115『携帯電話』1/2

師匠シリーズ。
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?214

247 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/07(日) 00:26:20 ID:PyPRRLYk0
大学二回生の夏だった。
俺は凶悪な日差しが照りつける中を、歩いて学食に向かっていた。
アスファルトが靴の裏に張り付くような感じがする。
いくつかのグループが入口のあたりにたむろしているのを、横目で見ながらふと立ち止まる。蝉がうるさい。
外はこんなに暑いのに、どうして彼らは中に入らないのだろうと不思議に思う。
学食のある二階に上り、セルフサービスで適当に安いものを選んでから、
キョロキョロとあたりを見回すと知っている顔があった。
「暑いですね」
カレーを食べているその人の向かいに座る。
大学院生でありオカルト道の師匠でもあるその人は、たいていこの窓際の席に座っている。
指定席というわけでもないのに、多少混んでいても不思議とこの席は空いていることが多い。
まるで彼が席に着くのを待っているように。
「ここはクーラーが効いてる」
ぼそりと無愛想な返事が返ってきた。
それからまた黙々と食べる。
「携帯の番号教えてください」
「なぜか」
PHSを水に落してしまったからだった。
アドレスが死んだので、
手書きのメモ帳などに残っていた番号は問題なかったが、そうでないものは新たに番号を訊き直さなければならなかった。
師匠の場合、家の番号はメモしてあったが、携帯の方はPHSにしか入っていなかったのだった。
「ジェネレーションギャップだな」
師匠は携帯を操作して、自分の番号を表示させてからこちらに向ける。
「なんですか」


248 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/07(日) 00:29:45 ID:PyPRRLYk0
「携帯世代ならではの悲劇だってことだよ。
 僕みたいな旧世代人は、絶対にメモをとってるし、よくかける番号なら暗記してる」
そう言って、いくつかの名前と番号を諳んじてみせた。
それはいいですから、ディスプレイを揺らさないでください。今打ち込んでるんで。
「ワン切りしてくれればすぐ済むのに」と、ぶつぶつ言いながらも登録を終え、俺は昼飯の続きにとりかかる。

海藻サラダに手をつけ始めたあたりで、おととい体験した携帯電話にまつわる出来事をふと思い出し、
師匠はどう思うのか訊いてみたくなった。
「怪談じみた話なんですが」
カレーを食べ終わり麦茶を片手に窓の外を見ていた師匠が、ぴくりと反応する。
「聞こうか」

その日も暑い盛りだった。
午前中の講義のあと、俺はキャンパスの北にある学部棟に向かった。
研究室が左右に立ち並び、昼でも薄暗い廊下を抜けて、
普段はあまり寄りつかない、自分の所属している研究室のドアを開けた。
中には三回生の先輩ばかり三人が、テーブルを囲んでぐったりしている。
翌週に企画している、研究室のコンパの打ち合わせで集まることになっていたのだが、
中心人物の三回生の先輩が来られなくなったとかで、だらだらしていたのだそうだ。
「いいじゃん、もう適当で」
「うん。芝でいいよ、芝で」
芝というのは『芝コン』と呼ばれる、この大学伝統のコンパの形式である。
キャンパス内のいたるところに売るほどある芝生で、ただ飲み食いするだけのコンパだ。
決定っぽいので、黒板に『芝コン』とチョークで書きつける。その横に『いつものとこで』と追加。


250 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/07(日) 00:34:00 ID:PyPRRLYk0
もう用事はなくなったが、俺も席に着くと、
テーブルの上にあった団扇で顔を仰ぎながら、なんとなくぼーっとしていた。
「なあ、さっきから気になってたけど。吉田さぁ、顔色悪くないか」
先輩の一人がそう言ったので、俺も吉田さんの顔を見る。
そう言えば、さっきから一言も発していない。
吉田さんは身を起し、溜息をついて強張った表情を浮かべた。
「俺さぁ」
そこで言葉が途切れた。自然にみんな注目する。
「この前、夜に家で一人でいる時、変な電話があったんだよ」
変とは言っても、それは良く知っている中学時代の友人からの電話だったそうだ。
「安本ってやつなんだけど、今でも地元に帰ったらよく遊んでるんだけどよ。
 そいつがいきなり電話してきて、用もないのにダラダラくだらない長話を始めてさぁ……」
最初は適当に付き合ってた吉田さんも、だんだんとイライラしてきて、
「用事がないならもう切るぞ」と言ったのだそうだ。
すると相手は急に押し黙り、やがて震えるような声色でぼそぼそと語りだした。
それは中学時代に流行った、他愛のない遊びのことだったそうだ。
『覚えてるよな?』
掠れたような声でそう訊いてきた相手に、気味が悪くなった吉田さんは、
「だったらなんだよ」と言って、電話を切ったとのだいう。
そんなことがあった三日後、安本というその友人が死んだという連絡が共通の友人からあった。
「何日か前から行方不明だったらしいんだけど、バイク事故でさ、
 山の中でガードレールを乗り越えて谷に落ちてたのを、発見されたっていうんだよ。
 俺、葬式に出てさ、家族から詳しく聞いたんだけど、
 安本が俺に電話してきた日って、事故のあった次の日らしいんだわ」


252 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/07(日) 00:36:28 ID:PyPRRLYk0
ゾクッとした。ここまでニヤニヤしながら聞いていた他の先輩二人も、気味の悪そうな顔をしている。
「谷に落ちて身動きできない状態で、携帯からあんな電話を掛けてきたのかと思って、気持ち悪くなったんだけど、
 よく聞いてみると安本のやつ、即死だったんだって」
タバコを持つ手がぶるぶると震えている。
室温が下がったような嫌な感じに反応して、他の先輩たちがおどけた声を出す。
「またまたぁ」
「ベタなんだよ」
吉田さんはムッとして、「ホントだって。ダチが死んだのをネタにするかよ」と声を荒げた。
「落ち着けって、噂してると本当に出るって言うよ」
冗談で済ませようとする二人の先輩と、吉田さんとの噛み合わない言葉の応酬があった末、
なんだか白けたような空気が漂い始めた。

「トイレ」と言って吉田さんが席を立った。俺もそれに続き研究室を出る。
長い廊下を通り、修理中の立札が掛かりっぱなしのトイレの前を過ぎて、階段を二つ降りたフロアのトイレに入る。
並んで用を足していると、吉田さんがポツリと言った。
「紫の鏡って話あるだろ」
いきなりで驚いたが、確か二十歳になるまで覚えていたら死ぬとかなんとかいう、呪いの言葉だったはずだ。
もちろん、それで死んだという人を聞いたことがない。
「安本が『覚えてるよな』って訊いてきたのは、その紫の鏡みたいなヤツなんだよ。
 中学時代にメチャメチャ流行ってな、二十一歳の誕生日まで覚えてたら死ぬっていう、
 まあ紫の鏡の別バージョンみたいな噂だな」
「え、先輩はまだですよね。二十一」
「嫌なやつだろ。わざわざ思い出させやがって。そりゃ信じてるわけじゃないけど、気分悪いし」


253 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/07(日) 00:42:09 ID:PyPRRLYk0
照明のついていないトイレの薄暗い壁に声が反響する。
学部等の中でも研究室の並ぶ階はいつも閑散としていて、昼間でも薄気味悪い雰囲気だ。
「その、安本さんの誕生日はいつなんです」
恐る恐る訊いた。
吉田さんは手を洗ったあと、蛇口をキュッと締めて小さな声で言った。
「二ヶ月以上前」
俺はその言葉を口の中で繰り返し、それが持つ意味を考える。
「なんでだろうなぁ」と呟きながらトイレを出る先輩に続いて俺も歩き出す。
考えても分からなかった。

研究室に戻ると、先輩二人がテーブルにもたれてだらしない格好をしている。
「結局、芝コン、時間どうする?」
片方の先輩が俯いたまま言う。
「七時とかでいいんじゃない」と、もう一人が返した時だった。
室内にくぐもったような電子音が響いた。
「あ、携帯。誰」
思わず自分のポケットを探っていると、
吉田さんが「俺のっぽい」と言って、壁際に置いてあったリュックサックを開けた。
音が大きくなる。
すぐ電話に出る様子だったのに、携帯のディスプレイを見つめたまま吉田さんは固まった。
「え?」
絶句したあと、「ヤスモトだ……」と抑揚のない声で呟いてから、携帯を耳にあてる。
「もしもし」と普通に応答したあと、少し置いて「誰だ、お前」。
吉田さんは強い口調で言った。そして反応を待ったが、向こうからは何も言ってこないようだった。


254 :携帯電話 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/07(日) 00:44:52 ID:PyPRRLYk0
「黙ってないで何か言えよ。誰かイタズラしてんのかよ。おい」
吉田さんは泣きそうな声になって、そんな言葉を繰り返した。
その声だけが研究室の壁に天井に反響する。
俺は傍らで固唾を飲んで見守ることしかできない。
「どこから掛けてるんだ?」
そう言ったあと吉田さんは「シッ」と人差し指を口にあて、こちらをチラリと見た。
自然、物音を立てないようにみんな動きを止めた。
耳に携帯を押し当て、目が伏せられたままゆっくりと動く。
「……木の下に、いるのか?」
震える声でそう言ったあと、吉田さんは携帯に向かって「もしもし、もしもし」と繰り返した。
切れたらしい。
急に静かになる。
呆然と立ち尽くす吉田さんに、別の先輩が腫れ物に触るように話しかける。
「誰だったんだ?」
「……分かんねぇ。なにも喋らなかった」
そう言ったあと血の気の引いたような顔をして、
吉田さんはリュックサックを担ぐと、「帰る」と呟いて研究室を出て行った。
その背中を見送ったあと、先輩の一人がぼそりと、「あいつ、大丈夫かな」と言った。

俺の話をじっと聞いていた師匠が、それで?と目で訴えた。
俺もトレーの上の皿をすべて空にして、じっくりと生ぬるいお茶を飲んでいる。
「それで、終わりですよ。あれから吉田さんには会ってません」
師匠は二,三度首を左右に振ったあと、変な笑顔を浮かべた。
「それで、どう思った?」
「どうって……わかりません」







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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