139『四つの顔』1/4

師匠シリーズ。
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ10【友人・知人】

582 :四つの顔  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/11(日) 22:41:09 ID:e4PX3/wx0
大学一回生の冬だった。
そのころ俺は、大学に入ってから始めたインターネットにはまっていて、特に地元のオカルト系フォーラムに入り浸っていた。
かなり活発に書き込みがあり、オフ会も頻繁に行われていたのだが、
その多くは、居酒屋で噂話や怪談話の類を交換して楽しむという程度で、
一応『黒魔術を語ろう』というテーマはあったものの、
本格的にその趣旨を実行しているのは、ごく一部の主要メンバーだけという有様だった。
俺もまた、黒魔術などという得体の知れないものを勉強しようという気はさらさらなく、
その独特のオカルティックなノリを緩く楽しみたいという、ただそれだけの動機だった。

そんなある日、いつものように居酒屋でオフ会をしたあと、
Coloさんというフォーラムの中心メンバーの家に、有志だけが集った二次会が開かれた。
その前の居酒屋ステージで、はじめてオフに参加したという軽薄そうな男が、
京介さんというハンドルネームの女性にしつこく言い寄り、
ついに彼女がキレて一人で帰ってしまう、という騒動があったせいで白けたムードが漂い、
常連だけで飲みなおそう、ということになったのだ。

マンションにあるColoさんの部屋で、買い込んできたお酒をダラダラと飲んでいると、自然とオカルト話になる。
俺を含め全部で五人。
そういう話が好きな面子が揃っているから当然なのだが、
考えると、これだけ何度も集まりながら、まだ話すネタがあるというのが結構凄い。
特に沢田さんという女性と山下さんという男性は、怪談話の宝庫だった。
沢田さんは看護婦をしていて、実体験はあまりないものの、病院にまつわる怖い話をかなり蒐集しており、
その頼りなげな語り口は、恐怖心を必要以上に煽ったものだった。
山下さんは三十年配の最年長組で、霊感が強いのか体験談がやたらと多く、
他のメンバーからは、『半分以上眉ツバ』などとからかわれていたものの、
時に異様なリアリティで迫ることもあり、一目置かれた存在だった。
その夜も、沢田さんの病院話と、みかっちさんという女性の子どものころの話、
それから山下さんの話とかが、順番に語られていった。
その中でも一番印象に残ったのが、山下さんがボソボソと語った、
「疲れてくると、人間の顔が四パターンしか見えなくなる」という話だった。


583 :四つの顔  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/11(日) 22:44:35 ID:e4PX3/wx0
俺はかなり眠くなっていて、みかっちさんに「寝るな」と小突かれていたのだが、
カシュン、という缶ビールのプルトップが開く音に反応して、頭が多少クリアになった。
「ぼ、僕はね。疲れると、四つのパターンしか顔が見えなくなるんだ」
山下さんは缶ビールから口を離し、おずおずとそう切り出した。
「なにそれ。四パターン?それ以外の顔は?」
十歳以上年下のはずだが、みかっちさんは少しでも顔見知りになった人にはたいていタメ口だ。
「だから、人間全部が、四パターンのどれかの顔になるんだ」
「はあ?なわけないじゃん」
「ま、まあ、僕にそう見えるってだけで……」
せめられてるような表情をして口をつぐみかけたので、俺はみかっちさんを制して続きを促す。
「と言っても、よっぽど疲れたときだけなんだけど。
 なんかこう、疲れて外歩いてると、道行く人の顔がだんだん同じように見えてきて、く、区別がつかなくなるんだ」
「それ、疲れてるんだって」と、みかっちさんが口を出し、
我ながら面白いことを言ったとでも思ったのか、やたら一人でウケて笑いはじめた。
「うるさいな、もういいよ」
山下さんは怒り出し、目つきが鋭くなった。
彼にはエキセントリックな所があり、俺は少し扱いづらい人だという認識をしていた。
沢田さんがみかっちさんの口を塞ぎ、なんとか話の続きをしてもらう流れに持っていく。
そんな途中で止められると、気になってしかたがない。
「か、完全に区別がつかなくなるわけじゃなくて、
 この人とこの人は同じに見えても、その横のこの人は別の顔って感じ。
 それがぜ、全部で四パターン。
 同じパターンの中での区別はつかないから、その中に知り合いがいても分からない」
不思議な話だ。みかっちさんではないが、それはたしかによっぽど疲れてるんだろう。
「それって、どんな顔なんです?」
沢田さんが、興味津々という様子で身を乗り出す。
「それが、疲れてないときには、は、はっきり頭に浮かばないんだ。
 なんていうか、その、……あああ、せ、説明しにくいな」


585 :四つの顔  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/11(日) 22:46:57 ID:e4PX3/wx0
「絵とかにも描けない?」
Coloさんが久しぶりに口を開いた。
「描けない」
「その四パターンって、醤油顔とかソース顔とかって分け方と関係ありますか。
 あと、なんだっけ。タヌキ顔、キツネ顔ってのもあったな」
俺の問い掛けに、山下さんは首を横に振る。
「か、関係ないみたい。もとの顔は、関係ないみたい」
元の顔が関係ない?じゃあどうやって四パターンに分かれてるんだ?
「よっつって、血液型かな」
「あ、かも。A、B、O、ABの四パターン」
あ、それかと一瞬思ったが、考えてみると、道ですれちがっただけ人の血液型なんて分かりっこないじゃないか。
案の定、山下さんも頭を振る。
「じゃあ、そうね。男と女で二パターンでしょ。あとは、ぽっちゃりと痩せ気味あたりで分けてるんじゃない?
 もう疲れてくると、脳味噌がめんどくさくなってきて、個人の識別がテキトーになるのよ」
みかっちさんが一人で納得している。
すると、山下さんが驚くようなことを言った。
「お、男とか女とも関係ないと思う。だ、男女の区別もつかない」
「はあ?」と、みかっちさんが変な声を出す。
「男と女の区別がつかないって、それどんな顔よ」
「だ、だから、説明がしにくいんだけど、とにかくそういうのじゃない四パターンなんだ。
 あ、で、でも、正確に言えば、性別は服装とか髪型でだいたい分かるよ」
男女の区別もつかない顔って、どんな顔だろう。
想像してみるが、ホラー映画に出てきそうな、のっぺりした仮面が頭に浮かんで少し気持ち悪くなる。
「でももっと疲れてきたら、髪型とか輪郭とか体型とか、さ、最悪は服装まで同じように見えてきて、
 完全に誰が誰だか分かんなくなる」
ゾッとした。
そんな世界に一人で取り残されたらと思うと、気持ちの悪い寒気が背中を走った。
「でも、それでも、よ、四パターンなんだ」


587 :四つの顔  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/11(日) 22:50:13 ID:e4PX3/wx0
缶ビールが空になっていることに気づいて、山下さんは舌打ちをする。
「わたしはどれです?誰と一緒?」
沢田さんが自分を指差す。
すると山下さんはColoさんと俺を指差して、
それから、この場にいないオカルトフォーラムのメンバーの名前を何人か挙げた。
「ちょっと、なんでわたしだけ仲間はずれよ」
みかっちさんが不服そうな顔をして身を乗り出す。だいぶ酔っているようだ。
「は、半分以上、沢田さんのグループなんだ」
どうやら、四つのパターンにも勢力の違いがあるらしい。
話を分かりやすくするために、とりあえず俺たちは、
その四パターンを頻度が多いという順に、A、B、C、Dと名づけた。
山下さんの言うことには、半分以上がA、その半分がB、さらにその半分がC、Dはかなり少ないらしい。
「わたしはどれよ」
みかっちさんに詰め寄られ、山下さんは答えに窮した。
「い、今はまだ普通に見えてるし、そんなに疲れてるときに、あんまり知り合いに会わないから……」
そう言って思い出そうとしていたが、しばらく経ってから、「たしかC」という返事をようやく搾り出した。
「なによそれ」と言いながら、一番少ないというDじゃなかったことに、心なしかホッとしているようだ。

その後は『どうして人間の顔が四パターンに見えてしまうのか』という謎を解き明かす、というより完全に興味本位で、
テレビに出てくる有名人の顔を次々に挙げては、どのグループに属するかを無理やりに聞きだし、
それに一喜一憂して楽しんでいた。
「ちょっと、わたしのCの組、ブスばっかりじゃない。どうなってんの」
「たまたまでしょう。男前の俳優もいたじゃないですか」
「女はブスだらけじゃない」
「女優と女子アナつかまえてブスブスって、あんまりでしょ。どういう基準なの」
「そういえば、Bは美人揃ってる気がしますね」
「Aはなんかごちゃまぜって感じ。個性がないのよ個性が」


588 :四つの顔  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/11(日) 22:52:41 ID:e4PX3/wx0
そんなことを言いあっては笑い飛ばしていたのだが、だんだんみんな気づき始めた。
俺が空気を察してそれを言い出そうとすると、それより先に沢田さんが口を開く。
「……Dは?」
まだ誰も、Dのグループに属する人が出てこなかった。
結構な数の有名人や知り合いを、かたっぱしから挙げていったというのに。
それを聞いた山下さんは一瞬、なにかに怯えるような表情を浮かべて言い淀んだ。
みんなにじっと見つめられ、やがておずおずと口に出す。
「し、知ってる人には、いない」
場が静かになる。気持ちの悪い沈黙だ。
「それ、どんだけ少ないのよ。Dの人って、よっぽどハブられてんのね」
みかっちさんが軽い口調で言ったが、変な余韻を残してその語尾が宙に消えた。
「じゃあ、Dの人ってどんなとこで見るんです」
恐る恐る俺がそう訊くと、山下さんは強張った顔をして、眼鏡の奥の視線を落ち着かなげに上下させた。
「み、み、道で、とか」
どうしてそんな言い方になるのだろう。はっきり言えばいいのに。
そうじゃないと、なんだか……怖くなってくる。
「あと…………」
そう言って迷うような仕草を見せた。みんなそれを変に緊張した面持ちで見つめる。
そばにあった空の缶ビールを半ば無意識に持ち上げかけて、一瞬その軽さに驚いたような顔をした後、
山下さんはゆっくりと口を開いた。
「部屋の中、とか」
ゾクリとする。
なんだ、部屋の中って。
往来ですれ違う不特定多数の人々の中に混ざって、ごく少数だがDに属する顔をした人がいる、
というならイメージは湧く。
なのに。
部屋の中?
意味が分からない。状況設定が見えてこない。


591 :四つの顔  ◆oJUBn2VTGE:2009/10/11(日) 22:59:35 ID:e4PX3/wx0
みんな山下さんの言動から目が離せなくなっていた。
「ほんとうに疲れてる時だけど、こ、こないだお風呂に入ろうとして、洗面所のドアを開けたら、
 まだお湯張ってない湯船に、立ってるんだ」
え?どういうこと。どういうこと。
沢田さんがそんな言葉を口の中で呟く。
「だ、誰だか分からない。区別のつかない顔。何度か見たことがある、一番少ない顔」
それが、立ってて。と、山下さんは半笑いのような変な顔をして続ける。
「そのままドアを閉めたら、ず、ずっと静かなままで、しばらくして開けたら誰もいなかった。
 ……それから、夜中めちゃくちゃ疲れて家に帰ってきた時、
 げ、玄関のドアを閉めて鍵掛けて、靴脱いでから部屋の中に入ろうとしたら、
 なんとなく振り向きたくなって、ふ、振り向いたんだけど、
 玄関のドアが半分開いてて、その、Dの顔が覗いてた。
 ……近づこうとしたらすぐに閉まって、取っ手のとこ見たら、鍵掛かったままだった」
みんな口が利けなかった。
「一人暮らし、でしたよね」
Coloさんが確かめるように言う。
怪談だ。いつのまにか。
変化球から入った分、心構えができていなかった。ドキドキする。
「それ、生きてる人間なんですか?」
沢田さんが怯えながらも問い掛ける。
「さあ」
この世のものではないという印象は持つけれど、生きている人間だとすると、そっちの方が怖い気がする。
姿がはっきり見えていながらそれが誰だか分からない。そしてありえない場所に現れる――
聞いている方も無性に気持ち悪いのだから、
それを見ながら正体を認識できない本人の方が、よほど気味が悪い思いをしていることだろう。







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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