という一言。
緊張しながらもじっとしていると、また得体の知れないその声の余韻が、空中に糸を引いたようにすうっ、と動き、
今度はテレビのある壁の向こうに消えていった。
壁の向こうは外のはずだ。
はぁっと息を吐き、初めて自分が息を止めていたことに気づく。
師匠は間を置かずに走り出した。

廊下に出て、電気を点けて回る。トイレや台所、物置ともう一つの小部屋。
すべて一通り探索したが、自分たち以外の第三者はどこにも潜んではいなかった。
玄関に戻ってきてドアを見ると、自分たちで施錠した時のままだった。
腕時計を見ると夜の八時過ぎ。ほんの少しうとうとしたつもりだったのに、こんなに時間が経っている。
「さっきのはなんでしょう」
恐る恐る訊く僕に、師匠はかぶりを振った。
「言葉は発していたが、人間的なものを感じなかった。普通の霊とは違う気がする。かと言って物霊とも……」
僕は『もういいかい』という、さっきの言葉の声色を思い出そうとする。
男か、女か。そして若いのか、年寄りなのか。
しかし駄目だった。
空気を振動させて伝わった音ならば、記憶の中に確実に残っているはずだが、
あの声は直接脳に響いたとでも言うのか、まったく勝手が違った。
まるで幻聴を思い出そうとするように、捕らえどころのない感じ。
余計な情報が刻一刻と揮発し、『もういいかい』という言葉の意味だけが純粋に脳裏に刻印されていく。
最後に壁の向こうに余韻が消えていったような気がしたことを思い出し、玄関の扉に目を向ける。







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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