085『怪物 「承」』2/2

師匠シリーズ。
「『怪物 「承」』1/2」の続き
【シリーズ】連作怪談を語るスレ【作者・主題】

816 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 21:16:38 ID:lK8rj6z40
探ろうとしているのだ。次に起こることを。そして、どう備えるべきかを。
自嘲気味に笑った瞬間を、廊下の向こうから来た女子に見られ変な顔をされる。
見たことがある子だ。同じ1年生だろうか。また怖がられるな。
案外とウジウジしたことを考えている自分に気づき、軽く頬を張る。

その教室についた時、廊下側の窓際でお喋りをしている数人の女子がいた。
その中の一人に遠目から話しかける。
「石川さん、あいつ、今日来てる?」
その子はこちらをチラリと見て、人差し指を教室に向ける。
私は「ありがとう」と言って、教室のドアに手をかけた。
自分のクラスではないが、このところココへ来ることが増えつつある気がする。
教室の中は、どこにでもあるようなざわざわとした空気が満ちていたが、
明らかに異質な雰囲気が隅の方の一角から漂っている。
説明しがたいが、眼に見えない透明な泡がその辺りを覆っているような感じがする。
このクラスの連中は、みんなこれに気づいているのだろうか。
その泡の中心に、氷で出来たような笑みを表情に張り付かせた短い髪の女が座っている。
間崎京子という名前だ。
教室に入ってきた私に気づいたのか、周囲にいた数人の子に何事かを告げて席から離れさせたようだ。
取り巻きができつつあるというのは本当らしい。
この油断ならない女の、どこにそんな魅力があるのか分からない。
「聞きたいことがある。ちょっと出られるか」
なにか意地の悪い軽口でも出そうな気配だったが、意外にも彼女は頷いただけで立ち上がった。


817 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 21:19:18 ID:lK8rj6z40
そして、ドアに向かうため踵を返そうとした私の顔の近くで、「やっとデートに誘ってくれたわね」と言う。
やっぱり出た。
ムカッとしながら、それを無視してさっさと教室から出る。
私たちは非常口の外の階段まで歩いた。

風が首筋を吹き抜け、空から夏の陽射しが降り注いでくる。他に人はいない。
「で」
間崎京子は手すりに身を寄せて地面を見下ろした後、顔をこちらに向ける。
「知っていることを全部話せ」
「……唐突ね」
さして驚いた様子もなく、京子はニコリと笑う。
私はこの女と腹の探り合いをすることの面倒さを考慮して、こちらが知っていることをすべて並べ立てた。
本を買って調べた『ファフロツキーズ』のことまで。
彼女はそれを面白そうに聞きながら、ワザとらしい動きで顎を右手の親指と人差し指で挟む仕草をする。
「不思議ね」
「それだけか」
この何もかも見通しているような女が、街に起こりつつある異変を察知していないはずはない。
「不思議ね、と言うだけで満足する人たちのようにはなれないのね。あなたは」
まるで100点を取った子どもを褒めるような口調だった。
そうして京子は視線を逸らし、遠くの街並みに目を向ける。
つられて私も、初夏の陽射しを照り返して浮かび上がる建物の屋根に目を細める。
「たいしたことじゃないけど、『ファフロツキーズ』って、チャールズ・フォートの言い出した言葉じゃないわ。
 アイバン・T・サンダーソンの命名よ」


818 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 21:20:51 ID:lK8rj6z40
京子は街を見下ろしたまま淡々と言った。
「チャールズ・フォートこそ、『ファフロツキーズ』という言葉に振り回された人間だったのかも知れない。
 空から落ちてきた物を、すべて一つの概念にまとめようというのが、どれだけ無謀なことだったか、
 なんとなく分かるでしょう?」
前から思っていたが、こいつはなんでこんなに偉そうな物言いをするのだろう。
「あなたも一度、その『ファフロツキーズ』という言葉を捨てて、考えてみたらどうかしら」
その問いかけは単純な忠告なのか、それとも、この異変の正体を知った上で私に与えているヒントなのか。
私は京子の横顔を睨みつける。
「もうすぐチャイムが鳴るね」
京子は手すりから手を離し、私に向き合った。
「クイズ」
「は?」
「クイズを出すからよく聞いてね」
相変わらず唐突だ。思考を読めない。
「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何?」
「……人間」
「じゃあ、道行く人にその謎を出して、答えられなかった人を食べちゃう怪物は?」
「スフィンクス」
「さすがね。では、そのスフィンクスとキマイラとの共通点は?」
キマイラというのはあれか。ライオンの頭と山羊の身体を持つ怪物のはずだ。
片やライオンの胴体、片やライオンの頭部を持っている。それが共通点だろうか。
「じゃあ、それらとスキュラの共通点は?」
スキュラ?
とっさに姿が浮かばなかったが、なんとか記憶を掘り返すと、
どうやら、上半身が女で下半身が犬という、怪物だったような気がする。


824 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 21:25:21 ID:lK8rj6z40
スフィンクス、キマイラ、スキュラの共通点。なんだろう。少し考える。
「……身体が、2種類以上の生物で構成された化け物」
「なるほど。じゃあそこにケルベロスを加えると?」
ケルベロスは首が3つある地獄の門番だ。2種類以上の生物がくっついてはいなかった気がする。
「分からない?じゃあヒュドラも加えてみて」
ヒュドラはヤマタノオロチみたいなやつだったはずだ。ケルベロスのように首が複数ある。
でもスフィンクスやキマイラは首が複数ではない。スキュラは下半身の犬が何匹かに分かれていたようだが。
「分からないのね。じゃあこれが最後。オルトロスも加えて、すべての共通点を探してみてね」
チャイムが鳴った。
その音と同時に京子はスカートを翻し、手の平を振りながら立ち去ろうとした。
「待て。なにを知っている?」
掴もうとした手を京子は避けなかった。けれどその手は空を切る。
まただ。何故だか分からないが、この女には暴力的な力が通じない。
私の意識下に『それをしては負けだ』という、強迫観念が働いているのだろうか。
「クソッ」
苛立つ私を冷ややかな目で見つめ、京子は軽く会釈をしてから非常口を出て行った。
怪物たちの共通点だと?
次から次に宿題が増えていく。
がんっ
ドアを蹴る音が、思ったより大きく響いた。


827 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 21:27:52 ID:lK8rj6z40
その日の放課後、私は市内の図書館に足を運んだ。
始めは、どこかでおかしなことが起きてはいないかと街なかを散策していたが、
なにも起きるような気配はないし、そもそも目星もなく歩き回るのは無駄な労力だと思い至ったのだ。
かわりに、間崎京子が出した謎の答えを探りたかった。
答えを見つけたとしても、なんの意味もないのかも知れないが、
要は白旗をあっさりと揚げるにも、私のささやかな自尊心がそれを許してくれないのだった。

図書館に着くと、私は必要な資料を片っ端から書棚から引き抜いて来て、テーブル席に陣を張る。
まず私はオルトロスという怪物を調べた。こいつだけよく知らない名前だったからだ。
資料によると、オルトロスはケルベロスの弟で、首の二つある犬の姿をしているらしい。
兄は三つ首。弟は二つ首か。その下の弟がいれば、首は一つだろうかと考える。
首が一つの犬だとしたら、それではただの犬だな。
苦笑して図鑑を閉じる。
犬か。スキュラの下半身も犬だったな。
そう思いながら別の本を開く。
スキュラは上半身が女性で、下半身に6体の犬が生えている挿絵つきで説明されている。
近くにあったヒュドラについての図説も確認した後、ケルベロスの項を開く。
ケルベロスは3つ首の魔犬と紹介されているが、竜の尾を持っているとも書いてあった。
なんだ、ケルベロスも、2種類以上の生物で構成された、合成獣としての要素を持っているじゃないか。
いやしかし、ヒュドラにはそんな記述はない。
別の本を何冊か開いたが、やはりヒュドラは多頭の蛇という以外に、別の生物の要素を持ってはないようだ。
分からない。共通点はなんだ?


828 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 21:30:08 ID:lK8rj6z40
イライラして、机をトントンと指先で叩く。
向かいの席で参考書を所狭しと広げている学生が睨みつけてくる。
反射的に睨み返すと、学生は驚いた様子であっさりと目を逸らす。勝った。
少し気を良くして、スフィンクスに関する本の頁を開く。
ピラミッドのそばに鎮座している、王の顔にライオンの身体という見慣れた姿ではなく、
女性の顔と胸、そしてライオンの胴体に鷲の翼を生やした、怪物の挿絵が目に入った。
おや?と思って詳しく説明を読むが、ギリシャ神話に出てくるスフィンクスはこういうものらしい。
例の4本2本3本と移り変わる足の謎かけは、
このスフィンクスがオイディプスに対して問いかけた、というエピソードに基づくようだ。
なんとなく子どものころからのイメージで、
砂漠を旅する人に、あの石でできたスフィンクスが謎かけを挑んで来るように思っていたが、違ったらしい。
そう考えると、おぼろげながら共通点が見えた気がする。
スフィンクス、キマイラ、スキュラ、ヒュドラ、ケルベロス、オルトロスと、すべてギリシャ神話に登場することになるのだ。
だがそんな大雑把な共通点が分かったところで、焦点がぼけすぎてなにも見えてこない。
もう一度それぞれの説明を読み返す。
いくつか同じ固有名詞が出てきている。
同じ英雄に倒されたのかとも思ったが、ヘラクレスが3匹ほどやっつけているものの、あとは別の英雄の仕事だった。
しかし、すぐに別の固有名詞が、重複して出てくることに気づく。
『ケルベロスは、テュポーンとエキドナの子である』
『キマイラは、テュポンとエキドナの娘であり、ペガサスを駆るベレロポンに退治された』
……etc.
どれも巨人テュポンと、下半身が蛇の女の怪物エキドナが、作った子どもたちばかりなのだ。
スキュラをその両者の子とするのは異説のようだが、確かにそんな解説をする本もあった。
だが、スフィンクスの解説で手が止まる。


832 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 21:33:15 ID:lK8rj6z40
スフィンクスは、テュポンとエキドナの娘とする説もあるが、
エキドナが我が子オルトロスとの間に作った娘である、とする説の方が一般的なようだ。
私は本を閉じ、背中を反らせて、図書館の高い天井を見上げた。
そこから導き出される共通点は、こうだ。
『6体の怪物はすべて、エキドナから生まれた』
これが答えだろう、間崎京子。
紙をめくる乾いた音が周囲から響いている。
深いもやがかかっていた頭が、ほんの少しだけクリアになった気がする。
『共通点を探してみてね』と、あの時あいつは言った。
そして、その謎掛けの答えから、あの女のメッセージが浮かび上がってくる。
氷細工のような顔の口元がイメージの中で滑らかに動き、私をそれを読み取る。
『エキドナを探せ』
溜息をついた。なんて回りくどいんだ。
あの女に次会った時には、なんとかして殴ってみようと思った。

その時、静かだった館内にちょっとした騒ぎが起こった。
立ち上がって駆け寄ると、私がさっきまで本を漁ってた書棚から、大量の本が落下して床にぶちまけられている。
近くにいたらしいパーマ頭のおばさんが狼狽して、自分じゃないとしきりに訴えている。
係りの人間が飛んで来て、本を拾い始めた。
その人の「いい加減にしてくださいよ」という、誰にぶつけていいのか分からないようなうんざりした声を、私は確かに耳にした。







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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