095『怪物 「結」下』2/4

師匠シリーズ。
「『怪物 「結」下』1/4」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ4【友人・知人】

334 :怪物   ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 22:53:57 ID:ScuN9+/G0
ツー、ツー、という音が右耳にリフレインする。
私は最後に言おうとしていた。電話を切られる前に急いで言おうとしていた。
そのことに愕然とする。
いっしょにきて。
そう言おうとしていたのだ。
頼るもののないこの夜の闇の中を、共に歩く誰かの肩が欲しかった。
受話器をフックに戻し、電話ボックスを出る。
少し離れた所にある街灯が瞬きをし始める。消えかけているのか。私は自転車のハンドルを握る。
行こう。一人でも、夢の続きを知るために。

自転車は加速する。耳の形に沿って風がくるくると回り、複雑な音の中に私を閉じ込める。
振り向いても電話ボックスはもう見えなくなった。
離れて行くに従って、さっきの電話が本当にあった出来事なのか分からなくなる。

何度目かの角を曲がりしばらく進むと、道路の真ん中になにかが置かれていることに気がついた。
速度を緩めて目を凝らすと、それはコーンだった。
工事現場によくある、あの円錐形をしたもの。パイロン、というのだったか。
道路の両側には、民家のコンクリート塀が並んでいる。ずっと遠くまで。
アスファルトの上に、ただ場違いに派手な黄色と黒のコーンがひとつ、ぽつんと置かれているだけだ。
当然、向こうには工事の痕跡すらない。誰かのイタズラだろうか。
その横をすり抜けて、さらに進む。

500メートルほど行くと、また道路の真ん中に三角のシルエットが現れた。またコーンだ。
避けて突っ切ると、今度は10秒ほどで次のコーンが出現する。通り過ぎると、またすぐに次のコーンが……
それは奇妙な光景だった。


337 :怪物   ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 22:57:27 ID:ScuN9+/G0
人影もなく、誰も通らない深夜の住宅街に、何らかの危険があることを示す物が整然と並んでいるのだ。
だが、行けども行けどもなにもない。ただコーンだけが道に無造作に置かれている。
段々と薄気味悪くなって来た。あまり考えないようにして、ホイールの回転だけに意識を集中しようとする。
だが、その背の高いシルエットを見たときには、心構えがなかった分、全身に衝撃が走った。
今度はコーンではない。細くて長く、頭の部分が丸い。
道でよく見るものだが、それが真夜中の道路の真ん中にある光景は、まるでこの世のものではないような違和感があった。
『進入禁止』を表す道路標識が、そのコンクリートの土台ごと引っこ抜かれて、道路の上に置かれているのだ。
周囲を見回しても、元あったと思しき穴は見つからない。いったい誰が、そしてどこから運んで来たというのか。
ゾクゾクする肩を押さえながら、『進入禁止』されているその向こう側へ通り抜ける。
これもポルターガイスト現象なのか?
しかし、これまでに起きた怪現象たちとは、明らかにその性質が異なっている気がする。
石の雨や電信柱や並木が引き抜かれた事件、中身をぶちまけられる本棚やビルの奇妙な停電などは、
“意図”のようなものを感じさせない、ある意味、純粋なイタズラのような印象を受けたが、
この道に置かれたコーンや道路標識は、その統一された意味といい、執拗さといい、
何者かの“意図”がほの見えるのである。
く・る・な
その3音を、私は頭の中で再生する。
ポルターガイスト現象の現れ方が変わった。それが何故なのか分からない。
現れ方が変わったと言うよりも、『ステージが上った』と言うべきなのか。
これでは、RSPK、反復性偶発性念力などという代物ではない。もっと恐ろしいなにか……
私は吐く息に力を込める。目は前方を強く見据える。怖気づいてはいけない。

ビュンビュンと景色は過ぎ去り、放課後に訪れたオレンジの円の中心地である住宅街へ到着する。
結局、道路標識はあれ以降出現しなかった。言わば最後の警告だった訳か。


340 :怪物   ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 23:01:58 ID:ScuN9+/G0
私は夜空を仰ぎ、月の光に照らされたビルの影を探す。
この街で一番高い影だ。
そして、月がそのビルに半分隠れるような視点を求めて、息を殺しながら自転車をゆっくりと進める。
動くものは誰もいない。ほとんどの家が寝静まって、明かりも漏れていない。
様々な形の屋根が黒々とした威容を四方に広げている。

やがて私は、背の低い垣根の前に行き着いた。街にぽっかりと開いた穴のような空間。
向こうには銀色の街灯が見える。遮蔽物のない場所を選んで通るのか、風が強くなった気がする。
公園だ。
私は胸の中に渦巻き始めた言いようのない予感とともに、
自転車を入り口にとめ、スタンドを下ろしてから、公園の中に足を踏み入れた。
靴を柔らかく押し返す土の感触。銀色の光に暗く浮かび上がる遊具たち。
見上げても月はビルに隠れていない。ここではない。
けれど今、私の視線の先には、街灯の下に立つ二つの人影があるのだ。
ごくりと口の中のわずかな水分を飲み込む。
人影たちも近づいて行く私に明らかに気づいていた。
こちらを見つめている複数の視線を確かに感じる。
風が耳元に唸りを上げて通り過ぎた。
「また来たよ」
影の一つが口を開いた。
「どうなってるんだ」
ようやくその姿形が見えて来た。眼鏡を掛けた男だ。白いシャツにスラックス。
ネクタイこそしていないが、サラリーマンのような風貌だった。
神経質そうなその顔は、30歳くらいだろうか。
「こんな時間に、こんな場所に来るんだから、私たちと同じなんでしょうね」
声は若いが、外見は50過ぎのおばさんだった。
地味なカーキ色の上着に、スカート。小太りの体型は、不思議と私の心を和ませた。
「あの、あなたたちは、なにを……」
そこまで言って言葉に詰まる。


342 :怪物   ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 23:05:41 ID:ScuN9+/G0
「だから、言ってるでしょ。同じだって。あんたも見たんだろ、アノ夢を」
真横から聞こえたその声に驚いて、顔をそちらに向ける。
小さな鉄柵の向こうにブランコがひとつだけあり、そこにもう一人の人物が腰掛けていた。
キィキィと鎖を軋ませながら、足で身体を前後に揺すっている。
「あんた、高校生?」
馬鹿にしたような言葉がその口から発せられる。
目深にキャップを被っているが、若い女性であることは声と服装で分かる。
太腿が出たホットパンツにTシャツという涼しげな格好。あまり上品なようには見えない。
「ま、ここまでたどり着いたってことは、タダモノじゃない訳だ」
意味深に笑う。
私の体内の血液が徐々に加熱されていく。
同じなのだ。この人たちは。私と。
彼らは街で起こった怪奇現象と母親殺しの夢の秘密を解いて、ここに集った人間たちなのだ。
得体の知れない不吉さと不安感に駆られて動き回った数日間が、絶対的に個人的な体験だったはずの数日間が、
並行する複数の人間の体験と重なっていたということに、歓喜と寒気と、そして昂揚を覚えていた。
「あなた、さっきの夢は、どこまで?」
おばさんがこちらを向いて聞いてきた。私はありのままに話す。
「やっぱり」
少し残念そう。
「みんな同じ所までで目が覚めてるのね」
「も、もういいよ。ここでいつまでも話してたって、しょうがないだろ」
眼鏡の男が手を広げて大げさに振った。
「でもねぇ、これ以上はどうやっても探せないのよね」
おばさんが頬に手のひらを当てる。
「あんな月とビルの位置だけじゃ、ある程度にしか場所を絞れないし、時間経っちゃったから、余計に分かんないのよね」
「こうしてたって、余計分かんなくなるだけじゃないか」
「そうよねえ。取り合えず、近くまで行けばなにか分かるんじゃないか、と思ったんだけど……」


345 :怪物   ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 23:09:57 ID:ScuN9+/G0
そんな言い合いを聞きながら、私の脳裏には、
先週の漢文の授業で先生が教えてくれた、『シップウにケイソウを知る』という言葉が浮かび上がっていた。
確か、強い風が吹いて初めて風に負けない強い草が見分けられるように、
世が乱れて初めて能力のある人間が頭角を現す、というような意味だったはずだ。
昼間には無数の人々が行き来するこの街で、
誰もかれも、自分たちのささやかな常識の中で呼吸をしながら暮らしている。
それが例え、日陰を選んで歩く犯罪者であったとしても。
けれど、そんな街でも、こうして夜になれば、
常識の殻を破り、この世のことわりの裏側をすり抜ける、奇妙な人間たちが蠢き出す。
普段はお互いに道ですれ違っても気づかない。それぞれがそれぞれの個人的な世界を生きている。
それが今はこうして同じ秘密を求めてここにいるのだ。
のっぺりとした匿名の仮面を外して。
私はそのことに言い知れない胸の高鳴りを覚えていた。
「4人もいたら、なにか良い知恵が浮かんできそうなものなのにね」
おばさんがため息をつく。
キャップ女が鼻で笑うように、「4人だって?5人だろ」と指をさした。
みんながそちらを見る。大きな銀杏の木がひとつだけ街灯のそばに立ってる。
その木の幹の裏に隠れるように、白い小さな顔がこちらを覗いていた。
私はそれが生きている人間に思えなくて、髪の毛が逆立つようなショックがあった。
けれどその顔が驚きの表情を浮かべ、恥ずかしそうに木の裏に隠れたのを見て、おや?と思う。
「え?あら。女の子?」
おばさんが甲高い声を上げる。
「お、おいおい。いつからいたんだ。全然気づかなかったぞ」と眼鏡の男が呟いて、額の汗をハンカチで拭う。
「ねぇ、あなた近所の子?こんな遅くに外に出て、だめじゃないの」
おばさんが優しい声で呼び掛けると、顔を半分だけ出した。10歳くらいだろうか。
「あら、この子、外人さんの子どもかしら」
言われて良く見ると、眼球が青く光っている。街灯の光の加減ではないようだ。


346 :怪物   ◆oJUBn2VTGE :2008/08/03(日) 23:13:44 ID:ScuN9+/G0
「帰った方がいい。ここは危ない」
眼鏡の男が早口でそう言い、近寄ろうとする。女の子はまた木の裏側に隠れた。
男が腕を前に伸ばしながら回り込もうとする。すると、その子はその動きに沿ってぐるぐると反対側に回る。
「あれ、なんだこいつ。なに逃げてんだよ、おい」
眼鏡の男が苛立った声を上げるのを、ブランコに揺られながらキャップ女がせせら笑う。
「あんたロリコン?」
「うるさい」
「ちょっと、やめなさいよ。怯えてるじゃないの」
おばさんが男をなだめる。
「大したものだな、この子。この歳で、あたしたちと同じモノ見てるんだよ」
キャップ女の口の端が上る。
そんなバカな。こんな小さな子どもが私と同じことを考えて、ここまでやって来たというのだろうか。
そう思ったとき、私の耳がある異変をとらえた。
「し」と誰かが短く言う。
息を呑む私たちの耳に、鳥の鳴き声のようなものが聞こえて来た。
ギャアギャアギャア……
カラスだ。
私はとっさにそう思った。公園の中じゃない。
全員が身構える。
鳴き声は次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
ブランコが錆びた音を立てて、キャップ女が降りて来る。
「なんて言ったと思う?」
誰にともなく、そう問い掛ける。
「警戒せよ、だ」
彼女は私の顔を見てそう言った。なぜかデジャヴのようなものを感じた。
足音を殺して、全員が公園の出口に向かう。行動に転じるのが早い。躊躇わない。




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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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