131『先生 後編』2/4

師匠シリーズ。
「『先生 後編』1/4」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ10【友人・知人】

756 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:14:39 4o0HgrnU0
「そうね。だからその時タロちゃんが見た顔は、前に見た顔と違ってたのは確かだわ。
 タロちゃんが前に見た顔っていうのが、あなたが昨日一人で見た、本当の顔入道の顔だったはずよ。
 笑っていた顔が今度は怒ってたんだもん。それはビックリするよね」
え?ってことは、どういうことになるんだ。
首を傾げる僕に、先生は噛んで含めるように語り掛ける。
「言ったでしょ。あなたが最初に見た顔は、岩に描かれたものじゃなかったって。
 かと言って、人が後ろに隠れられるハリボテでもない。
 白い塗料のついた尖った岩という、同じ目印があるんだから、場所が違っていたわけでもない。
 ……たぶん、厚手の紙を顔入道の岩に被せて、その上から白い塗料で別の顔を描いたのよ。
 笑っている顔の上に、怒ってる顔を」
その真下の尖った岩の塗料は、その時についたのね。
先生は僕の目を見ながら、確かめるようにゆっくりと言う。
確かに、それならほとんどかさばらないから、抜け落ちた牙のように見えた白い岩との位置も変わらない。
でも、それでは人間も隠れられなくなってしまう。
「誰かが隠れる必要なんてないのよ。顔は勝手に変わったんだから。『怒る前』から『怒った後』に。
 さっき言ったみたいに、『怒る前』の顔と『怒った後』の顔は全く同じものなのよ。
 ただ、それを見ていた人間の心理が違っていただけ」
ドキドキしてきた。だんだんと先生の言いたいことが分かってきたからだ。でも、そんな。そんなことって。
「あなたが始めにその顔を見た時、
 眉間に皺を寄せて、口なんかへの字に曲がって、迫力満点で睨みつけてくる、その表情に驚いたんでしょ。
 さっき私がそんな顔をした時、あなたは怒られると観念した。
 なのに顔入道の時は、その顔は怒っていないと思ってしまった。
 さあ、それはどうして?」
その答えは分かる。今思い出した。あの時の言葉を。叫びそうになった僕を勇気づけてくれたその言葉。
『よかった。まだ怒ってない』
シゲちゃんだ。僕の隣で、あの時確かにそう言った。
シゲちゃんが、この顔入道の事件の犯人だったんだ。


757 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:18:48 4o0HgrnU0
僕の中ですべてが繋がって行く。先生は静かな口調でその手助けをしてくれた。
「最初からシゲちゃんのイタズラ計画だったのよ。
 それも、本当は臆病なのに、口ばっかり強がりなタロちゃんを標的にした。
 私が秘密基地の話を思い出してと言ったのは、
 顔入道をその晩に見に行こうなんて言い出したのが、シゲちゃんだったってことを思い出して欲しかったの。
 あなたは変な勘違いをしたみたいだけど」
僕は椅子に座り込んで、じっと先生の説明を聞いていた。
春ごろに顔入道の噂を聞いて見に行った悪ガキ仲間は、洞窟の奥で笑っている顔を見た。
そして、イタズラ好きでしかも手先の器用なシゲちゃんが、その顔を怒らせることを思いつく。
紙を貼り付けて、その上からペンキかなにかで顔を描き、その準備が終わった後に、
新入りの僕を連れて行くという名目でみんなを誘う。
標的は生意気なタロちゃんなのだから、ほかの臆病者たちが逃げても構わない。
むしろ大勢で行ってしまう方が、みんな変に気が強くなってしまって、
マジマジと見られて、細工がバレてしまう可能性があったのだから好都合だ。
首尾よく三人で洞窟に辿り着いた時、タロちゃんが入りたくないとゴネだす。
無理やり引っ張っていく手もあったが、そこでシゲちゃんは名案を思いつく。
笑っている顔を見ていない僕を連れて先に入り、タロちゃんには後からこいというのだ。
承知したタロちゃんを残して洞窟に入ったシゲちゃんは、怒っているような顔を見て驚く僕に、
『よかった。まだ怒ってない』と言って安心させる。
そう言われればそう見える顔だったから。
当然僕は、前にシゲちゃんたちが見にいった時の顔のままだと思った。
しかし、約束通り後から入ったタロちゃんにとっては、まさしくそれは笑っていたはずの顔が怒った後の顔だったのだ。
そして悲鳴を上げて逃げ出す。
ここまでは計画通りだったのに、
まさか洞窟から飛び出して崖から転落してしまうほど、タロちゃんが怯えてしまうとは思わなかった。
怖くなったシゲちゃんは、自分のイタズラだったことを誰にも言わずに、次の日こっそり仕掛けを片付けに行った。
僕が笑っている顔を見たのは、その後だったのだ。
そう言えば昨日、シゲちゃんは僕より先に家を出ていた。懐中電灯も見あたらないはずだ。
なんてこった。シゲちゃんが全部。全部やっていたのか。


759 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:25:50 4o0HgrnU0
僕は呆然として説明に聞き入っていた。
「笑っている顔の塗料が古かった時点で、怒っていた方が張り子なのは間違いないわ。
 そしてその張り子を見て、 『どうってことない。こないだと一緒』なんて言ったシゲちゃんが、
 その仕掛けを知っているのも間違いない。
 もし春に見たという顔も、その時点ですでに張り子だったとしたら、
 同じ顔を見たことになる、タロちゃんの過剰な反応に説明がつかないしね。
 あとは推理を広げれば簡単だわ」
先生は黒板に点を三つ、カン、カン、カン、と書いた。
「ゆ・え・に、犯人はシゲちゃん。この点三つのマーク∴は、もう少し後で習う記号なのよ」
チョークをそっと置いた先生が静かにそう言った。
その記号も、チョークを置く指も、眉毛の上に揃えられた髪も、その時の僕にはなにもかもカッコよかった。
見とれる僕に、不思議そうな顔をして先生は首を傾げた。
太陽はゆっくりと高く昇って行き、教室に伸びる陽射しは、机や木の床から少しずつ引いて行った。

その後、僕は算数の続きをやった。
同じ問題なのに、教えてくれる人が違うだけで、こんなにも楽しいなんてなんだかおかしい。
せっせと問題を解く僕のそばで、先生は鶴を折っていた。
そして、いくつか数がまとまると立ち上がり、窓際に掛けた千羽鶴にまた仲間を増やすのだ。
それをずっと繰り返している。
僕は、いつかは夏休み学校の子どもたちの風邪が治って、ここが二人だけの空間でなくなることも、
そして、朝が昼になり、それから午後になるように、夏もいつかは終わり、
僕がここを去る日がくることも、信じたくなかった。
だから、今日が先生に出会って何日目なのか数えたことはなかったし、その毎日はふわふわとした夢の中にいるようだった。
一体いつからほかの子どもたちが風邪を引いているのか、考えたことはなかった。
先生の時どき見せるぼんやりした、そしてどこか哀しい表情も、その奥に隠れたもののことも、理解しようとはしなかった。
ただひたすら僕は問題を解いた。歴史を知った。夏の中にいた。


761 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:29:24 4o0HgrnU0
「よく出来ました。じゃあ今日はここまで」
先生が僕の答案を見てそう言った。もうお昼過ぎだ。夏休み学校の時間もおしまい。
僕は帰り支度をしながら、なんとなく口にした。
「先生。怒ったふり、すっごく上手かった」
本当だった。近づいてきた時、絶対叩かれると思ったのだから。
それを聞いて先生は、あはっと笑った。とても嬉しそうに。
「ありがとう。驚かせてゴメンね。でも、迫真の演技じゃないと意味なかったから。
 錆付いてると思ってたんだけどな。私これでも役者を目指し……」
きゅっ、と口が閉じられた。
顔が一瞬強張り、そしてこくんと喉が動いた後、先生は目を伏せたまま声もなく笑った。
風が吹き渡るどこまでも高い空の下で、ほんのひと時僕の前に覗いた先生の夢は、ゆっくりと閉じられていった。
それは、どうしようもなく繊細で、綺麗だったけれど、
きっと、いつまでも見続けてはいけないものだったのだろう。
コン、コン。
咳が聞こえた。
どこか遠くから聞こえた気がした。
でも、目の前で先生が口を押さえている。とても落ち着いた顔をしていた。
「私も」
ただの咳払いではなかった。少しおいて、先生はまたコン、コン、と咳をした。そしてゆっくりと顔を上げる。
「ゴメン。私も風邪を引いたみたい。うつるといけないから、明日からお休みにしましょう」
そんな。そんなのはいやだ。風邪なんかへっちゃらだ。だから休みなんて言わないで。
そんなことを口走る僕を押しとどめ、先生は目を細めて言う。
「駄目。悪い風邪なのよ。治ったらきっと、世界史の続きを教えてあげるから」
だだをこねる僕に、先生は諭すように肩に手を置く。
「今日はあなたも顔色が悪いわ。あなたも少し休んだ方がいいみたい」
そんなことない、そう言って飛び跳ねようとして、グラッと膝が落ちる。
だめだ。やっぱり朝から調子悪い。風邪なんかじゃないのに。
悔しかった。もう二度と先生と会えないような気がした。
顔を背け、またコンコンと言ってから、先生は僕の目を見る。


763 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:34:04 4o0HgrnU0
「あなたが始めに洞窟に入った時、不思議な幻を見たわね。赤い着物がヒラヒラしてるのを」
終わってしまったはずの事件のことを、急に言われて戸惑ったけれど、なんとか頷く。
「怖い怖いと思う心が生んだはずの幻なのに、
 まったく関係がない赤い着物の幻なんて、どうして見たんだろうと、あなたは思った」
そうだった。どうして赤い着物なんだろうと。
でも、結局洞窟の奥には隠れられる場所もなく、誰もいなかったのだから、ただの幻には違いない。
そんな僕に、先生はゆっくりと首を振る。
「この村ではね、若くして死んだ女の子には、白い経帷子ではなくて、赤い着物を着せて弔うのよ。
 その子の嫁入りのために貯めていたお金で、残された親が最後のお祝いをしてあげるの。
 晴れのない袈なんて、あんまり可哀相だもの。
 もっとも、今はもうしていない、大昔の風習だけれど。
 そして、あの洞窟のある山は、死者の魂が惑う場所として恐れられていた所なの。
 即身仏になったお坊さんは、それを鎮めるために入山したと伝えられているそうよ」
なんだか変な気分だ。僕が見たものは、ただの幻ではなかったのだろうか。
「いいえ、幻よ。もうこの世にはいない。でも、あなたはそれを見る」
先生の目が、吸い込まれそうに深く沈んだような輝きで僕の目を捉える。
「あなたは、誰にも見えない不思議なものを見るのよ。これからもずっと。
 それはきっと、あなたの人生を惑わせる」
唇がゆっくりと動く。滑らかに、妖しく。
「それでも、どうか目を閉じないで。晴れの着物を見てもらえて嬉しかった。
 そんなささやかな思いが、救われないはずの魂を救うことがあるのかも知れない」
僕はゴクリと唾を飲んだ。それから二回頷いた。何故か涙があふれ出てきた。
先生は「さようなら」と言った。
僕も「さよなら」と言った。
ふらふらとしながら教室を出て、廊下を抜け、階段を下り、下駄箱で靴を履く。
そして校庭に出て、少し歩いてから振り返る。
二階の教室の窓には先生がいる。出会ったころのままの笑顔で。
その隣には千羽鶴が揺れている。千羽にはきっと足りないけれど、たくさんたくさん揺れている。







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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