132『先生 後編』3/4

師匠シリーズ。
「『先生 後編』2/4」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ10【友人・知人】

764 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:37:14 4o0HgrnU0
先生が手を振る。僕も手を振る。
そして、出会ってから一度も、先生が学校の外に出ていないことを思い出す。
カンカンと太陽は照りつけているのに、校舎の古ぼけた瓦屋根がやけに色あせて見えた。
坂を下りて行くと、だんだん学校が見えなくなる。僕は手を下ろし、畦道を通り、森へ向かう。
鎮守の森は、いつになく暗く湿っている。
真っ暗で、夜そのもののような木のアーチを抜け、黒い土の道を踏みしめる。
頭がぼうっとしてくる。気分が悪い。
神社の参道の前を通る。いつもは通り過ぎるだけなのに、何故かふらふらと入ってしまう。
ギャギャギャギャギャと、鳥の泣き声がどこからともなく響く。
お賽銭箱に、ポケットに入っていた十円玉を投げ入れる。チリンという音がする。僕は手を合わせる。
先生の風邪がよくなりますように。みんなの風邪がよくなりますように。
そして参道を戻る。鳥居の下をくぐる。そう言えば、前に通った時にはくぐらなかったことを思い出す。
なにかが頭の中を走りぬける。時間が止まったような気がする。
いや、違う。止まっていた時間が、今動き出したのだ。

ぐるぐる回る頭を抱えて森を抜け、どうやって帰ったのかよく覚えていないけれど、
次に気がついた時は、イブキの見える庭に面した部屋の中で、
僕は布団に入りびっしょりと汗をかいて、ウンウン唸っていた。
熱が出て、僕は二日間横になったままだった。夢と現実の境目がよく分からなかった。
色々なものが嵐のように駆け抜けて行った。
ぬるくなった額の濡れタオルを、時々誰かが換えてくれた。
それはおばさんだったような気もするし、ヨッちゃんだったような気もする。
咳はあんまり出なかった。ただ鼻水がやたらに出た。鼻紙をそこら中に散らかして、僕はふうふう言い続けた。

ようやく熱が引いた三日目の朝、目を覚ました僕の隣にシゲちゃんが座っていた。
「もうほとんど平熱じゃ」と言って、僕からタオルを取り上げる。
横になったまま文句を言う僕と何度か軽口を応酬し、それからすっと黙った。
外は良い天気のようだ。考えると、この村にいる間、雨なんかほとんど降っていない。
ふと、畑の野菜は大丈夫だろうかと思った。


772 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 23:01:33 4o0HgrnU0
やがてシゲちゃんは、決心したように閉じていた口を開く。そして、あの顔を変えたのは自分だと言った。
僕は知ってたよと言う。驚いた顔。
すべては先生の推理の通りだった。
失敗にもへこたれないシゲちゃんが、あんなにも元気がなかったのは、自分のせいで友だちに大怪我をさせてしまったからだ。
だけど、僕も知らなかったことが一つ。
シゲちゃんは事件の翌日、顔入道の上に貼ったもう一つの顔を剥がした後で、
一人で隣町の病院まで歩いて行ったのだそうだ。タロちゃんへのお見舞いだ。
病室のベッドでぐったりしていたタロちゃんは、もちろんシゲちゃんの仕業だってことをもう分かっていて、
それでも怒りもせず、変に照れくさそうな顔をして苦笑いを浮かべた。
腰を抜かして逃げ出したなんてこと、恥ずかしいから誰にも言わないでくれと、そう言って頭を掻くのだった。
だからシゲちゃんは、大人に何を聞かれても黙って怒られているんだ。
僕はシゲちゃんがもっと怒られるのが怖くて、自分の仕業だということを隠しているんだと思っていた。
潔く責任を取ることが親分のあるべき姿だと思って、失望をしかけていたのに、
シゲちゃんはタロちゃんの心情を考えて、最初からすべてを飲み込んでいたのだ。
やっぱりシゲちゃんは立派な親分だった。イタズラ好きさえなければだけど。
「先生ってな誰のことじゃ」
突然シゲちゃんがそう言った。僕がうわごとで口にしたらしい。
しまった、と思った。なにを口走ったんだろう。
そう言えば、熱を出してる時に先生に会ったような気がする。
ここにいるはずがないのに。でもここにいるつもりになって、先生に話し掛けてしまったのかも知れない。
ああ。すべてに知恵が回るシゲちゃんのことだ。へたな言い逃れは余計なやっかいを生むかもしれない。
僕は観念して、鎮守の森の向こうの集落のこと、そして夏休み学校のことを話した。
自分でももう、コソコソするのは潮時のような気がしていた。
話している内に、気分が晴れやかになっていくことに気づいた。


774 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 23:04:03 4o0HgrnU0
こんなにも先生のことを、誰かに話したかったんだ。自慢したかったんだ。
そう思いながらシゲちゃんの顔を見ると、怪訝そうな表情で首を傾げている。
「まだ熱があるようじゃ」
シゲちゃんは「鎮守の森の向こうにはなにもない」と言った。
そして「寝とれ」と、僕に取り上げていたタオルを投げてよこし、部屋から出て行った。
僕は狐につままれたような気になり、
どうしてシゲちゃんはまだ嘘をつくんだろうと、イライラしながらまた眠りについた。

どれくらい眠っただろうか。誰かが部屋に入ってくる気配がして、僕は目を覚ます。
襖を閉めて布団のそばにやってきたのはじいちゃんだった。
「鎮守の森の向こうに行ったのか」とじいちゃんは聞いてきた。シゲちゃんから聞いたようだ。
「そうだ」と僕が口を尖らすと、いつになく難しい顔をして、腕組みのまま胡坐を掻いた。
そして、僕の耳は信じられないことを聞いた。
あの集落はじいちゃんが子どものころに恐ろしい病気が流行って、みんなバタバタと死んでしまい、
残った人々も集落を捨てて散り散りになり、今では誰もいない集落の跡だけが打ち捨てられているのだという。
そんなわけはない。だって僕は現にその集落に行ったのだし、現に先生に会ったのだし、現に……
ハッとする。
僕はその時、あの森の向こうの空間には、のどかな山間の集落が確かに存在したけれど、
先生以外の人間に出会っていないことに、今更のように気づいた。
校舎の隣の家にいるという先生のお母さんも、僕のほかに四人いるという夏休み学校の生徒も、
結局誰一人として見ていない。
でも、本当にそんな捨てられた集落だというのなら、どうして先生はあんなところに一人でいたのだろう。
そして、どうして嘘をついていたのだろう。
分からない。考えていると、また熱がぶりかえしてきそうだ。
「その病気って、なに」
ようやくそれだけを言った僕に、じいちゃんはムスッとしたまま答えた。
「結核じゃ」


775 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 23:07:21 4o0HgrnU0
結核。
テレビで見たことがある。昔のドラマで、療養所に入っている女性が咳をしていたのが思い浮かぶ。
「肺結核でな。診ることのできる医者がおらんかった」
風邪が流行っているのよ。
風邪が流行って。
咳だ。咳。先生も咳をしていた。どういうことなんだ。
わけが分からず、僕はその言葉を何度も頭の中で繰り返す。
じいちゃんはそんな僕から視線を逸らして立ち上がり、部屋から出て行こうと襖に手をかけてから、思い出したように言った。
「わしらが、顔入道さんの怒った顔を見たのも、そのころじゃ」
もう行くでない。
ピシリ。襖が閉まる。
わけが分からない。いや、僕の頭のどこか隅の方では分かっている。ただ、分かりたくないのだった。僕自身が。
頭を抱えていると、少ししてまた襖が開かれ、今度はおかゆをお盆に乗せてばあちゃんが入ってきた。
僕はばあちゃんにすがるように訴える。
「でも、先生は知ってた。大きなイブキの庭のある家って言っただけで、シゲちゃんって」
ばあちゃんは、はいはいと子どもをあやすように僕の手を掻い潜って、お盆を枕元に置き、
なんでも知っているという顔で、むにゃむにゃと呟いた。
じいちゃんは子どもの時分、音に聞こえた大変なイタズラ小僧で、
近隣の集落のものならば誰でも知っていたというほど、悪名を轟かせていたのだという。
名前は茂春。孫のシゲちゃんは、その一文字をもらったのだそうだ。
じいちゃんが子どもころからこの家の庭のイブキの木は、大きな枝を家の屋根まで伸ばしていたのだと言う。
「やっぱり憑かれちょったな。あやうい。あやうい。取り殺されんで良かった。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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