145『通夜』3/3

師匠シリーズ。
「『通夜』2/3」の続き
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?231

877 :通夜  ◆oJUBn2VTGE:2009/11/14(土) 00:43:00 ID:wTRxtdGI0
「もう一度訊くよ。お父さんは『おやじが死んでる、はやく来てくれ』と、それだけを言ったのね?」
ゾクゾクする。歯の根が合わない。気温の低さだけではない。なんだ。師匠はなにを言いたいんだ。
「……うん、そう」
ふ。という吐息。師匠はなにか覚悟を決めたように一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。
「だったらお母さんは、どうして布巾を持って行ったの」
あ。
呆けたように口を開いた瞬間、唇の端がぱっくりと割れ、軽い痛みが走った。
そうだ。母親は布巾を持って行って、祖父の口の吐瀉物を拭いている。
だが父親は『祖父が死んでるから早く来てくれ』という呼びかけしかしていないのだ。
祖父は食事の最中でもなかった。ただ死んでいると聞いただけで、どうして布巾が必要だと分かったのだろう。
答えは自ずと見えてくる。
母親も祖父の死を知っていたのだ。その死に方を。
なのに女の子と同じくそれを黙っていた。父親が気付いて騒ぎ出すまで。
そのことから導き出される絵は?
「あなたが部屋から逃げたあと、次に部屋に入ったのはお母さんだった」
師匠は淡々と語った。
母親の目に飛び込んで来たのは、吐瀉物を詰まらせた祖父の死に顔だった。
驚いて布団に近づいた彼女は、その祖父の手元に転がる巾着袋に気付く。
祖父が死ぬ間際に中をあらためていたのか、袋の口が開いている。
母親は誰かの声を聞く。心の中の、暗く、奥深い場所から囁く声。
袋の中を覗く。大事そうなものが色々と入っている。例えば紙の類……お札。
彼女はそれを抜き取り、視線の先に一つだけ開いている箪笥の引き出しをとらえる。
巾着袋の口を閉め、引き出しにそっと戻す。
そして祖父を残したまま部屋を出る。廊下の途中で誰かに出会えば、『おじいちゃんが死んでる』と喚けばいい。
けれど誰にも会わなかった。
それならばそれでいい。一番に死体を見付けなければ、絶対に疑われることはないから。
なにかと言えば自分にあてつけがましい意地悪をする祖父が、ずっと居座っていた部屋なのだ。


881 :通夜  ◆oJUBn2VTGE:2009/11/14(土) 01:00:05 ID:wTRxtdGI0
例え大事なものが無くなっていたところで、その目が光っている部屋の物を取るなんて出来っこないのだから。
そう。祖父の死に出くわしでもしない限りは……
「おじいさんの喉から音がしたのは、お腹で発生したガスが逃げ場を失って立てたものね」
師匠はあっさりと言った。
「あなたのおじいさんは生き返ったわけでも、まして死んでいながら動き出したわけでもない。だから」
言葉を切った。
続きを待ったが、師匠はそれを口にしなかった。
沈黙。
僕は寒さに両肩を縮めながら、微かな違和感を覚えていた。
師匠の語った真実、それは彼女の提示しただけのもので、けっしてたった一つの確かなものだという確証はなかった。
僕はさっき言おうとして止められた自分なりの真実を、もう一度持ち出して互いを比べてみた。
比べるとはっきりと分かる。師匠の真実は強引なところもあるが本筋は論理的で、他者を頷かせるだけのものだった。
けれどたった一つ、明らかに欠けているものがある。
それは、この祖父のお通夜にも出られない思いつめた小さな女の子に対して、もっとも必要なものだった。
「どうして、そんな思いやりのないことを言うんです」
僕は口の中で呟いた。
悲しくなった。僕にだけあとでそっと教えてくれれば良かったのだ。
どうしてこの場で彼女の前で言う必要があったのか。自分の母親のした救いのない行為を。
師匠は厳しい表情で暗闇の奥を見つめている。木箱の向こうには息を潜める気配。
その時、塀の向こうから大きな声が上った。
「サチコッ」
さっきの女性の声だ。思わず首を竦める。
けれど、その後に続いた言葉を聞いた瞬間、得体の知れない寒気が走った。
「サチコッ、どこ行ってたのよ、この忙しい時にまったく、あんたって子は」
思わず向いた塀の方からゆっくりと首を戻す。ギシギシと首の骨が軋むような音がする。


882 :通夜  ◆oJUBn2VTGE:2009/11/14(土) 01:01:06 ID:wTRxtdGI0
道を塞ぐソファーの向こう、堆く積まれた木箱の陰にひっそりと隠れる小さなものの気配。
なんとなくこの子がそのサチコちゃんだと思っていた。
違うらしい。
では、この子はだれ?
また女性の声が夜のほとりに響いた。
「ほらほら、早く行っておばあちゃんのお顔見てあげなさい。
 ちゃんと綺麗にしてもらってるから、怖いことなんてないのよ」
……
おばあちゃん?
ドキンドキンと心臓が波打つ。
死んだのはおじいちゃんのはずでは?
なんだ?なんだこれ。
身体が震える。唇の端にプツリと血が膨らむのを感じた。
木箱の向こうに何かがいる。
薄っすらと顔だけが見える。
光に照らされているわけではない。月は雲に覆われ、今はまったく見えない。
ただ、暗闇にそういう色が着いたとでもいうように、青白い、蝋のような、それでいて光沢のない顔が浮かんでいた。
僕はそこから目を逸らせない。
首筋が緊張している。顔も動かせない。
木箱の陰に幼い女の子の顔だけが、凍りついたように浮かんでいる。
そしてそれは、やがてぐにゃぐにゃと蠢き、端のほうからほつれるように段々と薄くなっていった。
そして最後に、完全に消え去る瞬間、それは老婆の顔になって何ごとか告げるように口を開く――
消えた。
もう見えない。なにも。
けれど僕の頭の中には、デスマスクのようにその最後の顔がこびりついていた。
肩を叩かれ、我に返った。
「もういない。いなくなった」
師匠は立ち上がり、興味を無くしたように狭い路地の奥に背を向けた。
そして、はじめて寒そうに肩を震わせると、軽く屈伸運動をする。


883 :通夜 ラスト  ◆oJUBn2VTGE:2009/11/14(土) 01:02:55 ID:wTRxtdGI0
「まあ要するにだ」
ぐっと沈み込む。
「頼朝公、幼少のみぎりのされこうべ、ってやつだな」
伸ばす。
「死んだやつが世に惑うに、死に際の姿で出てくるとは限らないってことだ」
沈み込む。
「相応しい場所には相応しい姿で現れる。彼女自身のお通夜に相応しいのは、あの子どものころの姿だった」
伸ばす。
「なぜって?ずっと心にわだかまっていたからだろう。
 ずっと昔、自分の祖父の死の際に起きたことが。それが自分の死の際に蘇ったんだ。
 身体は死化粧をされ、棺おけの中に収められていても、魂はこんな場所に隠れていた。
 お通夜に参加なんか出来なかったんだ。あの時起こった出来事の意味が分かるまで、ずっと」
そうか。
だから師匠は口にしたのだ。あの思いやりに欠けた真実を。
「じいさんがされたように、あの子も嫁にはいびられたみたいだね」
そう呟いて師匠は通りの方へ足を向けた。
僕はついて行きながら、「どうしてです」と訊く。
「だって、声を聞いた瞬間、怯えたじゃないか」
あ、そうか。サチコという女の子を捜す母親の声だ。
それを聞いた時の反応に、僕は木箱の向こうの女の子がサチコという名前なのだと勘違いしたのだ。
師匠は塀を横目に来た道を戻り、家紋の浮かぶ提灯が二つ並んでいる門の前まで来た。
「あの」
門の前で煙草を吹かしていた男性に声を掛ける。
「なにか」
「ここのおばあちゃん、亡くなったんですね」
「ああ。俺の叔母なんだけどね。ホントいきなりぽっくり逝ったから、びっくりして飛行機に飛び乗って来たんだ」
「おばあちゃん、お名前はなんといいましたっけ?」
師匠は教えられたその名前を口の中で繰り返した。
「どうもありがとう」
そう言って踵を返すところを止められた。
「あれ。顔みていかないの?お通夜やってるよ」
師匠はかぶりを振った。
「少し、話したことがあるだけですから」
微笑んだあと、僕に向かって帰ろうと言った。







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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