107『ビデオ 後編』3/3

師匠シリーズ。
「『ビデオ 後編』2/3」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ8【友人・知人】

114 :ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 22:03:50 ID:vbLvaS0Q0
メチメチメチという、生理的な嫌悪感を煽り立てる音に。
やがてドアの下の隙間から、何か赤黒いものが見えてくる。
爪も皮も剥げた、十本の薄く延ばされた棒のようなものが。
ドアスコープは暗いままだ。
誰かの目がそこにあるままで、ドアの下からは手の残骸のようなものが捻じ込まれようとしていた。
同時にカタリと、ドアの真ん中に取り付けられている郵便受けが動いた。
セミが鳴いている。
頭の中に記憶が蘇る。いつかの降霊実験の記憶が。俺は見たぞ。これを。
この後、郵便受けが開いて、その隙間からなにかがでてこようと……
それからどうなった?早く思い出さないといけない。隙間からでてくるまえに。脳がうまく働かない。
そうだ。誰かが助けてくれた。あれは誰だ?
セミが鳴いている。
思い出した。
その人はもういない。
俺は助からない。
そう思うと力が抜けた。魂が抜け出るように膝から崩れ落ちた。
それでも身体を反転させて、這った。這おうとした。
夢の中にいるように全く進まない。後ろから肉の音がする。
少しでも遠ざかろうと、それでも這った。
台所を抜けた。開いた室内ドアの段差を越えて、部屋の中まで逃げ込んだ。
後ろは振り返れない。
時間の流れが分からない。十分以上経った気もするし、一時間以上経ったような気もする。
冷たい汗が顔を覆って、床にしたたり落ちる。


115 :ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 22:06:07 ID:vbLvaS0Q0
そしてある瞬間に、蝋燭の火が消えた。
現実に存在しているわけではない、どこかよく分からない場所にある蝋燭が消えた。
とたんに身体が動き、俺は窓ガラスにかきついた。
もたつきながらカギを開け、ベランダに出る。
そして手すりを乗り越え、雨どいにしがみ付いて下に降りた。嫌な汗をかいた身体に風が冷たい。
腕を擦りむいたが気にしていられない。
一階の各部屋のカーテン越しに漏れる明かりをたよりにアパートの外側を駆け、駐輪場までたどり着く。
なにもいない。
倒れている自分の自転車を引き起こすと、すぐさま乗って後も見ずに走り出す。
無我夢中でペダルをこぎながらどこに向かうべきか考える。
一つしかなかった。

やがて師匠の家に着く。
ドアをノックする。
「開いているよ」「知ってます」
散らかったアパートの部屋に転がり込む。
息を整えると、ようやく少し落ち着いてくる。
「おい、やっちまったよ」
師匠が落胆した表情で、狼狽する俺にもたれかかるような視線を向けてくる。
その指の先にはビデオデッキがある。
「今日の金曜ロードショー、アレだったからさ。ビデオに採ろうと思って。それで、やっちまった」
俺はついさっきまでの恐怖心を消化するためのブツケ先も分からないままに、「なにをです」と聞いてしまった。
「だから、ビデオに録ろうと思って、ダビングを」
「はあ?」
声が上ずった。
「例の、五万円に」


118 :ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 22:16:06 ID:vbLvaS0Q0
唖然とした。
「いや、今日あるって知らなくてさ。
 慌ててCM中に、ソッコーでその辺のビデオつっこんで録画したんだけど……やっちまったよ」
そんなことを言いながら力なく笑う師匠を前に、俺は恐怖心も吹っ飛んでいた。
時計を見ると、十一時を大きく過ぎている。
師匠がデッキに手を伸ばし、少し巻き戻したあと再生ボタンを押すと、
銭形警部が「ルパンめ、まんまと盗みおって」という、聞いているこっちが恥ずかしくなるような前フリを、
クラリス姫にパスするところだった。
そのままエンディングを迎え、ノスタルジーを感じさせる曲が流れて幕が下りる。そして砂嵐。
その砂嵐も、すぐにガツンという音とともに終わった。
「三倍モードにするのも忘れてたんだ」
泣きそうな声色をしながら、師匠は「五万が……」と呟いた。
俺は蝋燭が消えたように感じたあの瞬間の正体が分かり、力が抜けた。今度は心地よい脱力だった。
こんなことで良かったんだ。
次から次へと笑いがこみ上げてきた。俺は手がかりを求めて、現地の駅まで行ったというのに。
師匠が恨みがましい目でこっちを見ている。
間抜けにもほどがある。
「あまりにも散らかしてるからですよ」と、偉そうに注意する。
「しかも今さらカリ城ですか。散々見てるでしょう。セリフを覚えてるくらい」
言いながらハッとする。
そうだ。


119 :ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 22:18:30 ID:vbLvaS0Q0
師匠は何故か『カリオストロの城』が好きで、場面場面の細部まで覚えていた。
自力で、冒頭の札びらシャワーの車の後部座席に、五右衛門が乗っていることに気づいたというくらいなのだから、
かなり凄い。
その師匠が、今さらダビングを?
俺はもう一度師匠の顔を伺った。冷静に観察すると、落ち込んでいるというより憔悴し切っているように見える。
力なく笑うその顔が、やけに遠く感じたられた。

それから、俺の部屋で起こった出来事を説明すると、師匠は興奮して車に飛び乗った。
俺も無理やり連れられてアパートに戻ると、ドアの外も部屋の中も、まるで何ごともなかったような様子だった。
這いつくばってドアの下を見るが、何かが擦れたような跡すら残っていなかった。
「触媒だったというわけだ。ビデオが」
そう言って師匠は腕組みをした。
幻覚だとあっさり片付けられなかったことが妙に嬉しかった。

結局、ビデオにまつわる事件はそれで終わりだった。
なんだかあっけない気もしたが、
駅に勤める多くの人の口をつぐませながら、何十年も続いている奇怪な出来事が、
その全貌を現すなんてことは、そうそうあってはならないものなのだろう。
なにより、俺はもうこれ以上首を突っ込みたくなかった。
何故なら、ビデオに残された情報が消えてしまうことで、
沿線から遠く離れたこの街に、あの恐ろしいものが影響力を及ぼす理由が無くなったというだけのことであり、
現実にはなにも解決していないのだから。
それはこれからも起こるのだろう。
俺の知らない街の、知らない駅で、明日にも……


123 :ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 22:22:26 ID:vbLvaS0Q0
次のバイトの日。北村さんに「サトウイチロウどうだった」と聞かれたが、生返事をしただけではぐらかした。
「吉田さんは元気でしたけど、暇そうにしてましたよ」と言うと、
「そうかぁ。ボクも今度会いに行こうかな」なんて、懐かしそうに眼鏡をずり上げていた。

その数日後に会った時、師匠はこう言った。
「仮定の話だ。真相は分かりっこないからね。そう思って聞いてくれ。
 ……サトウイチロウが出没したのは、特急列車が通過した時ばかりだったな」
特急列車に飛び込み自殺があると、
清掃や車体の破損チェックのあと、運行再開までの時間が長くなった時には、
影響を受けた乗客に対し、特急料金の払い戻しをするケースもあるそうだ。
その払い戻しの額次第では、残された遺族に対して損害賠償請求が行われても、
とても払えないような、莫大な数字が上がってくることがあるのだとか。
確かにそんなことを聞いたことがある気がする。
実際にそういう払える見込みのない訴えがあるのかどうかはともかくとして、
そんな可能性があると、一般人に思われていることが重要なのだ。
その通念は、官報に載った行旅死亡人の引き受け人探しにも暗い影を落とす。
たとえ、本人に身寄りがあり、遺族がその情報に気づいたとしても、そうした通念がイメージがある限り、
おいそれとは手を上げられなくなってしまう。
そして引き取り手も現れないまま、ひっそりと忘れ去られるように消えて行く死者たち。
そんな忘れ去られて行く者の残した思いが、まるで再現するように奇怪な事故を繰り返すのではないか。
「今度こそ、家族が名乗り出てくれる。そう思ってね」
師匠のその言葉に、俺はしかし釈然としなかった。
「だったらなんで、呪いなんて掛けるんです」
「知らない」


124 :ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 22:25:57 ID:vbLvaS0Q0
あっさりとさじを投げた師匠に拍子抜けして、溜息をつく。
「死んでみなければ、分からないことがあるってことだ。
 まあ、良かったじゃないか。
 同じように『見てしまった』ビデオの中の彼らは、想像するだに恐ろしい運命を辿ったかも知れないのに、
 僕らは無事だったんだから。
 これも日ごろの行いの賜物だ」
師匠は冗談めかして言う。
「もっとも、死体に触れていたら、こんなものでは済まなかっただろうけど」
日ごろの行いがどう転んだのだか知らないが、そう言えば呪いの矛先は俺にばかり向いていた。
一緒にビデオを見たはずの師匠に、何ごとも起こらなかったのは何故なのか。
それから、ビデオについて警告してきたということは、
同じく中身を見ていたはずの黒谷という師匠の知り合いもまるで平然としていた。
納得がいかない。
ぶつぶつと言うと師匠は鼻で笑い、「僕と、あのオッサンは手ごわいからな」と言い放った。
「どっちが、より手ごわいんですか」と聞いてやると、平然と自分を指差している。
しかし少なくとも、スタンスの違いはあるらしい。

後日、師匠の部屋でごろごろしている時に、それに気づいた。
師匠が近くのコンビニへ買出しに行っている間、何気なく棚の上を眺めていると、一枚の便箋を見つけたのだ。
それはボールペンで書かれていて、中には何度か訂正した跡があり、清書前の下書きのようだった。
あのビデオを、片方は供養もせずに売り飛ばした。
そしてもう片方は、いろいろやってみるだけの好奇心というのか、興味というのか、そういうものがあるようだった。
便箋はこういう書き出しで始まる。


127 :ビデオ 後編 ラスト ◆oJUBn2VTGE:2009/02/22(日) 22:29:25 ID:vbLvaS0Q0

前略(という文字を消した跡がある)

突然のお手紙、申し訳ありません。私は五年前にそちらで弔っていただいた行旅死亡人の家族です。
こちらの名前と居所はどうかご容赦ください。
私はつい先日その事実を知り、電車を乗り継いですぐにもそちらへ伺おうと考えました。
ですが、五年も経っていること、そして荼毘に付していただき、今は安らかに眠っているだろうことを思うと、
その故人を起こしてまでこちらで引き取るということが、良いことなのか分からなくなりました。
悩んだ末に、筆だけを取らせていただきます。
身勝手なお願いで心苦しいばかりですが、故人をどうかそのまま眠らせてあげてください。
遺品も、出来れば遺骨と一緒に弔っていただければ幸いです。
私は会いには行くことは出来ませんが、遠くから心よりの冥福を祈っております。
本来ならば拝眉のうえご挨拶を申し上げるところ、略儀ながら書中をもってお礼とお詫びを申し上げます。
草々(消した跡) 
某年某月某日

なにか消した跡

前原町長様







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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