088『怪物 「転」』3/4

師匠シリーズ。
「『怪物 「転」』2/4」の続き
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ4【友人・知人】

41 :怪物   ◆oJUBn2VTGE :2008/07/21(月) 01:16:25 ID:qlom6ToI0
私は明け方の夢の中で、母親を殺した。
昨日の夢と同じだ。

夢の中で私は足音を聞く。そして玄関に向かい、背伸びをしてドアのチェーンを外す。
顔を出した母親の首筋に刃物を走らせる。
胸には憎しみと悲しみに似た感情が混ざりあって渦巻いている。
血を間欠泉のように噴き出して崩れ落ちる母親を見ながら、
私は自分自身の吐く息を、どこか遠くから吹く隙間風のように無関心に聞いている……

「しまった」
ベッドの上で、搾り出すように言った。
ただの夢ではないのは明らかだ。
まったく同じ夢。
これ自体が怪現象の一部なのだ。あるいはその本体に近いなにか。
そもそも、私がこの街に起こりつつある異変にはっきり気づいたのがこの夢からだった。
怖い夢を見たという記憶だけあるのに、その中身を思い出せない。
そんな人間が恐らくこの街のいたる所にいたはずだ。私もその一人だった。
その夢が朝の光の中に残るようになった。その意味をもっと真剣に考えるべきだった。
クラス中で囁かれる奇妙な噂話に気を逸らされて、誰にも夢の話を聞いていない。
まさにその夢を忘れなかった朝から、まるで手のひらを返したように怪異が街に噴き出し始めたというのに。
最短でこの怪現象の正体に迫る方法を私は見過ごしてしまっていた。
このロスが致命的なものにならないことを祈るしかない。
「クソッ」
昨日から数えて何度目かの悪態を枕にぶつける。
致命的?
その無意識に浮かんだ言葉に、私は思わずゾクリとする。
直感が、この街になにか恐ろしいことが起ころうとしていることを告げているのか。


44 :怪物   ◆oJUBn2VTGE :2008/07/21(月) 01:19:27 ID:qlom6ToI0
バシン、と両手で頬を張る。
パジャマを脱ぎ、急いで服を着る。するすると皮膚の上を走る布の感触。
頭は今日するべきことを冷静に考えている。
制服に着替え終えるとドアを出て、まず妹の部屋に向かった。

「入るぞ」
妹はベッドに腰掛けたままで、もぞもぞとパジャマを脱ごうとしている最中だった。
「な、なに」
警戒する様子にも構わず、前に立って見下ろす。
「夢を見たか」
「はあ?夢?見てない」
たぶん。と付け加えた妹は、訝しげに私の目を見る。
「最近母親がやたらムカつかないか」と聞いてみたが、「別に」との答え。
OK。嘘をついている様子はない。
さっさと部屋を出る。
つまり、受け取る側にも強弱があるのだ。受信アンテナの性能とでもいうのか。
波長が合ってしまった人間だけが、強制的にある感情を植えつけられている。
階段を降り、リビングに向かう。

台所では、母親が冷蔵庫から牛乳を取り出している。
「おはよう」
「おはよう」
自然な挨拶が交わされる。
大丈夫だ。母親を憎む気持ちは収まっている。少なくとも、殺してしまうような角度にメーターはない。
無事にパンと牛乳の朝食を終え、急いで家を出る。
昨日の工事の音は、今朝は聞こえない。
今日も暑くなりそうな陽射しの強さだ。
歩きながら朝刊の記事のことを考える。
『UFOか?市内で目撃相次ぐ』
そんな見出しに、潰れたような写りの悪い写真が添えられていた。


46 :怪物   ◆oJUBn2VTGE :2008/07/21(月) 01:21:29 ID:qlom6ToI0
昨日の午後6時過ぎ、北の空に謎の発光現象が起こるのを、多くの人が観測したという内容だった。
私が図書館にいた時間帯か。見たかったな。
けれどこんな事件にはもうあまり価値はない。
ばら撒かれるピースに顔を寄せて覗き込んでもなにも見えてこない。
私は昨日得た強引な仮説に基づいて、この怪現象の全体像を捉えようとしているのだから。

学校に着いた。
校門の内側で人だかりが出来ている。
近寄ると、校内の地面に20センチほどの深さの凹んだ跡があった。
その周囲1メートル四方に、まるで巨大なハンマーで力任せに叩いたようなヒビが入っている。
昨日まではなかった。夜の間にこうなっていたらしい。
教師たちに追い払われ、みんなヒソヒソと口を寄せながら、昇降口に吸い込まれていく。
不思議だが、これもただのノイズのようなものだ。実体ではない。捉われてはいけない。

教室に入ると、いつにも増して妙にざわついた雰囲気が辺りを覆っている。
朝礼で担任の教師が生徒に向かって、「浮わついているようだから、気を引き締めるように」という、
まったく具体性のない説教を自信なさげに口にした。
先生自身、なにをどう注意すればいいのか分からないのだろう。

1時間目の授業は生物だった。内容に全然集中できない。
『今日は金曜日か』
休日よりも平日の方が情報収集には向いている。今日一日でどれだけ情報を集められるかが勝負だ。

1時間目が終わり、休み時間に入る。
さっそく今朝の校門のそばの凹んだ地面についての噂話が始まる中を、
強引に割り込むようにして私は次々と質問をしていった。
「怖い夢を見なかったか」と。
誰も戸惑いながら、顔を強張らせて答える。
多くは「見てない」という答えだったが、ぽつりぽつりと「見た」という返事も混ざっていた。


47 :怪物   ◆oJUBn2VTGE :2008/07/21(月) 01:23:02 ID:qlom6ToI0
普段クラスメートとは距離を置いている私が、ズカズカとプライベートに踏み込んで来るのを不快そうにする連中から、
それでもなんとか重要な部分を聞き出す。
「見たよ。お母さんを殺しちゃう夢」
そんな答えをした子が複数いた。
やっぱりだ。みんな同じ夢を見ている。
細部まで同じ。ドアのチェーンを外して、迎え入れた母親に刃物で切りつける夢だ。
私は昨日今日と繰り返された夢の中で、現実と異なる場面が2度も続いたことが引っ掛かっていた。
私の家の玄関のドアにはチェーンなんかないのに。
そして、背伸びをしてそのチェーンに手を伸ばしたこと。これは明らかにおかしい。
170センチを超える私が、背伸びしなくてはいけないなんてことはないはずだ。
子どものころに植えつけられた記憶でもない。ずっとあの家に住んでいるのだから。
だから、あの背伸びをしてチェーンを外す感覚は私の中ではなく、どこか外側からやって来たものなのだ。
そう。例えば、母親を憎み殺したがっている子どもの意識が、あるいはそのために見ている母親殺しの夢が、
その子の小さな頭蓋骨から漏れ出て、夜の闇を彷徨い、侵食し、融解し、
私たちの夢の中へと混線するように入り込んで来るのだ。
それは夜毎に、私たちの深層意識へ吐き気のするような暗い感情を、ひたひたひたひたと刷り込んでいく。
私は教室の真ん中で肘を抱えて動けなくなった。
怖い。誰かこの震えを止めてくれ。
クラスメートたちの視線が容赦なく突き刺さる。
変なヤツだろう。私もそう思う。
しばらく固まったまま呼吸を整える。
恐怖心が霧のように散っていくのを待つ。


50 :怪物   ◆oJUBn2VTGE :2008/07/21(月) 01:26:44 ID:qlom6ToI0
よし。
まだ頑張れる。
そして歩き出す。

その日の昼休み。私は自分の席にノートを広げ、これまでに集めた情報を整理していた。
まず、聞いて回った『怖い夢』について。
分かったことは、みんなかなり以前から『怖い夢を見ている』という、漠然とした記憶があったこと。
そして昨日、つまり木曜日の朝。私のように、初めてその夢の内容を覚えていたという子が何人かいる。
その夢は母親を殺す夢。
覚えている鮮明さに差はあっても、ほぼ同じ内容の夢であることは間違いない。
つまり、現実の玄関のドアにチェーンがある子もない子も一様に、夢の中では玄関にチェーンがあり、
それを外して母親を迎え入れている。
母親の顔は、それぞれの母親のものだ。
けれど、間違いなく自分の母親の顔だったかと問われると、みんな口ごもる。
それは、“母親”というイメージそのものを知覚し、朝起きてからそれを思い出そうとしたときに、
自分の中の母親の視覚情報を当てはめて、記憶の中で再構築が行われている、ということなのかも知れない。
私も夢の中でドアを開けて入って来る母親の顔に、いや、その表情に違和感を感じている。
本物そっくりだけれど、輪郭の定まらない仮面を着けているような違和感。
『違和感』とノートに書こうとして、漢字が分からず直しているうちにグシャグシャにしてしまい、目玉をつけて毛虫にした。
みんな母親を殺す夢を見たことを周囲に話していない。
確かに、他人に話しても気分の良いものではないだろう。
だからお互いが同じ夢を見ていることをまだ知らない。
どうする?注意を喚起するべきか。
それはすぐに却下する。意味がない。
せめてこれから何が起こるのか、あるいは何も起こらないのか、分かってからだ。


51 :怪物   ◆oJUBn2VTGE :2008/07/21(月) 01:29:45 ID:qlom6ToI0
もう一つ重要なことがある。
『怖い夢』を見ていたという漠然とした認識があった子もいれば、そんな認識がない子もいる。
そして認識があった子の中でも、
昨日の木曜日から夢を覚えている子もいれば、今朝初めて覚えていたという子もいるし、
そしてまだ『なんか怖い夢を見たけど忘れちゃった』という子もいるのだ。
この個人差が、あるいは霊感と呼ばれるものの差なのかも知れない。
けれど、何故か単純にそう思えないのだ。その“霊感”が影響しているのも間違いないだろう。
でも、ここにはなにか別の要素があるように思えてならない。
私は鞄から、折り畳んで突っ込んでおいた市内の地図を取り出す。
そして、一昨日から起こっている様々な怪現象の出現ポイントを、地図上にオレンジ色のマーカーで落としていく。
昨日一日にも色々と起こっていたらしい。
これまでの休み時間に恥も外聞もなく掻き集めた情報だけでも、かなりの数の異変が確認できる。
風もない緑道公園の上空を、大きな毛布がふわふわとゆっくり飛んでいたかと思うと、
急に落下して川に落ちたという事件。
資格試験のための予備校で、講師のマイクが原因不明の唸り声を拾ってしまい、授業にならなかったという事件。
住宅街の電信柱が誰も気づかない内に引き抜かれ、その場でコンクリート塀に立てかけられていたという事件。
こんな奇妙な出来事が頻発しているというのだ。
なかにはただの思い違いや、誰かのイタズラが混じっているかも知れない。
でも、ひとつひとつに取材をして確認していく余裕はない。
私はとにかく、そうした情報があった場所を地図に書き入れ続けた。

「出来た」
顔をノートから離し、俯瞰して見る。
点在するオレンジ色。一見なんの法則もないように見えるそれを慎重に指で追う。
一番右端、つまり東の端にある点にシャーペンの芯を立て、その左斜め上にある点まで線を引く。
そのままスムーズに伸ばすと次の点がある。紙を滑るシャーペンの音。







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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