068『エレベーター』1/2

師匠シリーズ。
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?188

191 :エレベーター  ◆oJUBn2VTGE :2008/02/11(月) 23:40:48 ID:sx6grxVr0
大学1回生の秋だった。
午後の気だるい講義が終わって、ざわつく音のなかノートを鞄に収めていると、同級生である友人が声を掛けてきた。
「なあ、お前って、なんか怪談とか得意だったよな」
いきなりだったので驚いたが、条件反射的に頷いてしまった。
「いや違う、そうじゃなくて、怪談話をするのが得意とかじゃなくて、あ〜、なんつったらいいかな」
友人は冗談じみた笑いを浮かべようとして失敗したような、強張った表情をしていた。
「……怖いのとか、平気なんだろ?」
ようやくなにが言いたいのかわかった。彼の周囲で何か変なことがあったらしい。
だが頷かなかった。平気なわけはない。
「外で聞く」
まだ人の残った教室ではあまりしたくない話だ。
俺はその頃はまだ、できるだけ普通の学生であろうとしていた。

夕暮れの駐輪場で、自転車にもたれかかるようにして経緯を聞く。
彼は郊外のマンションに一人で住んでいるのだと言った。
エレベーター完備の10階建てで、見通しの良い立地場所なのだとか。
親が弁護士で、仕送りには不自由していないのだそうだ。
口ぶりから自慢げな雰囲気を嗅ぎ取った俺が、「帰っていい?」と言うと、
ようやく、そのマンションで気味の悪いことが起こっている、という本題に入った。
「エレベーターで1階に降りようとしたらさ、箱の現在地の表示ランプが、上の方の階から下がってくるわけよ。
 それで、自分トコの階まで来たら開くと思うじゃない?それが、なんでかそのまま通過するんだよ。
 ちゃんと下向き矢印のボタン押してるのに」


192 :エレベーター  ◆oJUBn2VTGE :2008/02/11(月) 23:41:59 ID:sx6grxVr0
それが頻繁に起こったので、彼は管理人に電話したのだそうだ。故障しているのではないかと。
しかし数日後。「業者に見てもらったが正常に作動中」だとの返答。
他の住民に、「最近、エレベーターの調子悪くないですか」と聞いてもみたが、「さあ」と返されただけだった。
「箱の現在地が下の方の階にある時だって、同じことが起こるんだ。
 ボタン押して待ってても、開かずに通り過ぎるんだよ。
 それでランプ見てると、上の方の階で停止してるだろ。
 上の階の人が先にボタン押して箱を呼んでても、途中の階で後からボタン押したらちゃんと止まるよなあ。
 デパートとかだと。
 まあでも設定が違うのかもと思ってさあ、イライラしながら待ってたらやっとランプが降りてきて、
 自分トコの階で止まるわけよ。
 それでドアがスーッと開いたら……」
彼はそこで言葉を切って、微かに震える声で言った。
「誰もいないわけよ」
ちょっとゾクッとした。
確かになにか変だ。
自分の階をスルーして、上の階で止まったはなんなのだ。
誰かが乗ろうとして、エレベーターを呼んだのではないのか。
「そんなことが続いてさあ。もうなんか、気味悪くて」
俺の部屋、4階なんだ……
それがさも因縁めいているかのように彼は言う。
「しかも、5号室。てことは、ひぃふぅみぃよぉの、4つ目の部屋なんだ……」
最悪だよ。そう言って溜息をついた。
彼はそういう数字的なものを気にするタイプらしい。
サッカー部に属している彼に快活なイメージを持っていた俺は、そのうなだれる姿を意外に思った。


193 :エレベーター  ◆oJUBn2VTGE :2008/02/11(月) 23:42:57 ID:sx6grxVr0
俺は腕時計を見た。見たところで、今日はもうなんの予定もないことに気づく。
「今からそこに行ってもいいか?」
友人も俺に習ってか、儀式的に腕時計を見た後、「いいよ」と言った。
俺が行ったところで問題が解決するとは思えないが、少なくともなにか怖い目には遭えるかも知れない。
友人がこの話を俺にしたのも案外解決という目的ではなく、漠然とした“共有”のためかも知れないじゃないか。
好奇心猫を殺す。
思わずそんな呟きが自嘲気味にこぼれ出た。
昨日の夜。漫画を読んでいてそんな言葉が出て来たのが、まだ頭にこびりついていたらしい。
俺にぴったりの格言だと思う。
けれどその頃の俺は、手に届く距離にあるオカルトじみた話を、無視できる心理状態になかったのは確かだ。
「克己心じゃなかったっけ」という、友人の間の抜けた声が聞こえた。

夕暮れが深まる中を自転車で駆けた。
密集した住宅街から少し離れた郊外に、友人のマンションはあった。
上空から見たとすれば、それは大きなLの字のような構造をしているようだ。
駐車場に自転車を止め、夕日に巨大な影を伸ばすその威容を見上げる。とうてい学生向けの物件には見えない。
実際、敷地内には、小さなブランコや昆虫の形をした遊具が散見できた。
ここには小さな子どものいる、多くの家族が住んでいるのだろう。
「いいとこ住んでんなあ」と漏らしながら、友人の後をついて玄関へ向かった。

1階のフロアに入ると、すぐ正面にエレベーターが現れる。L字のちょうど折れているあたりだ。
右手側と振り返る背後に、各部屋のドアが並んでいる。
「階段もあるけど、あっちの端なんだ」と、友人は背後のL字の短い方の端を指差した。


194 :エレベーター  ◆oJUBn2VTGE :2008/02/11(月) 23:44:56 ID:sx6grxVr0
「ちょっと不便な感じ」
そう言いながら、友人は思ったよりあっさりとエレベーターの上向き矢印ボタンを押した。
現在の階数表示では5階のランプが点灯している。
あまり待つことなくすぐにランプが降りてきて、1階のそれが一瞬点灯するかしないかのうちに扉が開いた。
「なんか、前振りあった分、緊張するな」
そんなことを言って、友人は中に乗り込んだ。俺も後に続く。
『4』のボタンを押してから『閉』のボタンを押す。扉が閉まる。
閉まる瞬間、正面の灰色の壁に、顔のような模様が見えた気がしてドキッとする。
音も無くエレベーターは上昇する。息が詰まる。
「今も、目に見えない誰かが乗ってたりすんのかな」
友人は軽い口調でそう言う。かすかに語尾が震えている。

何ごとも無くエレベーターの箱は4階についた。扉が開き俺たちは外に出る。
友人は軽く肩を竦めて、両方の手の平を返した。
「昇る時は大丈夫なんだよ」
夕焼けが立ち並ぶ部屋のドアを、フロアの端まで赤く染めている。
友人はその一つを指さして、「俺んちだけど、よってくか」と言う。
微かな起動音とともに背後のエレベーターが下に呼ばれ、ランプが一つ、二つ、と降りていく。
二人とも、なんとはなしにそちらから目を逸らす。
外から子どものはしゃぐ声と走り回る足音が響いて来た。
脇の高さの塀から顔を出して下を覗いてみると、
数人の小学生くらいの子どもが、おもちゃの剣らしいものを振り回しながら、
敷地内の舗装レンガの道を行ったり来たりしている。
しばらくそれを眺めたあとで、「情報収集してみよう」と言って俺は視線を戻し、人差し指を下に向けた。
「オッケー。でも先に荷物置いてくる」


196 :エレベーター  ◆oJUBn2VTGE :2008/02/11(月) 23:47:21 ID:sx6grxVr0
友人はドアの鍵を開けると、二人分のバッグを玄関先に放り込んで戻ってきた。
そして、エレベーターの前に再び立つ。箱の現在位置は8階に変わっている。
今度はなかなか矢印ボタンを押さない。少し緊張しているようだ。
横目で言う。
「その、変なことが起こる確率はどのくらい?」
「あー、ご……5回に一回くらいかな。いや、10回に一回かも。……わかんねえや」
俺は質問を変えた。
「昨日と今日は?」
「……あった。昨日の夜、酒買いに降りようとしたらよ……」
そこまで言ったところで、「ちょっとごめんなさーい」という声とともに、
40代くらいの主婦と思しき年恰好の人が、俺たちの立ち位置に割り込んできた。
まるで、エレベーターの前で立ち話をしている俺たちを邪魔だと言わんばかりに。
後ずさりして場所を空けた俺たちの目の前で、主婦は下向き矢印を素早く押し、
エレベーター上部の階数表示ランプを見上げた。
7、6、5とランプが下がって来て、4の表示が光ろうかという時、
俺たちは顔を見合わせて、このおばさんと一緒に降りるべきかとわずかに思案した。
が、次の瞬間、驚くことが起こった。
4の数字が光るタイミングが来てもエレベーターの扉は開く気配も見せず、
表示ランプはそのまま4、3と下がっていったのだった。
あっけにとられた俺の前で、主婦は「チッ」とあまり上品でない舌打ちをしたかと思うと、
踵を返してさっさと階段の方へ去って行ってしまった。
取り残された俺たちは、再び人気のなくなった空間にたたずんで顔を見合わせた。
「これか」
俺の言葉に友人は神妙に頷く。
ぞわっと背筋が寒くなった気がした。


198 :エレベーター  ◆oJUBn2VTGE :2008/02/11(月) 23:49:05 ID:sx6grxVr0
けれど冷静に考えると、やはりただの故障のような気がしてくる。
口を開きかけた時、友人が思惑外のことを言い始めた。
「あのおばさん、なんかニガテなんだよ。
 たぶん9階に住んでるんだけど、4階に友だちがいるみたいで、時々すれ違ったりすんだよ。
 最初に会った時、なんていうか、挨拶するタイミングみたいなのってあるじゃん。
 それがなんか、どっちも噛み合わなかったっていうのか、まあシカトみたいになっちゃって。
 それから、こないだ挨拶しなかったのに今回はするって変な感じがして、結局毎回シカトみたいになってて。
 いや、そういうのあるだろ。わかるよな」
確かにわかる。俺も近所づきあいとか苦手なほうだ。
「こないだなんか、1階からエレベーター乗ったらよ。
 先にあのおばさんが乗ってて、オレの顔見るなりチッって舌打ちしたんだぜ。
 こっちには聞こえてないつもりだったかも知んないけど、感じ悪いわぁ」
友人は首を捻って悪態をついた。
エレベーターの表示は1階で止まったまま動かない。
この4階を素通りしたあと、誰かが箱を降りたのだろうか。
乗るために箱を呼んでいたのなら、1階から再び上ってきているはずだから。
ということは、さっき俺たちの前を素通りしていった箱には、誰かが乗っていたことになる。いったい誰が…… 
今からダッシュで階段を降りても、きっと立ち去ったあとだろう。
オレは、顔の部分が黒く塗りつぶされた人物が、このマンションを徘徊しているイメージを頭に浮かべ、
少し薄気味が悪くなった。
扉の透明なタイプのエレベーターなら、このもやもやも解消されたかも知れないのに。
「どうする、階段にするか」
「いや、エレベーターにしよう」
俺はもう一度下向き矢印のボタンを押そうとして、ハタと手を止めた。


199 :エレベーター  ◆oJUBn2VTGE :2008/02/11(月) 23:50:09 ID:sx6grxVr0
矢印のボタンは、ランプがついたままだった。
「やっぱり故障じゃないか」
“この階に来て扉を開け”という命令を示すランプが点灯しているのに、箱が1階に止まったままなのだから。
俺は矢印ボタンを連打した。たぶん機械が古くなって、本体の反応が悪くなっているのだろう。
俺の連打が効いたのか、ようやく箱の現在位置は動き始め、俺たちの前で扉が開いた。
中には誰も乗っていない。
友人を促して乗り込む。
操作盤の1階のボタンを押してから『閉』のボタンを押す。すぅっと扉は閉まり、落ちていく感覚が始まる。
箱の中にわずかに残る香水のような匂いを鼻腔が感知する。不快だ。
顔が黒く塗りつぶされた人物のシルエットが、俺の中でおばさんパーマに変わる。

1階についた。
すんなり開いた扉を出て、無人のエレベーターの中を振り返る。
ほんとうにただの故障だろうか。
夕日が射す中を、扉は影を作りながら閉じていく。完全に扉は閉まり、箱の中は見えなくなった。
ふと、思う。
今この場でもう一度ボタンを押してこの扉を開いたとして、中に誰かがいたらどうしよう……
嫌な空想だ。自分で勝手に恐怖を作ろうとしている。我ながら悪癖だと思う。
けれど、以前ある人が言っていたことを思い出す。







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posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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