082『怪物 「起」』2/2

師匠シリーズ。
「『怪物 「起」』1/2」の続き
【シリーズ】連作怪談を語るスレ【作者・主題】

659 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/06(日) 21:41:16 ID:JJl4aZ230
いつもはエンジンの掛かりが遅い私の頭が、今は急速に回転を始める。
思い出せ。どんな夢だった?
暗いイメージ。嫌な。嫌なイメージ。怖いイメージ。
テーブルに置いてあったノートを広げ、ペンを持つ。
コツ、コツ、コツ、と叩いてから、やがてガクリとその上に突っ伏す。
駄目だ。忘れてしまった。
やけに静かな朝だ。イライラする。リズムがない。リズムさえあれば思い出せたのに。
スズメだ。スズメはどうして鳴かないんだ。
いきなりドアをノックする音が聞こえた。
ドキッとする。するより早く、胸の中にサッと赤黒い暗幕が掛かった気がした。
「煩いな、いま起きるよ!」
自分でも思わぬ大きな声が出た。
その向こうでわずかに開いたドアから、母親の驚いた顔が覗いていた。

その日の朝ご飯どき、母親に乱暴な言葉遣いを説教されて一層不機嫌になった私は、
学校でも朝からムカムカして気分が悪かった。
こちらに話しかけたそうな高野志保の遠慮がちな視線にもイライラさせられた。

水曜日の2時間目は美術だ。さっそくエスケープした私は、人の来ない校舎裏に直行した。
煙草でも吸わないとやってられない。
深く息を吐いて、白い煙が青い空に溶けていくのを見ていると、ようやく気分が落ち着いてくる。
昨日から今朝にかけて起こったことを、一つ一つ順番に考えてみた。


661 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/06(日) 21:45:25 ID:JJl4aZ230
いや、始まりは昨日ではない。怖い夢を見たという漠然とした記憶は、かなり前から始まっていた。
この夏が始まるころ、いやあるいはもっと前から、緩やかにそれは私の日常を侵食し、
そして、この街の中に染み込んでいたのかも知れない。
誰にもその意味を気づかれないままに……
3本目の煙草を箱から出した時だった。
突然キーンという耳鳴りに襲われた。まるで、周囲の高度が劇的に変わったかのようだった。
『まずい。なにか起こる』
そう直感して、とっさに姿勢を低くする。全身を恐怖が貫いた。
けれど、いつまで待っても何も起こらなかった。
恐る恐る身体を起こして、周囲を見回す。
地面にも校舎の壁にも異変はない。
空を見てもさっきとなにも変わらない。入道雲が高くそびえているばかりだ。
胸はまだドキドキしている。
そういえば耳鳴りがしたあの瞬間、どこか遠くで雷のような音が鳴ったような気がする。
目を閉じて耳を澄ましてみたが、今はもう何も聞こえない。
耳鳴りもいつの間にかおさまっていた。
「なんなんだ」
自分に問いかけて、それから出しかけた煙草を箱に戻す。
授業に戻ろうかと考えて、やっぱりやめることにした。
さっきの耳鳴りが、なにか反復性のもののような気がして、とっさに逃げ場のない教室には戻りたくなかったのだ。

次に、学校から抜け出してみようかと思った。
それは素晴らしい思いつきに感じられて、いてもたってもいられなくなり、
学校の敷地から出るために、塀をよじ登ることさえ苦にならなかった。
誰にも見つからず抜け出すことに成功した私は、川の方に行ってみるか、それとも図書館に足を伸ばすか思案した。


662 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/06(日) 21:47:10 ID:JJl4aZ230
真っ昼間に制服だと目立つなと思いながら歩いていると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
救急車の音だ。
そう思った瞬間、駆け出していた。
それは、さっき耳鳴りがした瞬間に、雷のような音が鳴った方角に向かっているような気がしたからだ。
その時には、どこから聞こえたのか分からなかったのに。
救急車のサイレンにキョロキョロとしている通行人を追い抜き、大通りを通り過ぎて路地裏に入っていく。

10分ほども走っただろうか。
ざわざわとした人の気配が強くなり、角を曲がった時にその光景が飛び込んできた。
商業地から住宅地に少し入ったあたりの、寂れた2階建ての建物が並ぶ一角に、救急車の赤いライトがくるくると回っている。
周囲には割れたガラスが散乱し、何人かの人が頭や腕を押さえて道路に座り込んでいた。
野次馬がその周りをウロウロしている。
地面には血の跡がポツポツと落ちている。けれど、それ以上に私の目を惹くものが地面に落ちていた。
石だ。
パチンコ玉くらいのものから、子どもの握りこぶし大のものまで、大小様々な石が周囲に散らばっている。
「落ちてきたって」「雹が?」「石だろ、石」「雹じゃないの」「空から落ちてきたんだって」
そんな言葉が辺りを飛び交っている。
雹という単語を聞いて、思わず手に取ってみたがやはりそれは石だった。
どこにでもあるただの石だ。公園や校庭に転がっていそうな。
空を見上げたが、電線が一つ横切っているだけであとは飛行機雲一つない。


663 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/06(日) 21:50:33 ID:JJl4aZ230
その路地の100メートルくらい先まで、石が乱雑に道路に飛散している。
ガラスも建物の窓が石で割られたものらしい。よく見ると、家の瓦屋根が割れているのも目に付いた。
本当に石がこの晴れた空から降ったのか?天気雨のように?
そんなことがあるのだろうか。
隕石という言葉が頭に浮かんだが、どう考えてもそんな大げさなものではない。
「どいてどいて」
道路につっ立っていると、消防隊員に邪険にどかされた。救急車が出るらしい。
私は少し考えてから、その石を一つだけスカートのポケットに入れた。
そして、向こうからパトカーがやって来ているのに気づき、慌ててその場を離れる。
警察はまずい。平日の真っ昼間に、高校の制服を着たままだったからだ。
彼らは例外なく皆お節介で、そして中高生のあらゆる非行が、学校をサボることから始まると固く信じている。
後ろ髪を引かれる思いでその路地を後にした私は、学校に戻ろうかとも考えたが、5秒で却下する。
しばらく路地裏を目的もなくうろうろしていたが、
鋏を買うつもりだったことを思い出し、近くの文房具屋に足を向けた。
そう言えば、この辺りは最近来ていないなと思いながら、ささやかな商店街を歩く。
その間も頭はさっきの石の雨のことを考えていた。
たくさんの目撃者もいるようだ。なによりあの割れたガラスや瓦屋根、そして怪我をした人間がその証拠だ。
石は降った。それは間違いないだろう。だがどこからかなのか。それが問題だった。
近くにもっと高いビルでもあれば、その上の方の階や屋上からばら撒かれた可能性もあるが、
区画上の規制でもあるのか、そんな高い建物は見当たらなかった。
飛行機?


664 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/06(日) 21:52:35 ID:JJl4aZ230
でも航路ではなかったはず。なにより、飛行機にあんな石なんて積んだりするものだろうか。
ましてそれを落っことすなんて。飛行機雲も残っていなかったし。
「……」
集中しすぎて行き過ぎてしまったのでバックする。
その目立たない文房具屋には、何故か鋏がなかった。店のオバサンに聞くと「売り切れ」とのこと。
「眉毛切る細いのならあるよ」という申し出を丁重に断り、店を出る。
近くにあったもう一つの小さな文房具屋でも鋏は置いてなかった。
というか、他の客もいなければ店員もいなかった。
何か万引きでもしてやろうかと思った後、やっぱりやめておくことにする。
そんなに差し迫って欲しかったつもりもないが、鋏ごときが手に入らないとなるとなんだかムカついてくる。
ちょっと遠いがデパートまで足を伸ばすことにした。

幸いにして、そろそろ学校も昼休みになる時間だ。お節介な人に見つかっても言い訳のしようがある。
大通りを抜けてデパートに着くと、さっそく雑貨のコーナーに向かう。
思ったより数が少なくてあまり選べなかったが、中でも大きめの使いやすそうなものを購入した。
何か食べて行こうかと思いながら、通りがかったフロア内の本屋に寄り道する。
特に探している本があったわけではなかったが、適当に巡回していると、
その背表紙を見た瞬間に、思わず棚から抜き出して手に取った。
『世界の怪奇現象ファイル』
晴れた日に空から不思議なものが降ってくるという現象は、どこかで聞いたことがあった。
パラパラと頁をめくっていると、こんなタイトルの章があった。
『空からの落下物』


667 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/06(日) 22:02:59 ID:JJl4aZ230
その話題に思ったより頁を割いていて、ボリュームがある。
本をひっくり返して値段を確認した後、レジに向かった。
昼ご飯は抜くことになった。

その日の夜、晩御飯を食べながら夕刊を読んでいると、母親に小言を言われた。
「まるでお父さんね」
大半は聞き流したが、この一言が一番効いた。
いつもは食べながら新聞を読むなんてことはしないのだけれど、今日はどうしても気になることがあったのだ。
なのにこの言われようはなんだ。
「こんどお父さんが食べながら読んでたら、まるでちひろねって言ってあげれば」
と反撃したが、3倍くらいにして言い返されたので、もう黙る。

『真昼の椿事?石の雨』
他のローカル記事に埋もれていたが、そんな小見出しをようやく見つけた。
午前中のことだったから、やはり夕刊に間に合ったらしい。
それは短い記事だったが、あの路地に降った石の雨のことを取り上げていた。
軽傷者4名。被害にあった建物は13棟。
救急車に乗った人も大した怪我ではなかったらしい。
目撃者の談話が載っていた。
『バリバリという大きな音のあと、急に空から石がバラバラと降って来た。最初は雹かと思った』
音か。私が聞いた気がしたのは、その音だったのだろうか。
『住民も首を捻っている』
そんな言葉でその記事は締めくくられ、結局石の雨の正体はわからないままだ。

「ごちそうさま」と言って席を立つ。
残した料理のことについて、母親に小言を言われることは目に見えていたので、
早足でダイニングを出ると、背中を追いかけてくる言葉を無視して2階の自分の部屋に逃げ込む。


668 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/06(日) 22:06:01 ID:JJl4aZ230
ドアを後ろ手で閉めると、テーブルの上に置いたままの紙袋を手にとって、
『世界の怪奇現象ファイル』を取り出し、ゴロンと絨毯に寝転んだ。
つけておいた折り目を目印に、目当ての頁をすぐに探し当てる。

『空からの落下物』の章にはこうある。
『にわかには信じられない話だが、この世には空から雨以外の、奇妙なものが降ってく来るという現象がある。
 それは魚介類やカエル、氷や石、それに肉や血や金属や穀物、そして紙幣など実に多種多様なものだ。
 それらは紀元前の昔より世界中で多くの人に目撃されており、
 この現象に興味を持った超常現象研究家チャールズ・フォートにより、
 「ファフロツキーズ(FAllS FROM THE SKIES)」と命名された……』

そんな説明に続いて、具体的な事例があがっている。
カエルや魚が降ったというケースが多いようだ。
1954年イギリス、バーミンガムのサトンパークでは海軍のセレモニーの最中、
雨とともに何百匹、何千匹というカエルが空から降って来て見物人たちの傘にぶつかり、
地面に落ちたあともピョンピョンと飛び跳ねていたという。
1922年フランスのシャロン=シュル=ソーヌでは、
二日間にも渡ってカエルの雨が降り続いたと、当時の新聞が伝えている。
近年の例では、1989年オーストラリアのクィーンズランド州で、民家の庭に1000匹のイワシが降ったとされる。
私はそんな膨大な事例の中から、石が降ったという記録を探し出していった。
1968年宮崎県の迫町で、ある薬局に小石に雨が降り、
それが誰の悪戯とも判明しないまま半年間も続いたという事例。


669 :怪物   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/06(日) 22:10:42 ID:JJl4aZ230
そして、1820年イギリスのサウスウッドフォードでは、
ある家に石の雨が降り、通報によって警察官が配置される事態になったが、
結局、その石がどこからやって来るのか分からなかったという事例。
1922年カリフォルニア州チコの町の片隅に降った石の雨は、
その現象が数ヶ月にも及んだが、大学の調査チームにもその正体が分からなかった。
まだまだあったが、どれにも共通しているのは、
石の雨が広範囲に渡って降ったというわけではなく、むしろ極めて狭い範囲に集中してたということだろう。
1820年小石川の高坂鍋五郎の屋敷だとか、
1600年代ニュー・ハンプシャーの、ジョージ・ウォルトンの屋敷だとかという記録を見ると、
実にその個人に対して、石の雨という攻撃が行われているような感想を覚える。
まるで、その家の持ち主に恨みを持つ人間の仕業であるかのような気がする。
石がどこから来るのか分からないと言っても、
誰かが見張っている時には、その悪戯を決行しなければいいだけの話だ。
そして監視がない時を見計らって、物陰から投石をする。
その場に居合わせない人間が考えると単純な構造に思えるけれど、実際はどうなのだろうか。
その『世界の怪奇現象ファイル』には、このファフロツキーズ現象についてのいくつかの仮説が紹介されていた。
チャールズ・フォートは、地上からのテレポーテーションによって移動した魚やカエルなどが、
大気圏中のある空間に蓄えられ、それが時に奇怪な雨となって地上に降り注ぐのだと考えた。
他にもプラズマや空中携挙といった荒唐無稽な説もあったが、
現実的に思えたのは、飛行機からの落下説と竜巻説だった。


670 :怪物 「起」 ラスト ◆oJUBn2VTGE:2008/07/06(日) 22:14:04 ID:JJl4aZ230
飛行機説は、ほとんどの落下物を説明しうる可能性を持っているが、
個々の事例において、その飛行機の目撃が否定されるケースが多く、
魚介類の落下など、時代的に飛行機の登場の前後にあっても、
その出現パターンが変わらないように見える事例を解釈し辛い。
また、同じ場所に長期間に渡ってその現象が続くケースの説明にはならない。
竜巻説は、地上の物体を空中に巻き上げて移動させ、別の場所に落下させるという、
現実に観測されるありふれた自然現象なので、もっとも有力な説にも思える。
しかし、カエルばかりだとか、ニシンばかりだとか、トウモロコシばかりだとか、
1種類の動植物のみが落下することの説明となると苦しい。
竜巻がそんなものを選り分けているのならともかく、
地上にあっては、他の動植物や石や砂を同時に巻き上げているはずだし、
海や川にあっては、水と一緒に水中の生物を種別に関わりなく吸い上げているはずだからだ。
空中に上ったあとで、その空気抵抗に応じた落下のタイミングが、
それぞれ同じ種別を自然と振り分けるのではないか、というもっともらしい解釈もあるが、
やはり、同じ場所に降り続けるケースの説明が出来ないし、
周囲数百キロ圏内に、その動植物が存在しないというケースも多々あるのだ。

そんな解説をつらつらと読んでいて思った。
個々のケースを同じ現象で説明しようとするからややこしいんじゃないかと。
これは竜巻、これは飛行機、これはイタズラ、そしてこれは嘘。
そんな風に分けて考えれば、案外シンプルなんじゃないか。
立ち上がり、壁に掛けたスカートのポケットを探る。
そして昼間にあの路地で拾った石を取り出して、テーブルの上に置いた。
「これは、なんだろうな」
そう呟いて指でつつくと、それはコトンと音を立てて傾いた。
『世界の怪奇現象ファイル』を本棚に仕舞い、読み疲れた目頭を手の平の腹で抑えながらベッドに横になる。

その夜、私は母親を殺す夢を見た。







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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