113『依頼』1/2

師匠シリーズ。
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ9【友人・知人】

881 :依頼 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/06(土) 23:27:28 ID:+FnIW24p0
師匠から聞いた話だ。

大学一回生の秋だった。
僕は加奈子さんという、オカルト道の師匠の家に向かっていた。
特に用事はないが、近くまで来たので寄ってみようと思ったのだ。
交差点で信号待ちをしていると、道路を挟んだ向こうにその師匠の姿を見つける。
少し遠いのと、珍しく車がバンバン通っているので、呼びかけても気づかない。
その師匠は去って行くでもなく、電信柱のそばで立ち止まったまま動いてない。
どうしたんだろうと目を凝らすと、電信柱の根元のあたりになにか落ちていて、それを見下ろしているらしかった。
どうも、ビニール袋に入った菓子パンのようだ。
僕の観察している前で、師匠はやがてキョロキョロと周囲を窺い始めた。
まさかと思って見ていると、
スッと腰を落としてそのパンを拾い上げ、服の内側に抱え込むと足早に立ち去って行った。
拾い食いかよ。
俺は我がことのように猛烈に恥ずかしくなった。
歩行者用の信号が青になり、後を追う。
説教だな。さすがにこれは。

角を曲がってもその姿は見えない。逃げ脚早過ぎだろう。
師匠の家に向かいながら、最近金欠気味のようだったことを思い出す。
師匠は継続してバイトをしている形跡がなく、
大学の掲示板に張り出される、単発のバイト募集を眺めているところを何度か目撃している。
いつもお金に窮していて、たかられることが多々あったが、
かと思うと急に羽振りが良くなり、変なものを買い込んだりしては散財し、
またキュウキュウになって家でぐったりしている、といった具合だ。
傍から見ていると実に面白いのだが、たかられるのは迷惑だった。


882 :依頼 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/06(土) 23:32:19 ID:+FnIW24p0
師匠の家に着くと、僕は乱暴にノックをする。応答があったので、挨拶をして上がり込む。
僕はすぐにその部屋の中を観察したが、パンの袋は見当たらない。
「今、パンを拾いましたね」
明らかに狼狽した。
「拾ってない」
「見ましたよ。もう食べたんですか」
「拾ってないよ」
続けて詰問したが、頑としてその事実を認めなかった。僕はやがて根負けする。
「分かりました。もういいですよ、どうでも」
「落ちてるものを拾って食べるほど落ちぶれてないよ。失礼極まりないなお前は。しかも賞味期限切れのものを」
いいです。僕が悪かったです。
妙に引っ掛かるものがあったが、これ以上不毛な会話をするつもりもなかった。
かと言って有毛な会話も特になく、顔も見たことだし、帰ろうかと腰を浮かした。
すると師匠は、「なにか食べるものを買ってこい」とのたまう。
「そうだ。昼飯食ってないだろ。手料理を食わしてやるから、材料を買ってきなさい」
言い方を変えたが、ようするにたかる気だ。溜息をついて外に出た。そして近くのスーパーに向かう。

指示されたものを買い込んで、肌寒さの増した住宅街を歩いていると、
すっかりの彼女のペースにはまっている自分に気づく。
そして、それを案外心地よく感じていることも。


883 :依頼 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/06(土) 23:35:31 ID:+FnIW24p0
「帰りました」
ドアを開けて、ピニール袋を足元に置く。
ちょうど師匠が家の電話を切るところだった。
「予定変更だ」
「え?」
「飯のタネが発生した」
言いながら、師匠は身支度を整え始める。
「そう言えば、お前はまだ連れて行ったことなかったな」
「なにかのバイトですか」
「バイトと言えばバイトだな。面白いぞ。一緒に来いよ」
料理の材料を冷蔵庫に放り込み、連れだって外に出た。
軽四に乗り込もうとして、「あ、ガソリンやばいんだった」と止まり、
「自転車で行こう」と言うので、師匠の自転車に二人乗りで目的地に向かう。
もちろん、ペダルをこぐのは僕だ。
どこに行くのかを訊いても、「いいところ」とはぐらかされる。
僕は師匠の指がさす方向へハンドルを向けるだけだ。

やがて自転車は、市内の中心街から少し離れた一角へ入り込む。
新旧の雑居ビルが立ち並ぶ中を進んでいると、「ここだ」と肩が叩かれる。
そこは三階建ての薄汚れたビルで、一階には喫茶店が入口を構えている。
そこに入るのかと思っていると、師匠はその入口の横にある階段を上り始めた。
思わず上の階を見上げると、二階に消費者金融の看板が掛っている。
二の足を踏んだ。
なんなんだ。もしかして、僕に借りさせる気じゃないだろうな、と思って疑心暗鬼にとらわれる。
しかし、あの人だけはなにがあってもおかしくない。
どきどきしながら、狭く薄暗い階段を後に続いて上りはじめる。
師匠の背中を見上げると、二階のドアを通り過ぎて、さらに上の階へ伸びる階段へ足を掛けるところだった。
三階?何の店が入っていたか思い出そうとする。が、ビルの外観の中でもほとんど印象に残っていない。


885 :依頼 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/06(土) 23:39:03 ID:+FnIW24p0
階段を上りきると、師匠がドアの前で待っていた。
親指を立てて、そのドアに書かれている文字を指し示している。
『小川調査事務所』
そう読めた。控え目な字体と大きさだった。
「こんちわー」
師匠はノックのあと、ノブを捻ってドアを開け放った。
瞬間、コーヒーの匂いが鼻腔に漂う。
殺風景な室内は、デスクがいくつかと、色とりどりのファイルが押し込まれているスチール棚が奥に見えた。
それから、入口やデスクのそばに鉢植えの観葉植物。
一番奥のデスクに組んだ足を乗せて書類をめくっていた男性が、「おお」と声を上げる。
ここにいるのはその人だけのようだ。
「依頼人は?」
師匠が近づいていく。
「まだだ。最近顔を見せなかったな」
男性は書類をデスクに放り投げ、椅子から立ち上がる。
「仕事もないのに、こんなところに来るかよ」
「冷たいな、そう言うなよ……コーヒー飲むか」
コーヒーメーカーのそばに向かいながら、男性は僕の方を見た。
「キミは誰?」
というか、あなたが誰ですか。
ここはもしかして、興信所というやつだろうか。よく分からない展開だ。
「助手だ。邪魔はしない」と師匠。
「へえ。コンビを変えたのか、夏雄から」
男性はコーヒーを僕の前に差し出す。
「キミも、見えるわけか」


886 :依頼 ◆oJUBn2VTGE:2009/06/06(土) 23:41:16 ID:+FnIW24p0
眼鏡の奥の目が、値踏みするように細められた。
「見えるよ。それは保証する」
勝手に師匠に保証されても困るが、どうやら霊感のことを言っているらしいのは分かった。

それぞれが手に持ったコーヒーのカップが空になる間、僕は一応の説明を受けた。
目の前の男性は小川調査事務所の所長、小川さん。たった一人の所員でもある。
「見ての通りの零細興信所だ。下請けの下請けみたいな仕事ばかり回ってくる、社会のゴミ溜め」
とは小川さん本人の談。
この小川さんは、師匠と浅からぬ関係にあると推測される、黒谷という僕と同じ大学の先輩と、親戚関係にあるらしい。
その黒谷が、小川調査事務所に持ち込まれた仕事の中でも、荒事関係のものを時々手伝わされていたらしいのだが、
ある時から、黒谷に紹介された師匠が、そのバイトに加わるようになったのだそうだ。
「荒事に?」
そう訊くと、二人とも笑っていた。
「オバケだよ」
小川さんがカップを近くのデスクに置いて、ハンカチで口の周りを拭いた。
興信所の仕事は、おもに信用調査。法人の財産や運営実態を調べたり、個人の素行調査や浮気調査。
それから、警察には見つけられない人捜し。
僕の貧困なイメージでは、結婚相手やその親類のことを近所に聞き込んで回る、コート姿の男性が一番に浮かんでくる。







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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