130『先生 後編』1/4

師匠シリーズ。
『先生 中編』の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ10【友人・知人】

748 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 21:55:07 4o0HgrnU0
先生は手にチョークを持ったまま口を開く。
「あなたは一昨日の夜、まずシゲちゃんと一緒に二人で洞窟に入った」
黒板には洞窟の絵と、丸と線だけの人間が二人描かれている。その上には@というマーク。
「一本道の洞窟の奥には顔入道の岩があって、お坊さんのミイラがあるというその先には行けなかった。
 二人は怒り出す寸前みたいな顔を見てから、入り口へ戻った」
行って戻った矢印が洞窟の中に描かれる。そして『怒る前』と走り書き。
「その後、タロちゃんが入れ替わりに一人で洞窟に入って行った」
Aとして、もう一人の丸と線だけの人間。
「洞窟の中から悲鳴が聞こえて、タロちゃんが走って出てきた。そして勢いあまって崖から落ちた」
矢印が洞窟の出口から先へ曲がって落ちた。
「タロちゃんが言うには、『顔入道が怒った』」
Aの矢印が洞窟の奥でUターンする場所に『怒った後』という文字。
「次の日、つまり昨日の昼間、あなたはもう一度洞窟に行った。今度は一人で」
Bだ。
「その時ちゃんと確認したけれど、洞窟は一本道で、枝分かれや人が隠れるような場所はなかった。そうね?」
頷く。
「洞窟の奥には顔入道の岩があったけれど、今度は笑っていた」
先生はBの矢印の先に『笑う』と書いた。
そうだ。顔入道は笑っていた。
昼間なのに懐中電灯の光なしでは真っ暗闇になってしまう洞窟の最深部で、白い顔と向かい合った、
この世のものとは思えない光景を思い出し、背筋が寒くなる。
「やっぱりその時確認したけれど、岩に顔を描いた塗料は古くて、とても昨日や今日に塗り替えたようには見えなかった。
 そうだったわね」
頷く。
先生はチョークを振り上げ、『笑う』の上に『古い』と書いた。
そして『怒る前』と『怒った後』の上には、『古い?』とクエスチョンマークつきで書いた。
先生はくるりと振り返り、ニッと右の眉毛と口の端を上げた。
「一昨日の夜の顔入道には、近寄って確認はしていないわね」


749 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 21:59:21 4o0HgrnU0
言われてみればそうだ。
でもその後、本当に岩が怒ったり笑ったりするなんてその時は思ってもみないのだから、仕方がないじゃないか。
「その顔入道のすぐ下に、白い塗料がついた岩が突き出ていたのよね。
 あなたが抜け落ちた牙みたいだと思ったその岩。その塗料も古かったかしら」
え?そう言えば確認していない。顔と同じ塗料だとばかり思っていたから。
「じゃあ、最近塗り替えた時についたものかも知れない」
塗り替えだって。やっぱり先生は顔が怒ったり笑ったりしたのは、誰かが岩を塗り替えていたと言うのだろうか。
「ううん。昨日あなたが確認した時には古い塗料が使われていた。
 だから、その前に岩の塗り替えなんて行われていなかったってことは間違いない。
 それに、あなたとシゲちゃんが出てきた後で、
 タロちゃんが一人で入って行くまでのあいだに、誰かが塗り替えるなんて出来っこないでしょ。
 入り口は一つしかないし、隠れられる場所もない。その入り口もあなたたちが見張ってたんだから」
そうだよ。その通りだけど、だったらどうして顔は怒ったんだ?
「答えは一つよ。算数みたいに。一昨日、あなたがシゲちゃんと一緒に見た顔は、岩に描かれたものではなかった」
ガンッと殴られたようなショックがあった。
確かに、二度目の時みたいに顔を近づけて見ていない。
洞窟に入るまでに岩に描かれたものだと教えられていたから、素直にそう思っていた。
それが白く塗られたハリボテだったというんだろうか。
でも待てよ。それがハリボテだったとしても、どうして顔が変わるんだ?
「ここで思い出して欲しいのは、
 一昨日の昼間に、あなたたちが秘密基地に集まって、顔入道の洞窟に行こうって話をした時のこと」
先生はいたずらっぽい顔をして、僕を試すように見つめてきた。
思い出せ。
あの時シゲちゃんが、『こいつももう俺たちの仲間と認めていいんじゃないか』なんて言い出して、
僕をその晩に、顔入道の洞窟に連れて行こうとした。


750 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:00:38 4o0HgrnU0
そしたらみんな怖がって、いろいろ言い訳して逃げた。
そして怖がりだと思われたくないタロちゃんがモタモタしているうちに、シゲちゃんに捕まってしまったのだ。
ピン、ときた。僕の頭がなにかを閃いた。それがどこかへ行ってしまわないように、必死で考えをまとめる。
あの夜。山奥の洞窟には、僕とシゲちゃんとタロちゃんの三人しかいなかったはずだ。
あんな場所に夜中、ほかの誰もくるはずがない。
でもだ。僕ら三人がその夜、あそこにくることを知っていたやつらがいる。
怖がって『行かない』と言ったほかの連中だ。
そして顔入道のハリボテ。
わかった!
ハリボテの後ろ側に初めから隠れていたんだ。僕らが洞窟に入る前から!
あんな所に誰かが待ち構えているなんて思ってもみなかった。
だけど、あいつらならそれが出来る。僕らがくることを知っていたんだから。
『怒る前』のハリボテの後ろに隠れて、僕とシゲちゃんをやり過ごし、
その後に入ったタロちゃんがやってくる前に、もう一つ用意していたハリボテと入れ替えて、『怒った後』にしたのだ。
ひょっとしたら、丸いハリボテの両面に顔を描いていて、くるりと裏返しただけなのかも知れない。
そして、岩に描かれているはずの顔が怒ったことに驚いたタロちゃんが悲鳴を上げる。
僕らが怪我をしたタロちゃんを担いで山を下りた後で、ハリボテごと撤収する……
くそう。誰がやったんだ、こんなイタズラを。
タカちゃんか、トシボウか、ユースケか、それともカッチンか。
ひょっとしたら二人、ううん、あの秘密基地にいた全員かも知れない。
卑怯なやつらだ。ブッコロしてやる。シゲちゃんにもチクッて、二人で仕返ししてやる。
そんなことを僕が感情に任せて喋るのを、先生はじっと聞いていたけれど、ふいにその顔色が変わった。
「ちょっと待ちなさい。今なんて言ったの」
いつもは穏やかな顔をしている先生の頬が、緊張しているのが分かる。
目が見開かれて、白目が大きくなる。眉毛が吊りあがる。
その言葉は質問しているのではない。こちらの答えなんてどうでもいい。そんな爆発前の確認の儀式だ。


751 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:02:46 4o0HgrnU0
「なんて言ったの」
その声はキリキリと軋むように尖っている。
「あ、いや、えと」
いきなりの思ってもいなかった展開に僕は足が震えてきた。
これからどうなるか分かるのだ。うちの担任の先生と同じだ。
僕はこの時間が一番嫌だ。なにか悪いことをして怒鳴られるのはしょっちゅうだけど、怒鳴る前の『溜め』の時間。
固まったように動けなくなる時間が僕には一番怖かった。
なんでだろう。『ブッコロしてやる』がまずかったのか。
それとも、自分でも気づかないようなヘマをしたのだろうか。
出会ってからあんまり経っていないのに、
訳知り顔で『優しい先生』だなんて勝手に思って、喜んでいたのがバカみたいだ。
一体なにが先生を怒らせたのだろう。
そんなことを、やがてくる溜め込んだ怒りの爆発をただ待つ身の僕は考え、
その睨みつけてくる恐ろしい視線に耐え切れず、思わず目を瞑ってしまった。
「あなた自分がなにを言ったのか分かってるの」
押し殺したような声が、ぐっと近づいてくる。
あ、ひっぱたかれる。
そう思った瞬間だ。
僕の頬っぺたに柔らかいものが触れた。ぐにっと頬肉が左右に引っ張られる。
僕は驚いて目を開けた。その目の前に、ニコッと笑う先生の優しい顔があった。
「ごめんね。怒られると思った?」
こんなに近くで見るのは始めてだったけど、
前髪を短く揃えたその顔は、すんなりと伸びた長い首の上にかわいく乗っていて、
僕よりずっと年上だと思っていたのに、その時はほんの少し年上の女の子のように見えた。
そのせいで胸がドキドキする。怒られると思った緊張も混ざっていたかも知れないけれど。
「あなたが勘違いをしていたから、分かりやすく教えてあげようと思っただけなの」
先生はよく分からないことを言いながら、スッと僕のそばを離れて教壇に戻って行った。


752 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:06:06 4o0HgrnU0
「あなたとシゲちゃんが最初に見た顔入道は、岩に描かれたものではなかったけれど、
 あなたが思ったようなハリボテでもなかった。
 確かに、ハリボテが本物の顔入道の手前にあったなら、
 誰も隠れる場所なんてなかったはずの洞窟に、秘密の空間が出来ることになる。
 そこに誰かが隠れていて、タロちゃんがやってくる前にハリボテを入れ替えれば、
 あっと言うまに顔入道が怒ったってことになるわよね。
 でも良く考えて。どうしてその誰かは、後からタロちゃんがくるなんて知ってたの?」
ハッとした。
そうだ。タロちゃんは急に怖気づいて、僕らが入った後に入るなんてことになったけど、
それでも無理やりシゲちゃんが連れて行ってたら、三人とも始めの『怒る前』の顔を見ていたことになる。
そうなれば、いくらなんでも僕らの目の前で、ハリボテの早がわりなんて芸当が出来るはずはないし、
そのまま帰られたら、せっかくのイタズラの仕掛けもパァだ。
口ぶりからすると、シゲちゃんもタロちゃんも、
それから、たぶんほかのみんなも、一度は顔入道を見ているはずだから、
なにも顔の早がわりなんてことをしなくても、初めから怒った顔のハリボテを用意していれば、
最初に見た瞬間に『顔入道が怒った。うわあぁ』ってことになるはずなのだ。
「そうね。それにあなたが見た、白い牙のような塗料のついた岩が、重要なヒントになってるのよ」
先生はもったいぶったように、ゆっくりと人差し指を立てる。
「塗料のついた尖った岩は、顔入道の岩の真下にあったのよね」
あ、と思った。
「だから抜け落ちた牙のように見えた。それも、一昨日昨日と二回見た、その両方とも同じことを思ったのよね。
 ということは、塗料のついた岩と、顔入道の位置は変わってないってこと。
 ここまで言えばもう分かったかな。
 つまり、顔入道の岩の手前にハリボテなんか作って、そのあいだに人間が隠れたりしたら、
 絶対にその真下の塗料のついた岩も隠れちゃうんだから……」
だから、ハリボテはなかった。


755 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/09/04(金) 22:11:01 4o0HgrnU0
そんな結論が、先生の口からスラスラと出てくる。
そのこと自体に納得はいったけれど、全然事件の解決にはなっていない。
それどころか、余計に薄気味悪くなってくる。
それじゃあ顔入道は、やっぱり勝手に怒ったり笑ったりしたってことじゃないか。
僕がぶつぶつとそう言うと、先生はうふっと笑った。
「その通りよ」
ええっ、と思わず力が抜けそうになった。そんなバカな。
「正しく言うと、顔入道は勝手に怒ったけれど、勝手には笑わなかった」
なんだか謎掛けのようなことを言いながら、先生はチョークを手に持つ。
そして黒板に描かれたのマークのついた『怒る前』の文字のお尻に、『?』の文字を書き加えた。
それからこちらに振り向く。
「さっき、私に怒られそうになったでしょう?」
うんうんと頷く。なんだか楽しくなってきた。これからもっと不思議なことが起こりそうな予感がして。
「あれはお芝居だったけど、あなたはなんだか分からないうちに怒られそうになって、
 目なんか瞑っちゃって、観念してたわよね」
恥ずかしくて、思わずカァーっと顔が赤くなりそうになった。
「これから怒るってことは、もう怒ってるってことよ」
そりゃあそうだ。大人が怒る時なんて、大体パターンが決まってるんだから。
目を吊り上げちゃって、僕らが答えられないようなことを問い詰めてきて、
それから怒鳴りつけたり、引っ叩いたりするんだ。
本気で怒り出す前に、これからどうなるかくらい分かる。
あれ?てことは、なにか変だぞ。
先生はクスクスと肩を揺すった後、イタズラっぽく僕の方に向き直った。
「あなたが最初に見た『怒る前』の顔。それは、本当は『怒ってる顔』じゃなかったの?」
ハッとした。
怒る前ってことは、怒ってるってこと。そうだ。怒りをこらえてるってことは、怒ってるってことだ。
ただ爆発する前か後かってだけで。
「でも、おかしいよ。タロちゃんも前にいっぺん見てるはずなのに、『顔が怒った』なんて言って逃げてきたんだよ」







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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