141『四つの顔』3/4

師匠シリーズ。
「『四つの顔』2/4」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ10【友人・知人】

605 :四つの顔  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/11(日) 23:20:22 ID:e4PX3/wx0
躊躇しかけてなんとかそれを振り払うと、半分閉まったドアを開け放つ。
沢田さんが小刻みに身体を震わせながら、立っている背中が目に入る。その肩越しに洗面所の鏡があった。
その真ん中が割られていて、放射状に亀裂が伸びている。
怯える沢田さんの顔が、まるで切り裂かれたように不鮮明に映っていた。
俺も固まりかけたが、嫌な予感がしてすぐさま風呂場の戸に手を掛ける。
思い切って開け放つと、ひんやりした空気が顔に当たった。
中には誰もいなかった。湯船の蓋は取られ、お湯も張られていない。
「はあ」という声がして、それが自分の出した安堵のため息だと気付くまで少し時間が掛かった。
「どうして、これ、こんな」
割れた鏡の前で棒立ちになっている沢田さんに、「大丈夫です」と無責任な声を掛ける。
他に異常はないかと、部屋のすべての場所を確認して回ったが、結局なにも見つけられなかった。
他人の部屋で勝手に家捜しをすることに対する、引け目をあまり感じなかったのは、
あまりに生活感のない空間だったからだろうか。

しばらくして落ち着いた沢田さんに「もう帰りましょう」と言うと、軽く笑って頷いた。
山下さんの携帯は相変わらず通じないし、部屋に帰ってくる様子もなかったが、
なにかの事件に巻き込まれたと判断するには材料が乏しすぎる。
割れた鏡は気になったけれど、物取りや暴漢に襲われたにしては部屋の中に全く荒らされた形跡がない。
この程度で警察に連絡しては、山下さんにとっても迷惑だろうという判断をせざるを得なかった。
ただあれだけ神経質に部屋を整理整頓している人が、どうして割れた鏡をそのままにしているのか、
それだけはよく分からない。
『Dが増えている』という書き込みをしてから、山下さんは鍵も掛けずに出て行った。
まるで何かから逃げるように。鏡はその時割れたのか。割ったのは誰?
あれこれ考えていると、また薄気味悪くなってくる。
沢田さんにつつかれて、我に返ると玄関に向かった。


607 :四つの顔  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/11(日) 23:25:12 ID:e4PX3/wx0
部屋を出るとき上がり口に、見覚えのある靴が置いてあるのに気がついた。山下さんがいつも履いている靴だった。
裸足で外へ?まさかな。
他の靴くらい持っているだろう。
変な考えを振り払い外へ出ると、すぐにドアの鍵を掛けられないことに思い至る。
開いていたからといって、そのままにして行くのはまずい気がして、
どうしようか悩んでいると、沢田さんがドアの側に置かれていた、小さな鉢植えの下に手を入れる。
引っ張り出したのは鍵だった。
「内緒」
人差し指を唇に当てながら、彼女はドアに鍵を掛け、また元の場所に戻した。
そう言えば、二人は付き合っているという噂があったことを思い出す。
今さらだが、沢田さんがやけに山下さんを心配している理由が分かった。

途中まで沢田さんを送ってから、自分の家に帰る間、自転車をこぎながらふと思ったことがある。
山下さんの体験の中で、帰宅直後に鍵をしたはずのドアが開いていて、誰かの顔が覗いていたという部分。
その後近づくとドアが閉まって、ノブを見ると鍵が掛かったままだったという怪談じみた話だったが、
実際ああしてドアの側に鍵を隠してあったのなら、それを知る人間には不可能なことではない。
一体山下さんの言うDとは、彼の脳が生み出す幻なのか。
それとも彼の脳が被せる、匿名の仮面を着けた生身の誰かなのか……

そんなことを考えながら家に帰り着き、軽くかいた汗を流すためにシャワーを浴びた。
シャンプーをしている時、いつも以上に背中の方が気になった。
目を閉じている間、後ろに誰かがいたら嫌だというあの感じ。
シャンプーが沁みるのを我慢して、チラチラと薄目を開けながら早めに洗髪を切り上げる。
風呂場から出て、しばらく布団の上でまったりしていたが、思いついてパソコンの電源を入れる。
ブラウザを立ち上げ、いつもの掲示板に入り込んだ途端、最新の書き込みに目を奪われた。
『またDがきた。出て行ったあとに取っ手を見たらまた鍵が掛かっていた』


610 :四つの顔  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/11(日) 23:29:55 ID:e4PX3/wx0
山下さんだ。なんなんだこれは。
一瞬ゾクッとしたが、すぐにその書き込みの意味を理解する。
書き込まれたのは、『Dが増えている』という山下さんの書き込みを見てから、沢田さんと二人で彼の部屋へ行った後だ。
鍵を掛けて出ていったDとは、俺たちのことに違いない。
なんの悪ふざけなんだこれは。
留守に見せかけてどこかに隠れていたのか。あれほど探し回ったのに。
気分が悪い。山下さんが何故そんなことをするのか、理由が思い浮かばなかった。
怪談話を真に受けて乗ってきた俺たちに、イタズラを仕掛けたということなのか。

『ワサダさんが連絡取りたがってましたよ』
ワサダとは沢田さんのハンドルネームだ。
そう書き込んでしばらく待ってみたが反応はなかった。もう落ちていたのだろう。
バカらしくなってパソコンを切り布団に寝転がった。
まったく、心配して損した。
けれど眠りにつく少し前、さっきの書き込みのタイムスタンプがふと頭に浮かんだ。
あれ?
その時間って、俺たちがまだ部屋にいた時間じゃないか?
まさか。そんなはずはない。
たぶん俺たちが部屋を出てすぐに書き込んだんだろう。隠れ場所から這い出てきて。ほくそ笑みながら。
そんなことを思いながら瞼を閉じた。


714 :四つの顔  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/18(日) 22:16:56 ID:Zfjh8a480
翌日、バイトが終わって、これから家に帰り夕飯を食べようという時に、沢田さんから電話があった。
昨日の山下さんの書き込みを見て、フォーラムの管理人をしているメンバーに連絡をとったのだそうだ。
やはり沢田さんも、書き込み時間がおかしいことに気がついたらしい。
山下さんが『またDがきた』と書き込んだのは、自分たちがまだ部屋にいた時間だったと、沢田さんは断言する。
『部屋にいたとき、時計見たから間違いない』
だからあの書き込みは、別の誰かがしたものか、あるいは本人が別の場所にいて書き込んだか、そのどちらかだと。
そう思って管理人に問い合わせると、
『ほぼ間違いなく、山下さんがいつものパソコンで接続したもの』との回答があったのだとか。
アクセス解析で分かるのだそうだ。
『これってどう思う?』
「どうって。さあ。確かに不思議ですけど」
そう答えたものの、頭の中にはいくつかの可能性が浮かんでいた。
ひとつめ。山下さんはいつも自分の家ではなく、別の場所からネットに接続していた。
ふたつめ。俺たちがオフで出会い、山下さんだと認識している人物は、ハンドルネーム『山下』を名乗る人物とは別人だった。
みっつめ。沢田さんが案内してくれたあの部屋は、山下さんの部屋ではなかった……
現実的なのは、ひとつめか。
どうしてネット環境があるのに、わざわざ自分の部屋以外で?という疑問は残るが、ありえなくはない。
ふたつめは気持ちの悪い回答だが、
これまでの掲示板やオフでのやりとりなどで、同一人物であることを疑う理由はないように思われた。
みっつめは、単なる沢田さんの勘違いという線。
部屋を間違えて、そこの住民がたまたま留守だったという締まらない話だが、
沢田さんは一度ならずあの部屋に来たことがある様子だったから、それもなさそうだ。
玄関のドアの横に表札があり、それが『山下』だったことを俺自身覚えていることからしても。
もし仮に山下さんと沢田さんがグルで、二人して俺をからかおうという腹ならまた話が違ってくるけれど。
そんなことを考えていると、重要な部分を聞き逃しそうになった。


715 :四つの顔  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/18(日) 22:18:34 ID:Zfjh8a480
「ちょっと待ってください。鍵が消えてたって、今日も行ってたんですか」
『そう。書き込み時間はなにかの間違いだとしても、あの部屋、絶対どっか隠れる場所があったはずだと思ったから』
なのに、昨日帰るとき元の場所に戻したはずの、鉢植えの下の鍵がなくなっていたのだと言う。
ドアは施錠されていて入れなかった。ノックしても応答はなし。
『もうなにがなんだか分かんない』
疲れたような声でそうこぼす沢田さんに、
「まあ、なにかあったわけでもないし、しばらくほっときましょうよ」と言ってみたが、
オカルト仲間とは言え赤の他人の俺と違って、そこそこ親密なお付き合いのあるらしい彼女にとっては、
そう割り切れるものではないようだ。
『まあいいや、色々ごめんね』と電話が切られた。

静かになって、これまでの経緯を一人で思い返していると、
どうも沢田さんが、一方的に山下さんから避けられているだけのような気がしてきた。
確かに掲示板への書き込みが減り、その内容もおかしなものになってはいたが、
おかしいと言えば、もともとオカルトフリークの集う奇妙な場所なのだし、
中には前世がどうとかもっと無茶苦茶なことを言い出す人もいるのだから、取り立てて騒ぐほどのものでもない。
ただ沢田さんが個人的に連絡を取ろうとして、それが上手くいってないだけなのではないだろうか。
痴話げんかの類ならもう関わらないでおこう。
その時は無責任にそう思ったものだった。

「四パターンの顔ねえ。それ面白いな。要は、世の中の人みんなが、四種類のお面のどれかを被ってるようなものか」
「しかも疲労のピークに入ったら、体格とか服装まで区別がつかなくなるらしいです」
「てことは、国民総着ぐるみ状態か」
大学の先輩でもあるオカルト道の師匠に会ったとき、たまたまその話をしてみるとやけに嬉しそうに食いついてきた。
「病んでるね、その人」
まあ普通ではない人だけれど、あなたに言われたくはないだろうと思う。


716 :四つの顔  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/18(日) 22:20:12 ID:Zfjh8a480
ニヤニヤしながらひとしきり頷いた後で、師匠はぼそりと言った。
「Dは明らかに、この世のものじゃないね」
それは自分も思った。現れ方もそうだが、元々霊感の強い人なのだし。
「実際は三パターンと考えた方がいいかも知れない。大多数のA、次点のB、少数派のC。
 すべての人間が、そのどれかに見えてしまう心の病気。
 それに加えて、霊感で察知したこの世のものではない存在を、
 そのどれにも当てはまらない、第四の姿で認識してしまうんだ。
 だとするならば、その山下さんの霊感はかなり強いね」
「どうしてです?」
「他の三パターンと、質的に同じレベルで見えてしまってるからだ。
 多少見えてしまう人でも、たいていはそれはそれと分かる」
確かに俺も経験上、人間なのか霊なのか分からないものを見てしまうことはあったが、
それでもほとんどのケースでは、普通の人間と同じようには知覚していない。
霊は霊だ。
「そういう、常に霊を視覚的に人間と同レベルに認識してしまう人は、ごく稀にいるみたい。
 それの極まったような物凄い例を知ってるけど、そんな人はまずまともに世間では暮らせないね」
「誰です。その人」
「アキちゃん」
知らない名前だった。まだその時は。
「まあともかく、その山下さんに見えているDが霊的なものだとしたら、それが増えているってのが気になるな」
そうだ。最初にその書き込みがあってから、彼と誰もコミュニケーションをとれていない。
少なくともフォーラムの仲間内では。
「単純にDを霊と置き換えると、目に見える霊が増えているってことか」
「霊感が上がってきてるってことですか」
「いや、とは限らないよ。そのまんま、実際に霊が増えているのかも」
あっさりと師匠は言う。
「彼の周囲で。それとも雑踏の見ず知らずの人々の群れの中で。
 あるいはテレビに映る無数の人間たちの中で……」
この人はまた嫌なことを言って俺を怖がらせようとしている。咄嗟に心の中の眉毛に唾をつける。







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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