058『田舎 中編』3/5

師匠シリーズ。
「『田舎 中編』2/5」の続き
死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?173

359 :田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE :2007/08/23(木) 01:17:58 ID:pA3eqjtb0
ヨソモノヨソモノ。
そんな声が聞こえた気がした。
それも含めて、俺は早くここを立ち去りたかった。
率先してもと来た道へ進んで行き、民家のそばに停めてあった車に乗り込む。
ようやく嫌な感じが収まった。
師匠は上機嫌でエンジンをかけ、ふたたび蛇行する山道を登り始める。
CoCoさんはなにを思ったか京介さんの絆創膏をつっつき、「痛いって」と怒られた。
(ほんとうに傷口があるのか確かめた)
助手席に身を沈めながら、後部座席のやりとりにふとそんなことを思う。
ミラーにうつるCoCoさんの表情からは、やはりなにも読み取れなかった。

伯父の家に帰ると、従兄妹のハツコさんが来ていた。伯父夫婦の長女だ。
年が離れていたのであまり印象は残っていないが、今は同じ集落の家に嫁いでいるらしい。
「今日は応援」と言って、小太りの体を機敏に動かしながら、伯母の炊事を手伝っている。
俺たちはというと、夕飯までの時間をそれぞれの部屋で過ごした。
ろくに泳いでいないのに俺はやたら疲れていて、ウトウトしっぱなしだった。

ほどなく茶の間に呼ばれ、大所帯での食事が始まった。
近くの山で採れた山菜をふんだんに使った田舎料理は、実家の母が作るものよりお袋の味がして、なんだか感傷的になる。
俺たち4人と伯父夫婦。ハツコさんとその小さな子ども。そして実にタイミングよく現れたユキオ。
9人で囲む食卓だった。
なにが凄いって、その人数で囲めるちゃぶ台があることだ。


361 :田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE :2007/08/23(木) 01:20:31 ID:pA3eqjtb0
「いまはもう、こんなでっかいのがいる時代じゃないけんどのう」と伯父は苦笑した。
この家にはあと一人、ジッサンと呼ばれるお爺さんがいるのだが、寝たきりに近いらしく食卓には出てこない。
ジッサンと言っても俺の祖父にあたる人ではなく、祖母の兄らしい。
らしいというのは、会ったことがないからだ。身寄りがなくなっていたところをこの家で引き取ったそうだ。
俺の足が遠のいてからのことだった。
「にゃあにゃあ」
ユキオがひそひそと口を寄せて来る。
「どっちが彼女なが」
これには彼なりの期待も含まれているのだろう。京介さんCoCoさんも、一般的には美人の部類に入るだろうから。
「どっちも違う」
そう言うと喜ぶかと思いきや残念そうな様子で、「両方あの兄さんのか」と溜息をつくのだ。
「片方だけ」と言ってやると、「ふーん」と鼻で返事をしながら、肉系ばかりを箸でかき集めていった。
その時、家の外に犬の遠吠えが響いた。
「あ、リュウの晩御飯忘れちょった」
そう言って伯母が腰をあげようとすると、ハツコさんが笑って先に立ち上がった。
俺はふと思い出して、伯父に祖母の葬式の時にリュウがいたかどうか聞いた。


363 :田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE :2007/08/23(木) 01:22:53 ID:pA3eqjtb0
「おらんかったかや」
伯父が首を傾げていると、伯母が手首から先を器用に折り曲げながら言う。
「ほら、ジッサンが捨てたあとじゃき」
伯父はオオと合点して、いきさつを話してくれた。
どうやらリュウは、祖母の葬式の2ヶ月ほど前に死んだのだそうだ。
目をとじて動かないリュウを見て、まだ足腰がしゃんとしていたジッサンが死んだ死んだと大騒ぎし、
裏山の大杉の根本に埋めに行ったのだが、なんとこれが早合点。
自力で土から這い出てきたらしく、
半年くらいたって山中で野良犬をやっていたところを、近くの集落の人が見つけて連れて来てくれたのだそうだ。
この話、俺の連れには大いにウケた。
が俺は、なんだやっぱり別の犬なんじゃないかと思ったが、
長年暮らした家族がリュウだというんだからと考えると、なんだかあやふやになる。
あとでもう一度、じっくり顔を見てみようと心に決めた。

それから、目の前の料理が減るのに反比例して食卓の会話が増えていき、俺は頃合を見計らって口を開いた。
「なんか、いざなぎ流のことを知りたがってるみたいなんだけど」
目で師匠と京介さんを指す。
すると、すぐさまユキオが身を乗り出した。
「だったらオレオレ。オレ今、先生について習いゆうがよ」
意外に思って、適当なコト言ってないかコイツと疑った。
すると伯母が、「あんたは神楽ばあじゃろがね」と笑う。
どうやら、先生についているのは本当らしい。
ただ、神楽舞を習っているだけのようだ。
いざなぎ流の深奥は神楽ではなく、祈祷術にあるというのは俺でもわかる。


366 :田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE :2007/08/23(木) 01:25:33 ID:pA3eqjtb0
「まあでも、いざなぎ流のことが知りたかったら、誰かに聞かんとわからんき。
 ユキオの先生に会わせてもらったらどうか」
そう言うのだ。
伯父のその言葉は、いざなぎ流の秘匿性を端的に表している。
そもそも俺の田舎に伝わるいざなぎ流とは、陰陽道や修験道、密教や神道が混淆した民間信仰であり、
それらが混じっているとはいえ、古く、純粋な形で残っている、全国的に見ても貴重な伝承だそうだ。
祭りや祓い、鎮めなどを行うそのわざはしかし、ほとんど公にはされない。
なぜなら、それらは太夫から太夫へ、原則口伝によって相伝されていくからである。
もちろん、その膨大な祈祷術体系を丸暗記はできない。
しかし、そのための覚え書は、また師匠から弟子へと、門外不出の祭文として伝えられるのみなのである。
なにかのお祭りには、必ずと言っていいほど太夫さんが絡むが、
俺の記憶の中では、その祈祷はただ『そういうもの』としてそこにあるだけで、『何故』には答えてくれない。
何をするために、何故その祈祷が選ばれるのか。
何をするためにというのは分かる。
川で行われるなら水の神様を祭り鎮めるためで、家で行われるなら家の安泰のためだ。
だが何故その祈祷なのかという部分には、天幕がかかったように見えてこない。
祈祷はさまざまな系統に分かれ、使う幣だけで数百種類もあるのである。
「よっしゃ、明日さっそく行こう」
ユキオは箸をくるくると回して、俺たちの顔を見る。
師匠は願ってもないと頷いた。京介さんは「頼みます」と軽く頭を下げる。


368 :田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE :2007/08/23(木) 01:26:22 ID:pA3eqjtb0
俺は明日も平日だったことを思い出し、ユキオをつついたが、「大丈夫、大丈夫」と請合った。
いろいろと大丈夫な職場らしい。

ユキオとハツコさんたちが帰っていったあと、俺たちは順番に風呂に入ることにした。
夜になってようやく涼しくなってきたが、汗を重ねた肌が気持ち悪い。
女性陣はあとがいいと言うので、まず俺、ついで師匠という順番で入ることにした。

早々に俺が風呂からあがり、3人でトランプをしていると、Tシャツ姿で頭から湯気を昇らせながら師匠が出てくる。
「あー、気持ちよかったー。風呂に入ったのって半年ぶりくらいだ」
その言葉に女性二人の目が冷たくなる。
「ちょっと」「寄らないでくださる」
ステレオで言われ師匠は憤慨する。
「って、おい。僕はシャワー派なんだって」
弁解する師匠に冷たい視線を向けたまま、二人は女部屋に戻っていく。
「知ってるだろ!」
わめく師匠に、振り向いた京介さんがいつもより強い調子で「死ね」と言った。
俺は笑いをこらえるのに必死だった。
これだよ。二人を無理やりセットにした甲斐があったというものだ。

それから、疲れていた俺たちは早々に床についた。
若者のいないこの田舎の家は寝付くのが早く、あまり遅くまで起きて騒がしくしても悪いという思いもある。


369 :田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE :2007/08/23(木) 01:27:35 ID:pA3eqjtb0
寝る前にリュウの顔を拝もうと思ったが、犬小屋に引っ込んでしまいお尻しか見えなかった。
部屋の明かりを消し、扇風機に首を振らせたまま横になると、あっというまに眠りに落ちた。

どのくらい経っただろうか。
バイクの音を遠くで聞いた気がして、なぜかユキオがまた来たと思った。
そんなはずはないと思いながら徐々に頭が覚醒し、むくりと起きる。腕時計を見ると深夜2時過ぎ。
トイレに行こうと起き上がると、隣の布団がカラになっていることに気づく。
「師匠」と小声で呼びかけるが、部屋のどこにもいない。
とりあえずトイレで用を足しに行くと、部屋に帰るときに縁側に誰かの影が映っている。
そっと障子を開けると、京介さんが縁側に腰掛けて夜陰に佇んでいる。右手には煙草。
こちらに気づいて視線を向けてくる。
「深い森だ」
そうか。京介さんは自分の部屋でないと眠れないということを、今更ながら思い出す。
「浄暗という言葉があるだろう。清浄な闇という意味だ」
ここは空気がいい。そう言って、目の前に広がる木々の黒い陰を眺めている。
遠くで湧き水の流れる音が聞こえる。
「師匠を見ませんでしたか」
そう問うと、煙を吐きながら答えてくれた。
「バイクで出て行ったな」


370 :田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE :2007/08/23(木) 01:28:24 ID:pA3eqjtb0
そういえば、伯父から滞在中自由に使いなさいと言われていたことを思い出す。
どこにと聞こうとして、すぐに聞くまでもないと思いなおした。
明日もいろいろありそうだ。
そう思って、今日のところはきちんと寝ておくことにする。
「おやすみなさい」という言葉に、京介さんは小さく手を振った。

朝が来た。目を覚ますと、隣で師匠がひどい寝相をしている。少しほっとする。

伯父夫婦と合わせて6人で朝食をとる。なにか足らない気がした。
そうだ。新聞がない。
「ああ、昼にならんと来ん」
そういえばそうだった。俺のPHSも師匠の携帯も通じない、情報を制限された田舎なのだ。

食べ終わって部屋に帰ると、師匠に夜のことを聞いてみた。
「行ったんですよね、あの京介さんが怪我をした場所へ」
「うん」と師匠は答え、扇風機のスイッチを入れながら胡坐をかいた。
「なにかあったんですか」
「いや、なにもなかった」
煮え切らない答えに少しイラッとする。あんなやり取りをしておいて、なにもないはずはない。
すると師匠は意味深に目を細めると、ゆっくりと語った。
「昼にはあり、夜にはなかった」
掘り出されていたと言うのだ。


372 :田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE :2007/08/23(木) 01:30:51 ID:pA3eqjtb0
「僕らが気づいたことを知られたようだ」
言葉の端に気味の悪い笑みが浮かんでいる。
「なにが埋まっていたんですか」
師匠は畳の上にごろんと寝転がった。
「犬神を知ってるかい」
「聞いたことは」
京介さんがこの旅の前に口にしていたのを覚えている。
「古くは、呪禁道の蠱術に由来すると言われる邪悪な術だよ。
 犬神を使役する人間が他人の物を欲しがれば、犬神はたちまちにその人に災いをなし、
 その物を与えるまで止むことはない。
 犬神は親から子へと受け継がれ、その家は犬神筋とか犬神統などと呼ばれる。
 犬神筋は共同体の中で忌み嫌われ、婚姻に代表される多くの交流は忌避される。
 そのために犬神筋は一族間での通婚を重ね、ますますその“血”を濃くしていく」
師匠は秘密めかして、仰向けのまま指を立てる。
「犬神というのはその名前とは裏腹に、小さな鼠のような姿で描かれることが多い。
 もしくは、豆粒大の大きさの犬だとする記録もある。
 犬神筋はそれらを敵対する者にけしかけ、腹痛や高熱など急激な変調をもたらす。
 犬神にとりつかれた者は、山伏や坊主などに原因を探ってもらい、どこの誰それの犬神が障っているのだと明らかにする。
 その後は、原因と判じられた犬神筋の家へ赴いて……」
「貢物を差し出すわけですか」
口を挟んだ俺に師匠は首を振る。
「文句を言いに行くんだよ。人の道に外れたことをしやがって、と」







 にほんブログ村 哲学・思想ブログ オカルトへ
posted by 巨匠 | Comment(0) | 師匠シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

コメント: [必須入力]

PAGE TOP ▲
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。